スーパーコンシェルジュ 8-③

 ③
 最初の一ヶ月は本当に試行錯誤な感じだったし、内輪だけ(一応私たちだけではつまらないし、張り合いもないだろうということで、店内掲示はしたけど)の試みだったのだけど、徐々に慣れてきたみたいで、リバティマートの本社とか他店にも一応アピールしてみたり、あちこちにリンクを貼って貰ったり。
 私がやってるわけじゃないのに、やっぱりそういう「外に出る」というのは結構ドキドキ……したんだけど、意外に何もない。
 
 うん、私は何もしてないんだけどね。
 「芹沢さんには何かあった?」
 「ないですよ、あ、本社の人には『フォローしたよ』とか言ってもらったりしたけど。でもフォロワーさん、結構増えてきたけど、どの人が社内の人かとかって分からないんで、実際にはなんていうか……ぴんとこないというか」
 「そんなものだって」
 そう言ったのは嶺谷マネージャー。
 
 「炎上するとか、プライバシーがとか、色々怖いこと言われてるでしょ? でもね、そのほとんどは無知とか意識の低さとか、想像力の欠如から来てると私は思ってる。もちろん常に自分を戒めておくこと自体は悪いことじゃないんだけどね」
 そういうことかぁ。でも実はそれが一番難しいことなのかも知れない。反響があればあったで、なんとなく偉くなった気になる。なかったらなかったで誰も見ていない気分になる、そういうことかな。
 サイレントマジョリティ、というどこかで聞き覚えのある単語をふと思い出した。
 何も言わないけれど確かにそこにいる、ある、多くの人たちとその思い。
 
 宮原さんは結局ブログを作ることになった。
 「フェイスブックだと、過去の検索とか、好きなブランドだけ選んで見るっていうのが難しい気がするんで」
 そう言っていた。私もこういうことを始めてから、意識してみるようにしているけど、確かにフェイスブックって情報がじゃんじゃん流れて来るけど……その分、流れていくだけみたいな感じではあるなと思う。
 
 宮原さんがとりあえず作ったのを見せてもらったら、店頭のディスプレイ(芹沢さんが腕によりをかけて撮影用に飾った――もちろん、実際に3週間くらいは店頭にあったわけだけど)婦人服のAポイントの写真がトップに。
 カテゴリーはブランド。
 確かにこれだと、そのブランドのファンの人はそのカテゴリーだけ見ればいいし、遡るのも楽そうだ。
 
 それと……そのカテゴリーの中に化粧品も入っていた。各制度化粧品と一般化粧品。聞いたらなんでも化粧品のチーフが「もしやるのなら、手伝わせてほしい」と言ってくれたのだそうだ。
 化粧品はメーカーさんがしっかりしていて、イベントも結構多いし、美容部員さんの予定なんかも載せられるので、定期的に更新内容がある。
 
 「化粧品入ると、画面も華やかになるし、ネタなくても化粧品で持たせてもらえるかなと思って」
 と宮原さんは笑ってた。
 あと、お客様にも積極的に美容部員さんたちが紹介してくれて、割と見てもらえてるみたい、とも。
 「ちょっとずつなんだけど、みんなが協力してくれてるっていう感じになってきてるのよ。楽しそうとかね」
 
 確かに私も「最近、あれこれ頑張ってるね」って言われることが、ちょっとずつ増えて来たかも知れない。今までは個別にお客様に対応するとか、それぞれの売り場にちょっと工夫をさせてもらうっていうすごく狭い店の中だけの活動エリアだったのが、SNSに取り組みだすともう少し広がるというか。伝わっていくってこういうことなのかなと思う。
 
 とはいえ、一方で私は相変わらず、どれにも参加していなかった。あくまでもネタ提供と言うかそれだけ。森川さんもだけど。
 ただ、しなきゃいけないってわけではないし、嶺谷マネージャーから何か言われたりするわけでもないんで、自分の中で悶々としてるだけなんだけど。
 サービスカウンターにパソコンを置いてもらって。
 でも結局、自分の検索にしか使っていないという、なんていうの、負い目とか。
 何かしてみたいなという気持ちがないわけではないけど、何をしていいのか分からない感じと言うか。案ずるより産むがやすしって言うけど、やりたいことがあまりにも漠然としすぎていて、どこからどういう風に形にしたらいいのか分からないというか。
 
 そんなことを宮原さんに言ってたら「まずはなんでもいいからノートとかに書きだしてみればいいよ」と言われた。
 ノート?
 この仕事になってから、ずーっと書きためて来た(もちろんおざなりになったり、途中で止まった時期とかあったりはしたんだけど)ノートならあるけど。
 「え、どんな?」
 宮原さんに見せてと言われたので、それを見せた。日記っぽいこともちょっと書いたりしてるので、恥ずかしい所もあったけど、でも基本は商品とお客様のこと。
 
 「これだけあれば、出来るよ」
 と、宮原さん。
 「そうかな」
 「うん、これをまずはカテゴリー分けしてみたら? で、このノートのまんまじゃやっぱり自分用というか、備忘録みたいな感じだから、これを誰かに……例えば嶺谷マネージャーに説明する、みたいな感じで文章にしていくとか」
 「マネージャーに?」
 「下に教えるって感じじゃなくて、ちょっと上の人に『知ってますか? ○○ってこうなんですよ』とか『今日こんなことがありまして』って報告するとか……そういう感じにすると多分書きやすいと思う」
 「そっかー。こういうことか」
 
 自分で改めてそういうつもりでノートを見てみる。
 カテゴリーっって言われるとちょっと悩むけど、例えば調味料のこと、とか盛り付けのこと、とか器のこと、とかそういう感じでいいのかな。
 
 「そんな感じでいいと思うよ。あとは季節の旬のこととか。食品ってファッションよりサイクル短いから、新商品とかも入れたら、書けること山ほどあるじゃん。いいな」
 なんて言われてしまった。
 そっか、これを自分でため込むだけじゃなくて、伝えていくってことか。
 
 ノートはあくまでも自分用だった。でもそれだけじゃダメなんだ。伝えていく、伝わっていく、でないと一番の目的の「豊かな食を提案する」ってことには繋がらないもんね。
 そう思うと、店頭のディスプレイとかPOPの延長でもあるのかな。より豊かに、より深く。伝えて行かなきゃ、だよね。
 

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