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放送局用大型VTRの概念を覆し、東京オリンピックでも活躍! 〜 世界初オールトランジスタ小型VTR 『PV-100』

「ソニー技術の秘密」にまつわる話 (38)

世界初、世界最小のオールトランジスタVTR『SV-201』を完成させたソニーの技術者・木原信敏は、ヘリカルスキャン (ヘッドが、らせん状に走行しながら記録/再生する方式) が、これからのVTRの記録には最適であると『SV-201』の開発から確信した木原は、『1.5ヘッド記録』を考案します。

VTRの回転ヘッド方式は既に諸外国で様々な特許が存在しており、テレフンケン社の「アルファ巻きシングルヘッド方式」は東芝でも採用され非常に優れた方式でした。しかし垂直同期信号が完全な形で再生できないという難点があったため、放送用には実用化されませんでした。
これを解消すべく考え出された新しい方式が『1.5ヘッド記録』方式だったのです。

1962(昭和37)年3月29日、この新たな回転ドラムを搭載し、世界初のオールトランジスタの可搬型小型磁気録画装置『PV-100』が完成します。

一・五ヘッド方式は、テープ・パスがアルファ巻きとは異なるオメガ巻きになっています。方式の詳細については専門書に任せることにしますので、ここでは方式の紹介だけに止めさせていただきます。
 一ヘッドは垂直同期区間にある映像信号部分のすべてをテープ上のトラックに記録再生できるように配置されていて、残りの〇・五ヘッドは垂直同期信号だけをテープ上の別のトラックに記録再生できるように配置されているのです。
 この方式によって、小型の回転ヘッド・ドラムを使って小型化が可能になり、さらに高性能なセンダストヘッドを利用してテープの使用量が三〇パーセント以上節約できたことで、他社には真似のできない可搬型(トランス・ポータブル)のPV—一〇〇型VTRを開発することができました。もちろんオール・トランジスタ回路でした。


ソニー技術の秘密』第3章より

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1962 (昭和37) 年9月3日に発表。

1963 (昭和38) 年5月11日、
『東京陸上競技選手権大会』にて『PV-100』が採用され、競技の差位判定、リレーのバトンタッチ、体操競技のフォーム判定等に活躍。

1963 (昭和38) 年7月、
『PV-100』の正式販売が発表され、アメリカ発売価格 12,000ドル。日本販売価格 248万円で対米輸出と販売をスタート。

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ビデオヘッドのコア材料にセンダストを使用し、回転ヘッドの小型化と性能向上をはかり、トランジスタ回路の開発とサーボ回路の研究により、アンペックスを凌ぐ小型低廉操作性に優れ、サイズは従来の放送局用VTRと比較すると1/50。重量70キロと更なる軽量化を実現。

また、当時の主流であった大型4ヘッドVTRの録画時間は20分のところ、『PV-100』では小型でありながら標準1時間の録画に対応したのです。

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これまでの放送局用大型VTRの概念を、覆す高性能でありながら、

小型軽量で経済的なVTR

と評価され、産業、教育、医学、スポーツ、芸能、様々な分野で利用され、国内外問わず大きな反響を呼び、同時に多くの需要を産み出し、高い評価を得たのでした。

また4時間録画への改良が加えられ、アメリカにおいては「航空機内上映用」にアメリカン航空、パンアメリカン航空にて採用され、NHKでは実験的に1964 (昭和39) 年の『第18回オリンピック競技大会 (東京オリンピック)』放送の収録にも使用されました

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しかし、放送局などに普及していたアンペックス社製4ヘッドVTRとテープ幅は同じでしたが、記録フォーマットが異なることから、既に導入されていた高価な機器との差し替えは難しいこともあり、放送業界への本格的な参入には至りませんでした。

このことがきっかけとなり、ソニー内部では「規格統一」の意識が高まることになり、その後のビデオフォーマットの統一についてソニーは率先して「規格統一」を働きかけるようになります。

1974 (昭和49) 年10月、
世界初のオールトランジスタ化小型VTR『PV-100』は、アメリカ・ワシントン州にある「スミソニアン博物館」に、エサキダイオード、世界初の (白黒) トランジスタテレビ、トリニトロン・カラーテレビなど画期的なエレクトロ製品16点と共に寄贈され、「The museum of History & Technology」に永久展示されています。

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