スーパーコンシェルジュ 1-②

1)辞令は突然に ②

 コンシェルジュ? えーっと、あ、そうだ、コンシェルジュ。なんだっけ、ホテルでフロントの隣とかにコンシェルジュデスクとかって、あったような。あれのことで合ってるのかな。でもそれと私とこのお店の間に、一体なんの関係があるって言うんだろう?
 私がまったくぴんと来ない顔をしているのに気付いたのか、店長はさらに
 「食品フロアの、アドバイザー。お客様にいろいろなアドバイスをしたり、質問にお答えしたり、そういう係り」
 「アドバイザー?」
 店長の言葉を頭の中で反芻する。もちろん今だって、聞かれたことには精いっぱいお答えしてるし、POPなんかだって頑張って作ってるし、でも、アドバイザー……ってことは。
 
 「ム、ム、ムリ、無理です!!」
 私の精いっぱいの拒否は、まるで予想してたかのように、店長はさらに続けた。
 「佐藤さんに、やってほしいんだ」
 「いや、その、まったく想像つかないし、そもそもなんで私が。っていうか、それって多分私なんかよりもっと出来る人も多分いるし、何か分からないものをやってほしいとか言われても、……無理ですっ!」
 
 自分でもだんだん何を言ってるのか分からなくなってきたけど、少なくとも面倒くさそうで、とても難しそうなことをしてほしいと言われているってことだけは理解した。
 無理。無理だから!
 
 「ま、少し話をしようよ」
 私の(声は小さいけれど)ほとんど絶叫のような「無理です」を聞いても、店長は動じることもなかった。
 「話を聞いて、それでもどうしても無理、というのなら、それはそれで考えないといけないけど、そもそもで言うなら、できないと思うのならわざわざこんなところまで呼び出してお願いはしないからね」
 苦笑含みで店長は続けた。
 
 「リバティマートの企業理念は知ってるね?」
 「真(まこと)の豊かさを実現していくために、です」
 「そう」
 さすがに朝礼の度に唱えてるので、このくらいは分かる。
 「じゃ、佐藤さんは『ゆたかさ』ってなんだと思う?」
 「え?」
 
 改めて言われると、なんだかうまく答えられなかった。ゆたかさ……普段そんなにちゃんと考えたことないかも。だって豊かさは豊かさだし……
 「漠然としすぎているかな」
 「はい」
 「じゃぁ、食品の豊かさ、って?」
 食品の、とつくと、少し考えやすくなった。
 「美味しいものが食べられるとか、食べて幸せな気分になるとか、えっと……」
 店長は我が意を得たり、というふうにうなずいた。
 
 「そうだね、それを通して、幸せな気持ちを感じる時、人はそれを『豊か』な経験だと思うと思う。満ち足りた、と言ってもいいかな。じゃぁ……今のリバティマートは、お客様に豊かな食を提供できているだろうか」
 私に尋ねる、というより、少し自問するような言い方。隣にいたマネージャーがちょっと息を呑んだのが分かった。
 「できていると思いたい、と思っています」
 店長室に入って、初めてマネージャーが発言する。
 「本当に?」
 少し意地悪な笑顔で、店長はマネージャーに向き直った。
 
 「さっき佐藤さんは『幸せな気分になる』と言ったよね。たしかにうちの食品フロアには美味しいものはある。それは間違ってない。でも美味しければそれで幸せになるかな」
 一瞬、意味が分からなかった。
 「美味しいだけで、と言い換えてもいい」
 「それは、例えば家族と一緒に食べるとか、ですか?」
 「それもある。家族と一緒に食べると美味しいと思うかい? じゃあそれはどうしてそう思うんだろう?」
 「家族が仲がいいことが幸せで、美味しい食べ物があって幸せで、相乗効果というか、そういうものじゃないかと思うんですけど」
 「そうだな」
 
 店長の目が、まっすぐこっちを見た。
 「単に食物として美味しいものがあるだけでは、それは『豊か』さではないんじゃないかな? 世の中に『高級食材』と呼ばれるものは沢山あるけれど、それを並べたスーパーが『豊かな食を提供してる』と言えるかどうかと言えば、それだけではだめだろう?」
 「それは、豊かではないんですか?」
 「たとえば世界の味を味わうことが出来るという意味では豊かだと言えるかもしれない。でもそれが『世界の味ですよ』という情報がなければ、お客様にとってはそれはただの高いだけの食材でしかない。そう思わないかな?」
 「そうです」
 
 そうだ、うちの売り場に2000円のフォアグラのパテがある。食べたことはないけど、そういうものがあることは知ってる。フォアグラってものがどんなものなのかも。
 でも、年末に結構年配のお客様に「値段付け間違えてない?」って言われたんだ。
 話してみたら、フォアグラって何か知らないみたいだった。周りが高いものでも500円とかだから、その人からしたら、そんな価値のあるものだと思えなかったんだろう。
 でも、クリスマスには二つ売れてた。
 知ってる人には、2000円でも買う価値があったから売れたんだと思う。
 
 「今の世の中は、情報があふれている。たとえば朝の情報番組で、ある商品が紹介される。お客様はリバティマートにならあるかもしれないと思って来店される。ある。買って帰る。これはさっきの例とは違うけど、一つの豊かさだと思うんだ」
 少し、分かる。発売されたての新商品とか、別にそんなに美味しくなくたって、それだけで確かに少し幸せになってる。
 
 「あるいは旅番組。旅先での名物や、美味しそうなご飯が出るよね。それを見て、美味しそうだなと思いながら買い物に来たら、なんとそこにあった。あったーって思って買って帰る。こういうこともある」
 物産展が売れるのって、そういう感じ?
 
 「そこに共通するのは、情報や経験だ。お客様は『食物』を食べているようで、実は情報や経験を食べている、ということが言えると思わない?」
 「思います。たしかに今言われた例は、自分でも思い当たります」
 「それも『豊かな食』の一つだと思うんだけどね」
 「はい」
 
 「今のリバティマートにはそういう部分が足りないと思っている。そしてそういうことを提案できて初めて我々は『豊かな食を提案しています』と胸を張れると思うんだけど」
 「……そう、ですね」
 そんな売場になると、確かに素敵かなって思う。うん、そういうお店で買い物したいって思った。

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