スーパーコンシェルジュ1-①

 1)辞令は突然に  第1話
 
 その日も私は普通に発注をしていた。乾物、乾麺まで終わり、いよいよ調味料コーナーに差し掛かろうという所。顔をあげ、辺りにお客様のいないことを確認して、ちょっとだけ腰を伸ばす。首から下げた発注機は、長時間だと意外に重く、肩も凝れば、腰痛にだってなってしまう。
 
 腰をちょっとトントンとたたいてから、いよいよ醤油の棚に差し掛かった時だった。
 「佐藤さーん、あ、いた。ちょっといいかな」
 マネージャーが私を手招きする。チーフじゃなくて、マネージャー? 珍しいこともあるもんだと思いながら、手に持った発注機を掲げた。
 「すみません、発注、あと30分くらいなんで、送っておきたいんですが」
 「あ、そうか、ゴメン。今何時? そっかー、そうだね、そっち先がいいね」
 「すみません」
 「いや、いいよ。終わったら……そうだな、どうせ発注を流したら食品事務所まで来るだろ? 声掛けて」
 「はい、分かりました」
 
 何だろう? とは思うものの、発注をとにかくしてしまわないといけない。気持ちを切り替えて、棚へと向きあう。手元の発注機には推奨発注数が出ているので、そんなに頭を使うわけではないが、いちがいにそれを信じていいかと言えば、時としてびっくりするような数字が載っていて、気を緩めるわけにはいかないのだ。
 
 30分ほど、とマネージャーには言ったが、実際には20分少しで発注を終えた。待たせているという思いもあって、普段よりは少し早かったかも知れない。
 やればこのくらいで出来るんだな~ と我ながら少し感心しつつ、食品事務所へと向かった。
 
 「失礼します」
 一礼をしてから、室内へ。発注機を充電器にセットする。マネージャーは自分の机に座って、パソコンに向かっていた。
 「お待たせしてしまって、すみません」
 マネージャーが顔を上げる。一瞬驚いた顔をしたが、すぐに思い出したようで
 「あぁ、ごめん、ちょっと待って」
 と内線電話を取り上げた。
 
 「もしもし、すみません、佐藤さん、今からつれて上がろうと思いますが……」
 誰に電話しているのだろうと思う。上がる? 上に?
 上にと言うことは売場じゃないだろうから、店の販売事務所かなぁ、とそんなことをぼんやりと思っている間にも、マネージャーは電話を終えた。
 「いまからちょっと時間は大丈夫? チーフには言ってあるから」
 「あ、じゃぁ大丈夫です」
 
 マネージャーについて、ともに階段を上った。なんとなく「何があったんですか」とかは聞きにくい。雰囲気悪くないと思うから、叱られたりとかというのではないみたいだし…… むしろ、私の知ってる中ではどちらかと言えば雰囲気はいい方だけど、いいことで呼ばれて上にあがるというのがイマイチぴんと来なかった。
 
 結局マネージャーの足が止まったのは、店長室の前だった。
 店長室!? と思ってマネージャーに聞こうと思ったのだけど、そんな時間もなく、え? と思ったときにはもうマネージャーは店長室の扉をノックし、中からは間髪を入れず「どうぞ~」という声が聞こえた。
 
 「失礼します」
 マネージャーが一言かけて、中へと入る。私も仕方なく後ろについて、同じように中に入った。
 店長室には入社した時に入って以来、多分一回くらいしか来ていない。それも確か新年の何かのイベントの時に売場の人と一緒にわーっと来て、一緒にわーっとあいさつして、そのまま帰ったから、ろくに中も見ていない。
 思わずきょろきょろしてしまう。結構いい応接セットなんかが置いてあった。
 
 奥には店長の机があり、木谷店長が座っていた。この店長は、私が入社した時には食品マネージャーだったけど、その時の店長が異動して、その後持ち上がりで店長になったから、割ときさくに食品売り場に降りてくるし、あいさつとかちょっとした日常会話をすることはあったけれど、こんな風に店長室で威厳のある感じで座っておられると、さすがに緊張する。
 
 「ま、座って、座って」
 珍しいほどの満面の笑み。普段はどっちかというと強面というか、そこまでは行かないけどなんていうの、ちょっとべらんめぇっぽいというか、そういう「食品の職人さん」とかにありがちな雰囲気なので、こんな風ににこにこしながら席を勧められるというのは、すこしむず痒いというか、変な気持ち。
 でも反面、どうやら叱られるわけではないという確信ももてて、それにはちょっとほっとしたり。
 
 マネージャーと二人で、応接セットへと腰を下ろす。何で呼ばれたのか分からず、思わずマネージャーの顔を見るのだけど、マネージャーは内容を知っているんだかいないんだか、とても微妙な顔をして、小さくため息をついた。
 
 ほんの一時、店長はやりかけた仕事を続けてから、私たちの向かいへと座る。顔はにこにことしたままだ。その間と笑顔のギャップがなんとなく恐い。
 
 「佐藤さん、忙しい所をごめんなさいね。実はね、あなたにお願いしたいことがある」
 すこしだけ、真面目な顔。わざわざ呼び出されてお願いって、一体なんだんだろう?
 
 「食品フロアの、コンシェルジュをお願いしたい」
 コンシェルジュ?
 「コ、コンシェルジュ……ですか?」
 コンシェルジュってなんだっけ。間違いなく聞いたことはあるのに、何だか思い出せない。
 「そう、フードコンシェルジュ」
 店長ははっきりと明瞭な発音で、さっきの言葉を繰り返した

#小説

NEXT

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。お役に立ちましたら幸いです。 *家飲みを、もっと美味しく簡単に*