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タンザニアの僻地で暮らしたら引き算思考が足し算思考に

昨年の秋、アフリカはタンザニアのエコビレッジを訪れました。その流れで南伊豆に新しくできるエコビレッジの立ち上げに関わっています。

今日はサバンナの極限状態で生活したら江戸時代の日本すら羨ましくなった話をします。

過酷だったエコビレッジの暮らし

エコビレッジの夕暮れ。左に見えるのは雨水タンク。この時間になると手を叩いてニワトリ小屋にニワトリたちを追い立てるタスクが発生。夜はソーラーライトと火の灯りのみ。
歩いて1時間半の隣り町。右の小屋はカフェで、珈琲淹れてくれたよ。


訪れたエコビレッジは2021年の1月にできたばっかりで、国際貧困ラインである1日1ドルの生活をモットーにしていました。私が行った時はまだ野菜も作ってませんでした。今はちょっとできてるそうです。

毎日が灼熱、食べ物はほぼウガリ(とうもろこしの粉末が原料のパンみたいな食べ物)のみの強制飢餓ダイエット、調味料なし。まだ完成してるわけじゃないから早速戦力として村作りに参加。岩盤のような土をツルハシで掘りまくる日々。

雨が降らなければ水不足にあえぎ、一番近い村まで歩いて1時間半。英語も通じない田舎、というか僻地だからスワヒリ語でコミュニケーション。なぜか警察に追われ逃走。マラリアに感染のおそれあり。

「なんじゃこりゃ〜!」ってテントの中で叫んでたら、なぜか急に不便な暮らしだと思いこんでいた江戸時代が、まるで未来人の生活のように羨ましくなるという不思議な感覚に襲われて、その場で考えたことを紙に書きなぐっていました。

なぜ江戸時代なのか? たぶん昔から江戸の暮らしや文化についてめっちゃ関心があったから。そのアンテナにタンザニアの極限生活が引っかかったんだと思う。
それは自分の中でも面白い化学反応でした。

フリー画像。この人は誰なんだ。


乾季と雨季の二季しかないタンザニアと違って、日本には四季があり、それぞれ旬のものを食べられる。海や川も大抵の地域にあるから(一番海から遠い長野県佐久市でも海からの距離115キロ)魚も取れるし、水は豊富。

塩も作り放題。そこから味噌・醤油とかの汎用性がありえないことになってる美味しい調味料もできる。米は美味しいし日本酒や味醂、糠漬けの材料に。

国土の7割をしめる山林は薪が豊富にあるからエネルギーの宝庫。山菜も取り放題。意見が分かれるところだけどイノシシやシカさんもいらっしゃる。

これもフリー画像です。なにかしらの山菜やハーブと思われます。ノビルとか冬でも生えてるよね。

日本は少なくとも、水と食料は大体の土地でかなり豊かだ。それに気づいた時、江戸時代の人々のことがとても羨ましくなった。

し、「江戸時代の人は大変だったんだな〜」というよくあるセリフを口にしなくなった。少なくともその時は。なんなら「ご先祖さま楽しやがって」と嫉妬した。

エコビレッジは外界と隔絶された空間だからそんな気持ちになったのかもしれない。日本ならどんな場所に放り出されても、頑張って歩けばすぐ人家にたどり着けるし、言葉が通じる。

翌朝にはもうそんな気持ちは薄れてしまったけど、その瞬間は確かにそう感じた。衝撃が新鮮なうちにしか感じられないあの気持ちを文字に残すことができてよかった。

引き算より足し算の方がゆたか

江戸時代の暮らしは現代と比べてしまうと引き算になる(今は当たり前にある電気もスマホも車もない)から豊かに見えないけど、タンザニアの僻地と比べれば「あれもある、これもある」と、足し算で考えることができるからとても豊か。

「ないものはない(あるものはある)」を掲げる島根県海士町のスピリッツにも同じようなものがある気がする。

人と比べることなく、0ベースで考えて、自分の生活に本当に必要なものだけを足していくって考えた方が心が豊かになると思いました。

例えば、「みんな持ってるから」って所有している掃除機を引き算して長く使えるホウキにするとか。No Music No LifeだからLPレコードは足し算するとか。

「みんな持ってるから」っていう理由を見える化するだけでも大分楽になる。

ありもしない「みんな」を基準にしたら、「自分はどんだけ恵まれてないんだ」っていう引き算思考になる。

ゼロを基準にしたら、あるものがあるだけプラスの足し算思考になる。

と、思う。

現地の小学校にお邪魔。無邪気だけどクールな子が多かった印象


突撃となりの晩ごはん。初対面でも旧友のように迎え入れてくれるその微笑みにウチナーンチュと同じものを感じた。ご飯は結構日本人の口にあう!米も主食だし。


マサイ族の村にお邪魔。と思ったら牛の放牧で留守だった。戦士のためか都市部のタンザニア人よりも表情が険しかった。やっぱ背は高い。
大都市ダルエスサラームの高層マンションから見たインドヨー


海外来ると気が大きくなってこういう写真とっちゃうよね。黒歴史まっしぐら。


まとまり悪いですが以上です!

次回はせっかく得た足し算思考も、環境次第で引き算になってしまう難しさについて話します。タンザニアから帰国後すぐにUber Eatsをポチり、徒歩3分のマクドナルドからビックマックを召喚したこと。「あれは資本主義が私にポチらせたんだ」という見苦しい言いわけを展開していきます。

読んでくださりありがとうございました。

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