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これから歌舞伎の沼へと足を踏み出すわたしたちのための手引き

この文章は、さいきん歌舞伎座に通うようになったわたしが、「歌舞伎、面白いよ」と伝える目的で書かれています。ぜんぜん専門家ではなく、にわかファンの勝手な熱量であることをご了承ください。歌舞伎を観よう、そして沼にハマろう!

そもそも歌舞伎って面白いの?

わたしは歌舞伎をめちゃくちゃ面白いエンタメだと思っていますが、まったくの事前準備ゼロの状態でも楽しめるかというと、さすがに難しそうです。

映画やテレビドラマや舞台演劇や音楽ライブを楽しんだことのある経験は必要です。一方で、古典芸能についての予備知識はまったく必要ありません。知識はないよりはあったほうがいいけど、なくても楽しむ方法があるので大丈夫です。

映画やドラマやライブで「うわー、すごいもの見たー!」と感激する。そういうことが好きであれば、歌舞伎もきっと面白がれるはずです。それだけあれば大丈夫なんです。歌舞伎鑑賞で起こる感覚を簡単に言うと「くぁーっ、カッコイイ!!!」なので。観客と同じ空間に役者がいて、役者が芝居をやる。よく通る美しい声でセリフが発せられる、身体が動く、音楽が奏でられる、舞台装置が転換する。見得を切る。「ブラボー!!!!!」。これです。これ。これが歌舞伎鑑賞。映画の『犬王』とか『ボヘミアン・ラプソディ』とか『This is it』とかと同じ。面白いんです。

歌舞伎ってどこでやってるの?

東京メトロ東銀座駅の「歌舞伎座」に行きましょう。地方在住の方もすみません、歌舞伎座に来てください。地方巡業などもやっているし、映画館で上映される「シネマ歌舞伎」もありますが、わたしはよく知らないので書けません。スーパー歌舞伎のこともまだ知りません。歌舞伎座では、だいたい毎月3週間くらいは公演しています。行けるとき行きましょう。

何を観たらいいのか

いま、歌舞伎座に行けるタイミングでやっている、面白そうな回を観ましょう。「これなら初心者向け」とかそういうのはないです。すべての演目が初心者向けであり玄人向けだと思います。
2022年9月公演は、第1部〜第3部の3部入れ替え制になっています。どれでもいいです。わたしは第2部を観に行きました。めちゃくちゃよかったです。

知ってる役者を観に行こう

歌舞伎のチケットはわりとけっこう高いです。予算的に、わたしも月に1公演くらいしか行けませんから、どの回を観に行くか悩みます。
観る舞台を選ぶときのわたしの基準は、「役者」と「演目」の2つです。そして、初めての歌舞伎鑑賞においては優先すべきは「役者」です。知っている役者が出る回を観に行きましょう。

もしあなたが大河ドラマ『鎌倉殿の13人』をずっと観ていて、セミの抜け殻を集めていた木曽義高を覚えているのであれば、その市川染五郎さんを観に行きましょう。どんどん暴君になってきた初代執権・北条時政を演じる坂東彌十郎さんも歌舞伎座に出演されています。観に行きましょう。『ラ・マンチャの男』や『王様のレストラン』などで知られる(松たか子さんの父としても知られる)松本白鸚さんに親しみがあれば、観に行きましょう。すごいから。見といたほうがいいです。

演目は気にしなくていい

歌舞伎の演目はいろいろあるのですが、最初のうちは気にしなくていいと思います。あらすじを知っているお話がちょうどあれば、優先してもよいと思います。今年7月は「風の谷のナウシカ」が掛かりました。「忠臣蔵」や「勧進帳」などの有名な作品も掛かります。それを観ようというのも悪くないと思いますが、基本的には「観たい役者」を優先すべきだと思います。

いろいろな演目がある

ちょっとズレた例えになってしまいますが、映画『シン・仮面ライダー』を観に行く人たちは、「仮面ライダーの最新映画」を観たいわけではなくて「庵野秀明監督の最新映画」を観たいわけです。題材は仮面ライダーでもゴジラでもウルトラマンでもとりあえずなんでもよくて、庵野秀明の作品を観たい。

歌舞伎を観に行くとき、その演目は、忠臣蔵でも源氏物語でも四谷怪談でもぜんぜん知らない話でもいい。それよりも、役者を起点にして広げていったほうが面白いように思います。「市川染五郎って、どういうふうにすごいんだろう?」「時政パパの舞台を観てみたい!」とかでいいんです。

どの席で観るのか

歌舞伎座のチケットはけっこう高いです。歌舞伎座の1等席の1回分で、映画館に10回くらい行けます(映画って安いんだな……)。3等席だと1等席の3分の1くらい(それでも映画館に何度か行けますね……)。

さて、どの席を買うべきか? 1等席(S席)にするのか、3等席(B席)にするのか。初鑑賞のときは、間違いなく1等席です。前すぎず後ろすぎない、花道も無理なく見える、ちょうどいい1等席を選ぶべきです。

実は、安い席であっても、役者のセリフはよく聞こえるし、オペラグラスを使わずとも表情までそれなりに見えます。しかし、「すごいものを観て圧倒される」という体験をするには、いい席で観たほうがいい。一挙手一投足のニュアンスまでつぶさに見えて、声がダイレクトに肌にまで聞こえてくるのがいい。

ちなみに、わたしの初めての歌舞伎座は、数年前まであった「一幕見席」というもので、3階席の最後部での立ち見でした。「歌舞伎ってこんな感じなんだなー、なるほどなー」という感想が強く、「すごかった!」とは遠かった印象です。何度か鑑賞経験を積んできた現在なら、情報が補完されて最後部でもかなり楽しめると思うのですが……。最初はやっぱり十分にいい席で観ましょう。

客席からの舞台の見え方の違いについては、写真付きで比較しているブログがいくつもあるので探してみてください。わたしは先日、1階最前列の右端(上手端)で観たのですが、拍子木の音が大きすぎてその点だけちょっと失敗でした。真ん中あたりが無難。

予習は必要ないが、イヤホンガイドは必須

冒頭で、「知識はないよりはあったほうがいいけど、なくても楽しむ方法があるので大丈夫」と書きました。知識なしで楽しめる方法が「イヤホンガイド」です。これは絶対に必要です。

イヤホンガイドは、美術館の音声案内のようなサービスです。舞台の進行に合わせて、登場してきた役者の名前や、ポイントとなるセリフの解説、見どころの予告などをしてくれます。

歌舞伎のセリフは、実はかなり現代語と同じように発声されるため聞き取れないことはあまりありません。しかし、物語を知らなければ、背景や文脈はなかなかわかりにくい。セリフだけでなく、踊りや立ち回りの場面も、どういう意味があるのかわかったほうが面白い。

イヤホンガイドはずっと喋り続けているわけではなく、要所でタイミングよく耳打ちしてくれます。カナル型イヤホンなので片耳はしっかりふさがってしまいますが、それ以外の点では鑑賞体験を損ねるようなものではありません。邪魔になったら外せばいいし。どうせ高いチケット買ってるんですから、イヤホンガイドの値段は誤差です。

普段着の延長に

歌舞伎座に行くと、着物姿のお客さんがたくさんいます。わたしもいつか和装で行ってみたいものですが、普通の服装の人のほうがずっと多いです。チケット代金に見合ったくらいの心持ちで行けば大丈夫です。お土産屋やお食事処もいくつもあるので、そのあたりもあわせて楽しんでください。

歌舞伎の面白さのひとつは、10代の若手から80歳の大ベテランまでが同じ舞台に立つのを観られることだと思います。わたしが推している中村莟玉さんは25歳。市川染五郎さんは17歳です。おそらく彼らはこれからも舞台に立ち続けるのでしょうし、おそらくわたしが死んだあとも舞台に立っているのでしょう。たぶん、一生推せる。

普段着の延長に、スポーツ観戦や音楽ライブや映画館や美術館があるように、歌舞伎鑑賞もあっていい。歌舞伎、観に行きましょう。意外とめちゃくちゃ面白いですよ。

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