月の夜 星の淡さ。

高い日差し、暖かい大気、生い茂る椰子の木、美味しい果物、悩殺薄生地着衣のお姉さん。ここはすっかり南国だ。何よりも、洗濯物がすぐ乾くのがいい。

気がつけば中国のVISAの残りが一週間ほどになってしまっていた。残り一週間をどうやって過ごそう。

と、このように考えるようになってしまったら、旅行者は一度悔い改めたほうが良いかと思う。何もVISAが切れるまでギリギリ滞在しなくてもよいのだ。さっさともう見るべきものが無くなったら次の国に移動すれば良いし、異性を追っかけて国境を越えるのも有りだ。

だがしかし、やっぱりもったいない。

イヤ、別に何ももったいなくは無いのだが、別に帰国の事なんかサラサラ考えてない人達にとっては「もったいない」ベースで何事も旅行中に事柄が運ばれてゆく場合がある。まだ余ってるのに残すなんてお百姓さんに申し訳ない。

噂に名高いVISA貧乏である。

で、まぁ、結局VISAが切れるギリギリで所持金が足りなくなって、ATMもあまり無かったこの時代、出国までに使い切れない額の両替をしなくてはならなくなる切ない風景は長旅ならではの風物詩といえよう。

挙句、余った通貨を国境の両替商に足元を見られ買い叩かれそうになった事に頭きて、両替せずに飛び出したものの、当然のごとく国からの距離が離れるにつれレートは更に悪くなり、結局バンコクあたりまで持ってきてゲストハウス等の掲示板に「僕の余った通貨を格安で買い取ってください」などのメッセージを張りまくる羽目になる。でも結局は納得のいくレートなんかで両替なんかしてもらえず、「まーいっか、また行くし。」と、無限旅地獄にはまってゆく様はそれはそれは恐ろしいものだと言われている。

旅も三ヶ月が過ぎた。
だいたい一発目に長旅に飽きてくるころだ。

【1998年3月10日(晴)中国:ガンランパ】

私は景洪の町から南へバスで1時間のガンランパと言う町に来ていた。そばに大河メコン河を湛えるのどかな泰族の町だ。

当時、ガンランパにはバンブーハウス(竹楼旅社)と言う泰族高床式住居の宿があって、そこには超有名な宿の名物オーナー(老板:ラオパン)がいた。

宿に泊まると、元村長のオーナー岩光さんは山のような泰族風の食事と白酒を振る舞ってくれていたという。

当然、老板も一緒に呑めや歌えやの宴会になって、最後には呑めや騒げや、歌えや踊れやの後半部分を老板が担当して、その老板の凄まじく気持ちよい酔っ払いっぷりは、遠く北京の旅行者の間まで響くほどであった、、、が、その老板は私が訪れる数ヶ月前に亡くなってしまっていた。

仕方の無い事だけど、なんとなく勝手に凄く期待していただけになんとなく残念。だけど老板の若い息子夫婦が一生懸命に模索して経営を続けようと頑張っていた。残念なんか言っちゃってごめんね。

夕食時には、そんな昔みたいに宴会風になるわけでなく、、、まぁ普通に歓談しながら夜がふけてゆく。老板の若い息子夫婦が、どうもてなしていいのかわからなそうに所在無さげに見ている。気にしなくていいのに。貴方達は亡くなった老板ではないのだから。

老板がいなくなっても、ここはノンビリ昼寝とか散歩するには良い町だし、子供は元気で笑顔も可愛いし、今日なんかは宿の人の親戚が結婚式で、お呼ばれまでされてたった5元をお祝いに包んだだけなのに散々飲み食いさせてくれたし、私的には満足度87%。

ただ、高床式の宿の私の部屋の真下で鶏小屋と豚小屋があって、朝3:30頃から こけこっこー!!!っと毎朝ウルサイのだけはちょっと泣きそうなくらい困ったけど。不眠度13%。

ここの宿に備え付けてあった日本語の情報ノートには、オーナー目当てで来てた宿泊者がいろんな感想を書いていってあった。でもオーナーが亡くなってから私みたいに期待し過ぎて訪れた人たちの、書き残したものには気分が悪くなり悲しくなった。

きっと義務教育が終わるまでパンツや靴下とか親から履かせてもらってたのだろうと思う。

ただ、私が言いたかったのは、「誰かとまったく同じ良かったなんて無いはずだから。私は私の良かったって風景や、時間を見つけるためには努力をしているよ。」、、、なーんて、ポリアンナみたいな事を言ってみたりして。まぁ理由を書くと長くなるので、まぁそーゆー事だ。

日が暮れて食事も終わると、涼しく淡い明かりの中のんびりと手紙を書いたり、日記を書いたり。 もう酔っ払いのオーナーはいないけど、穏やかな空気な中に彼の残り香がするような気がする。

僕が死んで何が変わりましたか? そっと教えてください。

僕と暮らしたあの国の友達はどうしていますか?

僕に僕というものを教えてくれたあの方は 今、何をしているのでしょう?

僕を愛してくれた、たった1人のあの人は 今、何処にいますか?

それぞれ毎日、自分のために、家族のために、忙しい事でしょう。

僕が死んで何が変わりましたか? 誰か、そっと教えてください。

僕はみんなの中で、まだ生きてますか?

僕の名前を聞くことは、もう無くなりました。

それとも、もう僕には聞くことが出来なくなってしまっただけなのでしょうか?

僕が死んでしまったのか、それとも、僕のいる世界が死んでしまったのか。

もう僕にはわからないけど。

誰か教えてください。

僕が死んで何か変わりましたか?

教えてください。

誰か。

そっと、、、。

夜、宿に泊まっている人達と、月夜に輝くメコン河を見に行った。明後日が満月だそうだ。キラキラとメコン河は、月明かりを吸い込んで眩しくたわんで流れている。足元には、夜なのにハッキリと私の影が伸びているのが見える。きっと月の無い暗闇のなかでも、私の影はそこに必ずあるだろう。

「、、、蚊が多いなぁ。ねぇフクさん?刺されまくってないですか?」

 ううん、私は刺されにくい体質なんだ。

「えーいいなぁー。A型ですか?血液型?」

 なんで?O型だけど。

「えーO型って一番刺されやすいはずなのに!」

 そーなの?。

「帰りに、蚊取り線香買って帰りましょう。」

 そだね。

てくてくと、宿まで歩いて帰る。
真っ暗な村の道の途中でふと空を見上げる。
月が明るすぎて、星はどこにも見えなかった。

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