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破天荒な経営判断で発売を延期!20年後に実現した井深大からの宿題 ~ 8mmカムコーダー『ビデオムービー』

『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (48)

次は『ベータマックス』の半分にしよう!

1976年(昭和51) 年、ソニー創業30周年を迎えた年にソニーの技術者・木原信敏は社内の研究開発報告会の席で、

ベータマックスの次をいくビデオの開発

を年頭の開発の抱負として述べ、『ベータマックス』カセットの半分のサイズのワイシャツのポケットに入るビデオカセットとして、誰もが片手で簡単に撮れるカメラ一体型8mmビデオの開発に着手します。

このビデオの開発は、長期戦になるとの見込みから、発想から考え開発までを行う技術者の育成を考え、なるべく多くの技術者がアイディアを出し合いながら技術を磨き、より多くのノウハウを身につけてもらうために、木原はこの難題を2つのチームに与え、それぞれ別々に開発をスタートさせることに。

そしてこの『ベータマックス』カセットの半分のサイズという難題は、約4年の年月をかけ、ソニー元副会長の森尾稔 (もりお みのる) 率いる第一課のチームの手により解決されます。
テープの記録密度を向上させるため、テープ開発チーム、ヘッド開発チームとの緊密な連絡体制をとり、テープでは、塗布型のメタルテープ (MPテープ)と蒸着テープ (MEテープ) の両方を用途に応じて使用することで高密度記録が可能とし、ヘッドはギャップ長を半分にし、新たに開発されたメタルテープに対応したアモルファス (非結晶)・ヘッドとセンダスト (アルミとシリコンを含む鉄合金)・スパッタヘッドにより高出力を実現。

これにより、『U-matic』方式から『ベータマックス』方式で躍進した高密度記録を基に、テープは8mm幅の超小型カセットでありながら1時間の録画再生を実現。

さらには、1978年(昭和53) 年3月に越智成之(おち しげゆき、後ソニー取締役、メディアプロセシング研究所長) の研究者グループにより、約5年の歳月をかけて自社開発された赤・青・緑用の三個のCCD素子を使用し、シリコンチップ上に一万素子という大規模素子を採用したカラーCCDカメラが誕生し、これを『ビデオムービー』に採用。

1980 (昭和55) 年7月1日、CCDカラーカメラと超小型ビデオ・カセットレコーダーを一つにまとめた、画期的なカメラ・ビデオ一体型『ビデオムービー』の試作機が、ニューヨークにおいてソニー創業者の一人・盛田昭夫によりデモストレーションが公開されたのです。

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この製品公開時には、新商品における新技術をソニーだけで独占していては、新フォーマットとして普及するのは難しいとの判断から、

「ビデオムービーを商品化するには、カセットの大きさ、形状、録画方式を統一するのが前提条件であり、他社と協議のうえ方式を統一したい」

と発表。各社の同意が得られるまで8mmビデオは商品化しないという破天荒な経営判断は業界各社が真剣に開発に取り組むモチベーションともなりました。

商品化は1985 (昭和60) 年まで待つこととなり、国際科学博覧会『筑波万博』の開催に合わせて、フォーマットの統一が行われ改良された8mmビデオ第一弾として『CCD-V8』が発売。

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その後1989 (昭和64) 年には、パスポートサイズの愛称がついたハンディカム『CCD-TR55』に発展。

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ソニーでは一つ商品ができると、ソニー創業者の一人・井深大の要望からさらに小型化・低価格へと、テープの使用量、記録密度の向上、記録方式の研究、ヘッドの改良様々な技術的には難しい改良が必要となってきました。

1958 (昭和33年)年に完成した『国産第1号機VTR』からのVTRに使用されるテープの使用量の進化を見てみると

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1969 (昭和44) 年完成の『U-matic』では、最初の『国産第1号機VTR』よりテープのサイズは 1 / 11 サイズになり、世界中の放送用、業務用として30年近く使用され長寿命でした。

1975 (昭和50)年完成の『ベータマックス』では 1 / 76 サイズで、高品質のカセットでカラーを実現。

1989 (昭和64) 年のカメラ一体型8ミリビデオ『CCD-TR55』では 1 / 165 サイズとなり、究極のポータブルで手に持って使える、家庭用として理想の8mmビデオとなりました。

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長きにわたりVTR研究開発に携わってきた木原にとって、1964年 (昭和39) 年2月の木原の結婚式で、井深大が木原への祝辞として開発を託した8mmのVTR開発には、約20年の歳月をかけており、まさに悲願の達成でありました。

文:黒川 (FieldArchive)

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