スーパーコンシェルジュ 5-③

 ③
 須山バイヤーの言葉を聞いて、なんとなく、この人になら聞いてみようかなと思えた。ずっと誰かに聞きたかったこと。誰に聞いていいか分からなくて、聞いて回るほど深刻でもないけど、ずっと心に引っかかっていたというか、誰かに教えてほしかったこと。
 
 「もう一つ、聞いてみてもいいですか?」
 「ん? なんでしょう」
 
 「品揃え、って割と簡単に言うじゃないですか」
 「簡単にって」
 少し苦笑した。でも難しい言葉じゃないし、仕事の中で、何度でも出て来たし、それこそ店長から私たちのようなパートまで、普通に使う言葉。
 「まぁね」
 「この『品揃え』っていうのは、誰が決めているんですか? っていうか、いわゆる陳列台帳をバイヤーが作ってるっていうのは知ってるんですが、そういう意味でバイヤーが決めている、で合っているんでしょうか」
 
 「あぁ、なるほどね」
 なんとなく、私の聞きたいことを分かってくれた……かな。
 「そういう意味ではまぁ、バイヤーが決めている、で大筋間違いないかなぁ」
 「どうやって、なんでしょう?」
 「難しいこと聞くね」
 「結構前から、考えてたんですけど、このお仕事やるようになってから、もっと考えるようになったんです。私たちは決められた商品を決められたように並べて、特売とかそういうのは少しは工夫とか出来るけど、でもあくまでも『売り方』の工夫じゃないですか? じゃぁお前が決めろと言われればすごく困るんだけど、でも逆になんで『この商品なのか』が分からないままに陳列してるのも、なんとなく……イヤかなって」
 
 「その気持ちは分かる……かな。意見は言えばいいんだよ? チーフとかマネージャーにも」
 「はっきり『こんなものを置いてほしい』『こんなものは売りたくない』って、そういうことじゃないんですよね」
 小さくため息。分かってもらえないだろうか。
 「納得したい?」
 「そうです。そうすれば、多分もっと商品を好きになれる」
 「あ、そうか」
 須山バイヤーはそこでちょっと目の動きを止めた。遠くを見る。考えてるって風だった。
 
 「佐藤さんは、商品を好きになりたいんだね」
 「え、えっと、はい、というか、好きになれないものを、売ったり勧めたり、したくなくないですか?」
 「したくないね」
 少しくくっとこらえるように笑って、小さくうなずいた。
 「白羽の矢が、立つわけだ」
 「え? えっと、そこ、ですか」
 「そこだねぇ」
 話が少しずれてる気がして戸惑った。でも。
 「品揃えの話だったよね」
 「そうです」
 戻してくれた。忘れられてたり、どうでもいいと思われたわけではないらしい。
 
 「最終的にこれ、と決めるのはバイヤーだけど、その前提条件として『情報』がある。情報って言うのはどこから来ると思う?」
 「メーカーさんとか、じゃないんですか?」
 「それはもちろんある。それだけ?」
 最初っから思ってるけど、この人少し意地悪かもしれない。意地悪と言うか、回りくどいというか。質問に質問で返される。
 「問屋さんとか……」
 「そうだね。他に」
 こういう時の須山バイヤーは楽しそうだ。やっぱり意地悪って言うか、面白がりなんだと思う。
 「テレビとかインターネット」
 「そうだね。他に」
  情報。……情報ねぇ。
 「……思い浮かびません」
 「そう? 佐藤さんはね、大事な観点が抜けてるよ」
 「え……」
 そんなに外れてると思わなかったんだけど。
 「お客様が、何を求めてるか、どうやって知る?」
 「あ、お客様の声、とか」
 「投書とかメールとか?」
 「はい」
 「間違ってないけど、やっぱり気付いてないね」
 苦笑含みの顔を少し引き締めて須山バイヤーは言った。
 「POS情報」
 「あっ!」
 
 本当に、忘れていた。担当の時には見たりしてたのに。って、まぁ見てただけってのもあったんだけど。ただ、自分が気になってる商品が売れてたら嬉しくて、逆に売れてなかったらなんで? って思って。
 単品の、売り上げ情報。そうか、あれ、バイヤーも見るんだ。って当たり前か。私たちでさえ見てるものを、バイヤーが見てないわけがない。
 
 「まだ発売されていないものや、扱っていないものの情報は、さっき佐藤さんが挙げたような情報が中心になるけれど、今扱っているこれがどうなのか、っていうのの一番基本の情報はやっぱりPOSだね」
 「そうですよねー」
 「だから、そういう意味で佐藤さんが担当だった時にどういう風にチーフに伝えたりしてたかとか、それは分からないんだけど、そういう担当者の声とか、そういうものも含めて、情報として総合的に判断して、そこに……もちろん自分の『こうしたい』っていう思いも込めて品ぞろえを決めている。分かる?」
 「分かります」
 単純に「これ置きたいな~」なんてもんじゃない、ってことは、よく分かった。
 
 「お店のね、チーフから、マネージャーから、店長から、色んな人がいろんなことを、色んな情報から考えて、それぞれの『こうしたい』があるんだよね。それに加えて本社でも販売企画部とか、業態開発部とかの『こうしたい』とかもあったりするし。それの最終的な集約というか……責任をもって単品レベルに取捨選択してるのがバイヤーだと。これで分かってもらえますか?」
 「よく……、よく、分かりました」
 一つ一つの品ぞろえの意味を知りたいと思ってた。でもそれを知ることにはあまり意味がなくて(だって一つの理由じゃないし)、ただバイヤーをはじめとする、色んな人の想いとか、POS情報に反映されたお客様の想いとか、そういうものが複雑に絡まって、品揃えになっていくんだ。
 「そういう意味では、なんていうの、ある意味巫女みたいなものかもね」
 「ミコ?」
 「そう、巫女さん。世の中にあふれてる色んな情報とか、お客様の気分とか、ニーズとか、お店の人の想いとか、そういうものを吸い込んで、自分なりの想いも足したり、アレンジしたりして、品揃えというものを表現していく、って言う感じ?」
 よく分かった。どの商品も、理由があって、誰かの想いがあって、そこに置かれているんだっていうこと。でも。
 
 「あ、それでもやっぱり『なんでこれ、品揃えされてるんだろう?』って思ったら、聞いていいですか?」
 断られるとは思ってなかったけど。
 「もちろん」
 その日一番の須山バイヤーの笑顔だった。

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