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noteという、温かい世界

昨日まで親とのことをいろいろ書いてきた。
先日の記事にコメントをくださった方が、ご自分の投稿にもとり上げてくださった。とても嬉しくて涙が出た。今日はそのことを少し。

かわせみ かせみさん

かせみさんのことは、以前からフォローさせてもらっていて、時々コメントのやりとりもしている。noteのなかでの貴重なお仲間のひとり。いちどもお会いしたことはないけれど、投稿を読んでいると共感できる部分もおおくて勝手に身近な存在になっています。
年齢もちかく、血はつながっていないお姉ちゃんみたい、そんな風に思っているのです。ときどき、疲れてしまってしんどい、なんて書かれていると大丈夫かなぁ…と心配になったり、楽しいことがあったと知ればわたしも一緒に笑顔になったりと、勝手に心配したり、応援したりしています。

今回はそんなかせみさんに、めちゃくちゃ励まされたというか、元気にしてもらいました。noteがなかったら、知り合うこともなかったし、別のSNSではそこまでお互いのことを知ることはできなかっただろうなぁ。

身近な友人との会話では、親とこんなことがあった、とかそんな話題にはなりにくいし、子どものいないわたしには、子どもをもつ親としての気持ちを友人たちから聞くこともない。もっと身近な存在、きょうだい間でもこういう会話はしないと思う。わたしの時はこうだったのに、お姉ちゃんはちがったの、ずるい、とかなりそうで。
だから、これまで誰かの意見を聞く機会はなく、かせみさんからのメッセージはとても新鮮で嬉しかったのです。

これはnoteだからこそ、できたことなのかも。

noteはほんとうにいろんな人がいて、読むだけでためになることをたくさん発信してくれる人がいる一方で、わたしのように自分のことをただただ日記のように書く人もいます。こんなことしてて意味あんのかなー、なんて思ったりもしたけれど、わたし自身もほかの人の日常的なつぶやき、日記を読んで元気をもらったり、新しい視点をいただいたり楽しませてもらっているのも事実。そして、今回のようにほかの人からのコメントもまた学びになる。つながりはゆるく、でも発信している内容は濃いものもたくさん。


今回のようにわたしの一方的なつぶやきを拾ってくださり、ご自分のところでひとつの投稿としてまとめてくださったかせみさんには、感謝しかありません。ありがとうございます!

わたしの感情はつねに揺れ動いていて、あるとき一瞬わぁっと燃えて、しばらくするとしゅん、と消えていることも多いのだけれど、今回の母とのこともたぶんしばらくしたら「え、そんなことあったっけ」ってなりそうなので、気持ちが熱いうちに書いておいてよかった、と思いました。かせみさんの記事は、ブックマークしておきますね。また気持ちがゆれた時に読み返せるように。


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