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小さな故郷

私は、梅雨が嫌いである。湿気のせいで肌がベタベタする。せっかくアイロンで時間をかけてセットしたはずの髪も、家を出た瞬間お風呂上がり状態。スプレーで固めた前髪は呆気なくまっすぐになってしまう。しっかりビューラーとマスカラをした上向き睫毛も一瞬で下向きだ。全てが台無しで全身のコンディションが最悪になる、私が最も嫌う季節。それが梅雨である。
 
そんな、梅雨真っ只中の6月中旬のある日。前日まで降っていた雨も止み、久しぶりに見た太陽に妙な懐かしさを憶えた。待ち望んだ眩しさ。雨のせいでクローゼットの奥に眠っていた大好きな白い服を着て電車に飛び乗った。
家から最寄りの高坂駅まで10分。電車に揺られて約1時間半。何度か乗り換えをし、東京メトロ東西線日本橋駅で下車。初めて見る風景に胸を高鳴らせながら、Google Mapsの案内に従って10分ほど歩く。家を出て1時間50分。ようやく、私がずっと行きたかった「日本橋ふくしま館MIDETTE」に到着した。
 
私は、福島県で生まれ育った。悠久な自然に囲まれた豊かな場所。海の幸、山の幸どれをとっても絶品で、それらを栽培、収穫している現地の人々はとても温かい。県民だけでなく、福島を訪れた観光客まで、まるで全員が家族であるかのような一体感が生まれる、とても温かい県。毎日たくさんの命とたくさんの笑顔が集まる、私の大好きな故郷である。
故郷を離れて生活していると、どうしても福島が恋しくなる。テレビで福島のニュースを見たとき、駅構内で『ふくしまプライド』の広告を見つけたとき、カメラロールの写真を見返したとき、生活の中で福島を感じる度に、とても故郷に帰りたくなる。そんなときに見つけたのが「日本橋ふくしま館MIDETTE」だった。この場所を訪れ、新型感染症の流行により久しく帰省していない故郷を少しでも身近に感じたかった。
 
福島県の首都圏情報発信展としてオープンしたMIDETTEでは、主に福島県の物産の紹介・販売を行っている。高校時代に毎日のように自販機で購入していた酪王カフェオレや、地元小野町で製造された燻製卵、お正月には欠かせない福島の郷土料理「いかにんじん」など、懐かしのラインナップに思わず涙が出そうになった。商品一つ一つに丁寧な説明書きが置かれているため、自分自身の知らない情報をたくさん得ることができたとともに、改めて故郷の良さを知ることができた。豊富なラインナップに加え丁寧な解説がされている多くの商品を見ているだけで、福島県出身者でなくても福島ならではの温かみを十分に感じることができる。とてもアットホームな空間で心が安らいだ。
大きな赤べこの展示が行われている飲食スペースでは、福島県産の食物を使った料理やスイーツを食べることができる。飲食スペース内には、県内59市町村のパンフレットや、移住、Uターン・Iターン就職のための資料が並んでいた。大学卒業後は福島県での就職を考えているため、たくさんの資料を受け取って夢中になって読んだ。関東にも、Uターン情報を得ることができる場所があるということを知り、就職活動への不安が大きく和らいだ。
上京してきてから全く触れることがなかった福島県の市町村の名前をパンフレットで久々に目にし、とても懐かしい気分になった。しかし、故郷を2年離れただけで、「懐かしい」という感情が生まれてしまうことに気づき、少し切ない気持ちになった。体に染みついていたはずの福島弁もいつの間にか無くなってしまった。「〇〇、訛ってるね」と友人に言われていた大学1年の春が遠い昔のように感じた。2年間で、自分は大きく変わったのだと実感した。
 
2年前、上京してきたばかりの頃の私は、時間をかけて服を選ぶことも、髪をセットすることも、化粧をすることも全く無かった。雨でも晴れでも全身のコンディションは特に変わらず、気にすることもなかった。白い服なんて一着も持っていなかった。起きて10分で家を出ることができるような、いわゆる芋女だった。しかし、現在の私は2年前とは真逆である。毎朝家を出る1時間半前から準備を始める。天気と相談し、時間をかけて着ていく服を選ぶ。しっかり髪をセットしてしっかり化粧をする。同じ大学の友人が、「雨は最悪だ」と言っていたのを聞いて疑問に思っていた、あの頃の自分はもういないのだ。
 
帰り道、小雨が降ってきた。「服が汚れる」、「髪型が崩れる」と、いつもは嫌な思いしかしない雨。しかし、今回はなぜかあまり嫌な気持ちにはならなかった。
 
私は、梅雨が嫌いである。
 
この文章を書くまでは思っていた。
大好きな故郷に触れることで
大嫌いだった梅雨は、自分自身の成長を実感させてくれた。
梅雨の感じ方がまた変わった。
 
私は、梅雨が好きなのかもしれない。

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