小さく尊いあなたへ

小さな身体に美しい魂を宿して、
あなたは私の家族になってくれました。
初めて来た我が家では、誰のことも分からないから怖かっただろうし、仲間のにおいもしないから戸惑ったことでしょう。
初日はベッドからも降りず、身を固めて見知らぬ生き物である私達から命を守っていたのかな。
翌朝に少しミルクを飲んだと母が喜んでいたことを覚えています。

血統書には何か偉い賞を取ったおじいちゃんの名前が書いてありました。
あなたのお父さんとお母さんの名前もきちんと知っています。
あなたには厳しい躾をした覚えや芸を教えた覚えはないけれど、噛まないようにだけはきちんと教えましたね。
その教え通り、あなたは誰も噛まない賢い子に育ちました。
偉かったね。
遊んでいても直ぐに飽きてしまうところとか、ボールを持って来ないところとか、頑固なところも好きでした。
そういえば、あなたが初めて吠えたのは、家に来て3ヶ月後くらいの朝ご飯を待ちわびている時でした。
吠えるのを我慢してたの?

真っ直ぐにこちらを見つめる宝石のように光る綺麗な目。
「神様ってものはまだよく知らないけれど、こんなにも美しい姿の生き物を創造するんだな」と常々思ったものです。
あなたは甘えん坊でしたが、何の悪さもせず、
私達を困らせたことはありませんでした。
あなたはドライブが好きだったので、鍵の音が鳴るとここぞとばかりに「私も連れてく?私の出番?」とこちらを覗き込んできましたね。
とても愛しくて可愛くてどうしようと思ったものです。
ねえ、あなたがお水を飲んだ時に私達の口を舐めてくれたのは「水を分けてやろう」という優しさですか?
それとも私達をタオル代わりにしていたのでしょうか?
どちらにしても私達は嬉しかったです。
ベチャベチャにされたけれどね。

あなたは夏でもよく私達の足の上に乗って、程よい窪みを見つけては眠っていました。
冬は脛の辺りを前足でカリカリして、私達に足を貸すように指令していましたね。
私達はあなたの座布団ですか?
それでも嫌じゃないけれどね。

あなたは胃腸が弱くて、小さな頃からたくさんのご飯を食べられなかったし、あなた達専用のケーキやお菓子だって食べられなかった。
人間用じゃないのにね。
不公平だよね!

今から4年前の夜中に夜間救急センターで大きな手術もしました。
麻酔からも無事に覚めて、お家に帰ったよね。
先生はこのまま放置していると胃捻転を起こして命を落とすと言っていました。
早くに見つけて連れて来てくれたから助かったと言っていましたよ。
あなたのお腹の張りを見つけて直ぐに病院に連れて行った私はヒーローらしいけれど、そんな話は誰かから聞きましたか?
ん?聞いてないですか、それで良いです。

2年前には少し遠出して大きな病院でMRIの検査もしましたね。
あの時も麻酔が覚めないかもしれないとお医者さんから言われたけれど、「大丈夫、戻っておいで。待ってる」と言ったのは聴こえましたか?
ん?私のダミ声よりも先生の優しい声の方が良かったですか?
どうもすみません。

今朝はね、なぜだろう。いつもより眠くてね。
5分くらい遅くに目を覚ましたんです。
それでね、出勤のために家を出て鍵を閉めたタイミングで父から

「おはよう。可哀想だけど、もう虫の息なんだ」

と聞きました。

私は「分かった。直ぐに向かう」とだけ父に告げて、あなたに会いに高速道路でひとっ走り。
大丈夫です、法定速度で走りましたから。

玄関に入り、父に会えたので、まだ息があるかと尋ねました。
首を横に振る父。
そうか、間に合わなかったか。
でもね、間に合わせるために行った訳ではないから安心して。

階段を上り、リビングにいる母に挨拶をして、あなたに会えた。
母が

「最期まで頑張ったよ。まだ温かいよ。抱いてあげて」

と言ったので、あなたを抱き締めました。
まだ温かかったし、柔らかかった。

どうしようかな。
命を元に戻す魔法や魔術は知らないんだ。
でも、精一杯生きたあなたをまた生き返らせるなんてことはきっと冒涜になるから、やっちゃいけないことなんだろうね。
そう思いませんか?
ちょっと涙で前が滲んで見えないけれど、鬼の目にも涙くらいはありますよ。

お世話になった獣医さんはみんな、あなたのことを褒めてくれたし、私達のことも褒めてくれました。
賢くて優しい子だったって言っていましたよ、聴こえましたか?
歯がきちんとあるのは、大切にされていた証拠だってさ!自慢して良いですか?

家族全員が揃うまで、葬儀の話ができなかったので時間があったから、あなたの横に寝て「ねえ、そうそう、まだ私、結婚してないよ。まあいっか!」なんて普段通りに話し掛けてみました。
その耳をピクピクさせて、昔はよくお話聴いてくれてたんだけどね。
もう寝ちゃったもんな。

あなたには感謝しかないよ。
ありがとう。

狂気の片鱗に触れた時も、そのまま怒りに身を堕とすはずの私をヒトに戻してくれたのはあなたでした。
私がかろうじてヒトのカタチやココロを保てているのもあなたのお陰です。
何も話せないけれど、心配そうにこちらを見て近寄って来てくれた。

ヒトの言葉ってたくさんあって難しいのに、
「ご飯」とか「お出かけ」とかそういう言葉が大好きでしたよね。
あなたは私達人間が思うよりも賢く繊細な生き物です。

今日、この世を去って、同日にお別れなんて寂しいけれど、許してね。
あなたを「こつつぼ」と呼ばれる焼き物に納めて連れ帰る時、あなたは生前と同じくらいの重さで、同じくらいの温かさでした。
運転をする私は斎場からあなたを抱いて出たけれど、家に帰る時は家族があなたを抱いて、生きている時によくした背中をポンポンと叩くように、さするように連れ帰りました。

そういえば、今日は雨の予報でしたが、晴れにしたのはあなたですか?
ねえ、虹は出ましたか?
その橋を渡って行けるように心から祈っています。

愛犬のBelleへ。
18歳10ヶ月5日の命に感謝しています。
ありがとう。
お疲れ様でした。
痛みと苦しみからは、もう解放されましたか?
愛しているという言葉では足りないくらいの愛をあなたに。
いつか私がそちらに渡る時に迎えに来てくれたらどんなに良いだろう。
そんなことを思います。

江國香織さんの『デューク』みたいに美しい文体で書けないけれど、それがあなたの飼い主、いや、友達の実力だってことは、きっと知ってるよね。

最後に有名な言葉で締めくくろうか。

1. できるだけ一緒にいてください

私の生涯はだいたい10年から15年しかありません。だから、ほんの少しの時間でも、あなたと離れるのがとても辛いということを、私と暮らす前に覚えておいてください。

2. 少し待ってください

あなたが私に求めていることを理解するために、時間をください。

3. 信頼してください

私を信頼してください。それが私にとって一番大切で、私の幸せなのです。

4. 私にはあなたしかいません

長時間叱ったり、罰として閉じ込めたりしないでください。
あなたには他にやることも、楽しいこともあって、友達だっているでしょう。でも、私にはあなたしかいません。

5. 話しかけてください

私に話しかけてください。あなたの言葉の意味が分からなくても、あなたが私に話しかけてくれているという事は分かります。

6. 意識してください

あなたが私にどう接しているのか、意識してみてください。どんな扱いも、私は決して忘れません。

7. 叩く前に思い出してください

私を叩く前に思い出してください。私にはあなたの手の骨を簡単に噛み砕くことができる歯があるけれど、あなたを噛まないようにしているということを。

8. 理由を考えてみてください

言う事を聞かないと叱る前に、何か理由があるのではないかと考えてみてください。もしかしたら食事が良くないのかもしれないし、長時間日にあたっているのかもしれないし、年を取って弱っているのかもしれません。

9. 年を取っても面倒をみてください

私が年をとっても面倒をみてください。あなたも同じように年をとるのですから。

10. 最期の別れのその時まで、そばにいてください

旅立つときには、一緒にいてください。「もう見ていられない、耐えられない。」「私のいないところで逝かせてあげて。」なんて決して言わないでください。あなたがそばにいてくれたら、それだけで良いのです。
私はあなたを愛しているという事を、覚えていてください。

犬の十戒


嗚呼、愛している。
もうここに居ないけれど、
踏まないように気をつけているし、
いつも居たところを目で探してしまう。
寂しくなります。
あの雲を割って、この思いが届けば良いな。

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