デアデビル(2019)Knows Fear

 チップ・ザダースキーのデアデビルを読んだ。前のシリーズで、マットマードックは死の淵を彷徨うもなんとか生還(前のライター曰くデアデビルはシーズンの終わりごとに死ぬのがお約束、とのこと)し、その続きからということになるらしい。らしいというのも、私は偶然にもマーベルアンリミテッドで新たに始まった一冊として手に取ったため、コミックスとしては完全に新規の読者である。

 そこでなんのけなしに読んでみたのだが......。これがとても面白い。最近のマーベルだとイモータルハルクやアベンジャーズなども素晴らしく面白いのだが、チップ期のデアデビルも非常に優れており、レビューしたいと思った次第である。

 デアデビルー本名マットマードッグといえば、盲目でありながら鋭い感覚(Sense)を身に着け、昼は弁護士として夜はクライムファイターとして戦うことが有名だ。おそらく、日本ではNefilixのデアデビルが一番有名だろう。

 ただデアデビルの特徴としてはそれだけではない。彼は敬虔なキリスト教徒であり、求道者でもある。そのため彼はクライムファイターという人の法からは逸脱した方法を許容しつつも、決して譲らない一線がある。それが「汝、人を殺すなかれ」である。このチップ期のデアデビルはその「毛陰険なキリスト教徒」という点に大きく比重を置いており、物語の始まりもそれを示すように構成されている。

 物語はある殺人事件から動き出す。現場には殴打によってしか出ない血の跡があり、暗闇の中、手早く犯人が行ったと見られる。そして生き残った盲目の被害者が犯人の名前を語る。その名前こそデアデビルであった。そしてほぼ同時期にデアデビルはパトロールで出くわした三人の銀行強盗といつものように戦っていた。そこで彼は不意を突かれ、思わず力の制御を失ってしまい……ついに銀行強盗たちを殺してしまうのであった。これは何かの罠ではないかと思い、デアデビルは捜索するも……それはキングピンによる策略でもなく、医療的なミスでもない。ただただ彼自身による過失だったのだ。そこで彼は思い出す。昔、初めてクライムファイターとして暴力をふるった罪を神父に懺悔した時のことを。

You are just a man....And men who succumb to violence, No matter the justification, can grow to crave it. It destroys your spirit. It destroys Lives.

君はただの人間だ。暴力に屈した人間は、それが正しいことだとしても、暴力をせずにはいられなくなる。暴力は君の心を壊し、人々を傷つける。

 デアデビルには二つの側面がある。一つは敬虔なキリスト教徒して人間の法を遵守し、人々を救うという面。もう一つは与えられた力を使い、クライムファイターとして人々を救う面。この二つは常に矛盾をしている。だがその二つのバランスを保たせる唯一にして絶対の法がマットのなかにあった「汝、人を殺すなかれ」であった。

 殺しをよしとせず徹底的に追おうとする刑事、一線を越えたことこそ破滅の道であるとほくそ笑む宿敵、殺しは罠だと考え心配する守護者たち、そして殺しを歓迎する執行者。様々な思いが交錯し、なによりもデアデビル本人が自分自身に疑心暗鬼になっていく。そんな状況でもヴィランは現れ、人々は危機にさらされ、デアデビルは己の性に突き動かされ、「殺さずに」敵を制圧していく。そうして心身ともにボロボロになったとき、NYの親愛なる隣人が彼にヒーロー引退を迫る。すでにデアデビルの体も心も壊れ始めており、なによりもそれが原因でNYの隣人たちを傷つけ始めている。だからこそ引退するときがきたのだと……。

 デアデビルには矛盾がある。そして彼は常に答えを求めていた。ただただ人の法を従ったところで助けられる人は限られている。なによりも与えられた力があるのに、目の前の脅かされた人々を見捨てるのは神の教えにも反している。一方で、脅かされた人々を助けるために暴力をふるうことも神の教えにも反している。永遠に矛盾し続けた答えであり、だからこそ彼は彼自身の中で、一線を越えないために人殺しだけは彼にとって決して許されざるものとした。にも拘わらず彼は意識的にしろ無意識的にしろ、彼は人を殺めてしまったのだ。

 この命題は私にとって非常に興味深いものである。できる限りのところで人を助ける。当たり前に聞こえるが、そのできる限りはデアデビルの場合、とてつもなく広い。そしてかれの鋭い感覚(sense)がなければなくなってしまった命もある。別にこれはデアデビルに限った話ではない。できる限りのギリギリを責めた結果、過ちを作ることは我々は人間であるゆえに往々にしてあるのだ。そして過ちを作ってしまうがゆえに矛盾が生じてしまうのだ。

 おそらくこの命題は簡単に解決する方法は一つある。それはあきらめることだ。マードックがデアデビルをやめ、ただただこれから起こる自分以外の人がした過ちから目を背けて、法律のみで人を助けてしまえばいいのだ。

 だがそうはならないと私は確信している。ここで大きくデアデビルの矛盾に焦点を当てたということは求める道は非常に険しい。そういう期待も込めて、私はチップ期を追おうと思う。

[この号で知らなかった単語]

Hermit-世捨て人

Paramount

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