スーパーコンシェルジュ 8-②

 ②
 それから割とすぐに、芹沢さんからアカウント取って、やってみますという連絡も回って来て、ぽつぽつ一日に一回か二回だけど、試験的につぶやいてみたりして……という感じで、それは始まった。
 思ったよりもあっけなく、そのフットワークの軽さはやっぱり芹沢さんらしいなと思ったり。
 
 「とりあえず私がやるんですけど、見てて『私にもできそう』って思ったら、手伝って下さいね」
 って言われた。芹沢さんのつぶやきには後ろに「風子」という署名? 一応誰が呟いたって言う名前を入れてるんだけど、本名なのにネットに載ってしまうとなんとなくハンドルネームみたいな雰囲気になって、適当にいい感じのキャラクターを醸し出してる感じ。
 ただ、公式っていうか宣伝とかしてるわけでもないし、まだまだ試験段階っていう感じなんだけど。
 
 芹沢さんとは、この企画が始まってから話す機会が増えた。増えたというよりは、芹沢さんって今までは店内のディスプレイとかが仕事の中心で、そういう作業に入っていることが多かったのが、本人がネタ探しに降りて来ると言うか、そういう時間が増えたってこと。
 「やっぱり文章って向いてないんですよ、私」
 なんて、ぶつぶつ言ってるけど、なんせ文字数少ないし、それが救いみたいだった。嶺谷マネージャーってやっぱりよく見てるんだな、なんてそんなことにも感心する。
 
 あとは……芹沢さんもよく見てる。当然、フロアのことは色々書いてもらうことも多くて、そうすると「あ、あれ見ててくれたんだ」ってこともあるし「ぎゃー、見られたー」ってこともあるし。
 ちょっとしたディスプレイとかを褒めてもらったりすると(なんせ本職に褒められたって感じだから)めっちゃ嬉しい一方で、POPの思わぬミスとかをこっそり挙げられて(まぁ笑えるネタとして、なんだけど)「言ってよーーー」な気分になることもある。
 本人に言ったら、後で言うつもりだったとか言ってたけど。
 
 でもそんな芹沢さんのつぶやきにも、入力ミスとかもちろんあるわけで。そういう所が機械じゃなくて生身の人間っぽさにもなってる部分も確かにあるわけで。
 嶺谷マネージャーの言ってた「顔の見える」とか「体温を感じる」っていう所に通じたりもするのかなぁと思わないでもない。
 「100人いたら、100人の人に好かれようと思わない方がいいわよ。そうなったらどうしても無難になって、誰の共感も得られなくなるから」
 これは嶺谷マネージャーの言葉。
 
 ずっと前からやりたいと思ってたっていうだけあって、嶺谷マネージャーの中には「こうありたい」という思いが強くあるみたいだ。そんなマネージャーがしつこく言ってるのが「お客様の心をどう動かすか」だ。
 芹沢さんに聞いたら、ずーっと昔から言ってるらしい(と言っても芹沢さんが嶺谷マネージャーと一緒に仕事をし始めて一年ちょっとくらいなんだけど)。ディスプレイとかでもすごくそう言ってダメ出しもお褒めの言葉ももらって来たらしい。
 「ブレないんですよね、アノヒト」
 小さく息を吐いて呟いた芹沢さんの言葉に、照れ隠しと「かなわないんだよなぁ」という空気を感じて、思わず微笑んでしまう。
 でも確かに嶺谷マネージャーの言ってることは、私の仕事にも(そして多分誰の仕事にも)通じることで。
 
 そんな風に水面下みたいにじわじわと活動を続けて一か月。芹沢さんのやってることの評価と言うか、これからのことも含めてのミーティングが招集された。
 「後方の掲示板に張ってあるの見て、何人かの人は芹沢さんのつぶやき見てくれるようになったみたいですよ」
 と言ったのは森川さん。
 「え、そうなの?」
 「二人ほどには『森川さんは何もやらないの?』って言われたんで、なんのことかと思ったらそういう話だったんです」
 
 野分店には直営の従業員が400人はいる(パートやアルバイトも含めて、だけど)し、テナントさんも入れると多分600人は超えると思うから、それが多いのかどうかはわからないけれど。
 
 「化粧品の美容部員さんもみて下さってる方、いるみたいですよ」
 と報告したのは、衣料品の宮原さん。
 「で……その、……」
 「何?」
 「私もちょっと、やってみたいかなぁ、って」
 そう言えば宮原さん、昔ちょっとやろうと思ったけど、とか言ってたっけな。
 「まだ具体的には考えていないんですけど、嶺谷マネージャーの『それぞれのお客様に届ける』っていうの、ずっと考えてて……そうしたら、やっぱり特にファッションなんて、こだわったお客様に届いてなんぼ、だから、やった方がいいんじゃないかなって思えてきたんですよね」
 「あぁ、それはもちろん、そうよ。リバティマートにしかないブランドとかもあるわけだし、そういう情報はやっぱり求めてる人は――その絶対数が多いか少ないかはともかく――絶対に一定数はいるわけだし。そのお客様をどうやってつなぎとめておけるか、って大事なことだし」
 「それなんです」
 
 聞けば宮原さんはそういう「小さいけどコアなお客様がいるブランド」が、どうしてもチラシなんかだとすみっこだったり、小さくなったりしてしまうのがなんとなくイヤだなって思い続けてたらしい。
 
 「その気持ち、なんか分かるかも」
 思わず私も呟いていた。食品もどうしても「花形」と「脇役」がある。それは仕方のないことなんだけど。
 「ですよね」
 と宮原さん。嶺谷マネージャーは「フェイスブック、リバティマート野分店のページ作ってみる?」と提案したんだけど、それは荷が重いということで。
 
 「ちょっと考えさせてください」
 宮原さんの宿題になった。
 

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