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日常の音をキャッチする〜ポテトチップス論文を読んで

冬の朝。
霜柱を踏むとバリっという音がして、その感触が気持ちいい。
見つけてはどんどん踏んでバリバリした音がかえってきて楽しい。

緩衝材のプチプチを潰していくことも楽しい。
ボタンのようなビニールの気泡を押していくと、形が変わり、やがて弾ける音がして、その潰す感覚に病みつきになりそうだ。

自分から何かに働きかけて、触れてみて音がかえってくる感覚。
食べることも同じで、食感にも楽しさがある。
歯が食材にふれ、潰されていき、その音もあいまって味わい深い体験になっていく。

ポテトチップスの食感

2008年のイグノーベール賞、ポテトチップスのパリパリ感と聴覚的な手がかりを明らかにした研究がある(1)。

実験はこうである。
聴覚、視力に問題がないボランティア(平均年齢28歳、20名)にブースに入ってもらい、ヘッドフォンをしてもらう。マイクの前でポテトチップスを噛むと、ヘッドフォンからその音量や周波数が増幅された音が流れ、パリパリ感と新鮮さの感覚を評価してもらう。


Zampini M, Spence C (2004)より

結果は、音量を上げることによって、また高周波数の音を増幅すると、よりパリパリ感と新鮮さを感じられるという。

ならば、多少湿気っていても、音が出ればサクサク感は得られるし、そんなポテトチップスの方を消費者は求めるかもしれない。
私もそんなポテトチップスを一度は味わってみたいものだ。

でも、いくらポテトチップスを音が出るように改良しても、日常でポテトチップスのサクサク感を楽しむ時ってどれくらいあるだろうか?
日常は実験室のブースのような環境ではない。
ノイズで溢れていて忙しない時もある。

焦って食べたり、何か他の作業をしながら食べていれば、食材から聞こえる音量はマスキングされ、サクサク感は得られにくくなる。
意識はポテトチップスに働きかけていないので、体感は乏しい。
そして、ポテトチップスを食べたことさえ記憶に残らないこともある。

どうすれば、主体的に味わうことができるのか?


自分にスペースを持つこと


ベトナムの禅僧であるティク・ナット・ハン氏の考えはヒントになる。

「私たちのハート、自分の周りにスペースを作る練習をするのです」
「人は自分のハートに自由が芽生え、自分の内面にスペースができるまでは幸せな人になることはできない」

google本社で行われたワークショップで、ティク・ナット・ハンは言っている。
スペースとはなんだろう?
それは、感じることができる状態であると思う。

意識が、渋谷のスクランブル交差点のように忙しければ、その中でポテトチップスを食べても、サクッとした音は聴こえないだろう。
意識が、コンサートが始まる前のオーチャードホールの静けさであれば、サクッとした音は100m先でもキャッチすることができる。

スペースがある中で行った体験は、遊びとなり、彩を与えてくれる。
そして、さまざまな情報が統合され意味をなす経験にもなるであろう。
それは、単なるサクサク感ではなく、その時の感情、一緒に食べた人、環境とも結びつきやすく味わった経験が記憶に刻まれる。

霜柱を見つけては、バリっと踏むことを楽しむスペースをもちながら日常を送っていきたいたいものだ。


<参考文献>
(1)Zampini M, Spence C(2004) The Role of Auditory Cues in Modulating the Perceived Crispness and Staleness of Potato Chips. Journal of Sensory Studies, 19, 347-363.



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