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舞台演出の新しい可能性を広げた 〜 芥川也寸志と俳優座 第27回公演 『赤いランプ』

『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (27)

1954年 (昭和29)年6月に公演された 俳優座 第27回公演『赤いランプ』(作:眞船豊 演出:千田是也) の音楽では、ステレオシステムが採用され反響を呼びます。

音楽を手掛けたのは、作曲家の 芥川也寸志 (あくたがわ やすし)。

演劇の新しい演出としてステレオ効果を取り入れ、公演が行われる俳優座で芥川也寸志が指揮するオーケストラの音録りを、東京通信工業 (現 ソニー) の技術者・木原信敏が担当。

ソニー創業者の一人・井深大の要望により木原が開発した『ステレコーダー』を使用した、現在のサラウンドの走りとなる3チャンネルでの録音でした。

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俳優座の舞台後方の照明の操作室にステレオレコーダーの一式をセットして、公演数日前にオーケストラの音どりをしました。『赤いランプ』の台本にあるコンテに従って、舞台上の楽団員を芥川さんが指揮をし、演奏が次々に進行していきます。半日以上かかって一〇本ほどのステレオテープを作り上げました。このテープを徹夜で三本の完成テープにまとめて、編集を終了しました。
 編集作業は、今日ではダビング編集に決まっていますが、当時はテープを切り貼りしての編集でしたから、切断する位置を決めたり、まっすぐに貼るために神経を使い、時間もかかりますので大変な仕事でした。


ソニー技術の秘密』第3章より

技術者の木原は、それまで芝居などの芸術や音楽にそれほど関心があったわけではなかったので、芸術家とは話は合わないだろうと考えていたようですが、

「あなたは技術屋さんですね。私は芸術屋なんですよ。術の字のつく仕事をしている人は確かな腕を持っていて、世の中の人のためになる仕事をして、人々に良い施しをしているのですよ。」

と語る芥川也寸志に共感し、この時の出会いを「短い時間でしたがとても楽しいかった」と語り、非常に楽しく仕事ができたことからか、木原はこれをきっかけに芸術や音楽などにも興味を持つようになり、すっかり音楽ファンになってしまったと、後のインタビューや自身の著書の中で回想しています。

テープレコーダーで録音されたステレオの音を舞台で使用するという、前例のない舞台演出は、公演のたびにフルオーケストラの楽団が演奏する必要がなくなり、費用を大きく節約できることから、規模の小さな俳優座にとっては大きなメリットがありました。

今まで不可能だった小劇場での録音音源による演出方法は、新たな企画として大変好評を博し様々な舞台で活用されていくのでした。

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収録で使用された木原の「ステレコーダー」はその後、映画館のシネマスコープや立体放送のみではなく、誰もが簡単に立体音での録音ができる民生用二次元立体録音再生兼用機ステレコーダー (Sterecoorder) 「TC-551」として完成されます。

1955 (昭和30)年12月、「TC-551」は 135,000円で発売され、誰もが気軽に立体 (ステレオ) 音響を楽しめるようになるのでした。

文:黒川 (FieldArchive)


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