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あのピトのパナはピクイ

これは フェンリル デザインとテクノロジー Advent Calendar 2022 24日目の記事です。

コピーライターという仕事柄、いつもことばを気にかけている。書きことばだけではない。話しことばもそう。

大阪で創業、その地に本社を置くフェンリルには関西弁を話す人が多い。関東で生まれ育ち働く私はいわば非主流派だ。毎週土曜日の朝、前日夜までウェブ会議で耳にした関西弁の残響が消えないままNHK-FMのラジオ番組「世界の快適音楽セレクション」を聞き始める。司会進行は大阪出身のギターデュオ、ゴンチチ。ふたりの柔らかな大阪弁を聞くと、終わったはずの仕事のムードがよみがえる。午前9時から10時55分まで、いろいろな音楽がかかる。番組が進むに従い、ようやく仕事がフェードアウトしていく。

大阪弁のイントネーションの起源は中国語にある。ワールドミュージック界の仕掛け人と呼ばれる音楽家の久保田麻琴さんが著書でそう書いている。

関西アクセントは“シノワズリ”だ。中国語にかぶれた、という言い方が悪ければ、影響を受けた結果のやまとことばが関西弁だと思っている。唄うような四声(四種類の音程とイントネーション)を取り入れ、粋がったアクセントでしゃべるという遊び心のある話法。渡来人が多い一〇世紀以前の近畿地方ではそういうことが行われたと想像できはしないか。様々な文化と芸術、技術を持った大陸からの人たちのアクセントを当時の都の青年たちが格好よく真似てみようと思うのも無理からぬ話ではないか。

久保田麻琴『世界の音を訪ねるーー音の錬金術師の旅日記』(岩波新書)

音楽家らしい見立てである。外国語のイントネーションに憧れ、まねてみようという心情は、矢沢永吉や桑田佳祐、氷室京介らの英語ふう巻き舌歌唱法に連綿と受け継がれている。じぃ〜かんぅよ〜ぅとまぅれぇ〜、いのぉちぃぅのぉ〜、ぅめまぁ〜ぅい〜ぅの〜、ぅなぁかぁでぇ〜。あれは、英語のロックを格好よくまねているのか。最近のミュージシャンで巻き舌上手を探せば、椎名林檎か、米津玄師か。

日本語のアクセントについてあれこれ検索していたら、面白いYouTuberを見つけた。minerva scientiaさんという在野の言語学研究者である。言語学の知識ゼロの私にとって驚きの話が繰り出される。チャンネル登録者数が12万人に上るから、ご存じの方もいるだろう。

日本語のアクセントには「京阪式」と「東京式」とがあって、関西弁の「京阪式」が平安時代の「院政期アクセント」に対応するという(この辺り)。日本語の「歯」は平安時代には「fa↗a↘」と発音し、奈良時代には「pa↗a↘」と発音していたとのこと(この辺り)。

情報量が多く、ナレーションの再生スピードが速いことも相まって、視聴しているとクラクラする。

「は」「ふぁ」「ぱ」で思い当たったのは、作家の池澤夏樹さんが古代の音韻と表記について書いていたことだ。しばらく前から気になっていたのだが、ようやくその解説が見つかった。

表記にはいつも発音とのずれという問題がつきまとう。ある時点で人々が使っている発音に合わせて表記の規則を作っても、時と共に発音の方は変わってゆく。子音で言えば今の日本語のhの音はかつてはfでその前はpであったと音韻学者は言う。「母」は「パパ」であり、「あの人の鼻は低い」は「あのピトのパナはピクイ」だった。

池澤夏樹『日本語のために』(河出書房新社) ※太字は筆者

話しことばが100年、1000年という単位で変わることはわかった。一人の人間がそれを経験することはできないが。いま起きている5年、10年単位のことばの変化あるいは乱れに目くじらを立てても仕方ない。その点を胸にとめておこう。大きな学びである。

さて、一昨年と同じく、今年もケンタッキーフライドチキンを取りにいく時間がきた。このへんでエントリーを終えるとします。お気に入りの大阪弁ブルーズをご紹介して、メリイクリスマス!

(冒頭の写真)Photo by Ice Tea on Unsplash

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