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益田ミリ(1969.1- )「ツユクサナツコの一生 第19回 望遠鏡」『小説新潮』2022年10月号

『小説新潮』2022年10月号 新潮社 2022年9月22日発売
https://www.amazon.co.jp/dp/B0BB6H667M
https://www.shinchosha.co.jp/shoushin/backnumber/20220922/

益田ミリ(1969.1- )
「ツユクサナツコの一生
第19回 望遠鏡」
p.148-159

「自費出版ですか?
はい そういう方法もあるかと思います
ツユクサさんのマンガ連載 楽しみにしておりました
不思議な空気感が個人的に大好きでしたので
東京の出版社の方がわざわざ妹に会いに来て下さって嬉しかったと思います
思っていた通り素敵な方で 本当に残念です…… ただ、うちとしましては このお原稿を出版というのは難しくて 自費出版という形で、世に出されるのはいかがかと
わが社にも専門の部署がありまして お手伝いさせていただくことはできるかと思います

高っ
へ――っ こんなにするんだ
20~30万かと思ってたけど ケタが違う
なに 自費出版?
うん 想像を遥かに超えてた
でも
ナッちゃんのためにやってあげたら?
車の買い換え もっと先にして
うーん
わたしもそうしてあげたいけど 来年は リコも中学受験だし
いろいろお金もかかるし…… 物価も上がる? っていうじゃん?

マンションのローンもあるのに、修繕積み立ても上がるらしいし
そのソファだって パロが爪研ぎにして ボロボロになってきて
買い換えたいし
そのパソコンも調子悪いか
そう! フリーズしてイライラする! まだ5年目だよ?

ね、でも これ読んでみて ナツコ、こんなのも描いてた

「理由 作・ツユクサナツコ」
「あの時、わたしは 理由を言わなかったんです
会社は? 辞めるん?
なにがあったんか 言うてみ ずっと部屋におるつもり?
職場での人間関係に疲れ果てた
という理由だけでは収まらぬ何かがわたしの中で渦を巻き
どこへも行かれなくなってしまったのでした
ナッちゃん どないしたん
理由はなんや  言わんのよ
春が去り夏が訪れても
わたしの世界は自分の部屋で完結し
これでいいわけないと思っていても
どうすることもできず
どうしたらいいのかもわからず
かと言ってどうでもいいとも思えず生きていた
そんなある土曜日の午後
高校時代に着ていたオーバーオールを思い出し
なんとなく着てみたくなったんです
オーバーオールが鎧のように思えた
わたしを守ってくれそうに思えた だから
コンビニ行ってくる
わたしは半年ぶりに 外に出てみたのでした
だって 鎧をつけてるから
ナッちゃん! わたしも行く コンビニ
ダサい部屋着のままの姉があわててやって来て
高校時代のオーバーオールの理由も聞かず
うしろを歩いてくれていたのでした
ナツコもアイス?
決めてへん
パピコ 半分こしよか
ええよ
食べながら帰ろ
うん
月日は流れ、母が帰らぬ人となり
そして、ある朝
え 父が突然、台所に立っていた
料理などまったくしなかった父が
朝ごはんを作っていて
だから茶化そうとして
でも、やっぱりやめたんです
この世には茶化しては いけない背中がある
ってことを思い出したからです
ええ匂い おなかへった
以来、父が朝夕の ごはんをつくってくれていて
なにか思うところがあったんだろう と、
理由は聞かぬままです」

へー こんなことがあったんだ
うん ナツコ、わたしが思ってた以上に冷静だったんだなって
部屋から出なかった頃は わけがわかんなかったんだけど
この原稿 途中で終わってるよね?
そう 2コマ 白いまま
オレ、作家のこと よくわかんないけどさ
書いたもの全部を発表したいってわけじゃないのかもね
死後に発見された有名作家の原稿とかもさ
あー 確かに 本人は発表する気がなかったかもしんないもんね
ナッちゃんのその原稿も 描きたいことが描けてなかったのかもよ?
未完でも わたしは好きだけど……
ナツコに聞いてみたいな
ナツコが笑ってる顔が見たい
ナツコなら 「過去が見える望遠鏡」の話
描いたりするのかな」

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https://note.com/fe1955/n/n4005d030b2cc
益田ミリ(1969.1 - )
「ツユクサナツコの一生
第1回 ガムマシーン」


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益田ミリ(1969.1 - )
「ツユクサナツコの一生
第2回 キャンプ」
『小説新潮』2021年5月号


https://note.com/fe1955/n/n03e0124711c3
益田ミリ(1969.1- )
「ツユクサナツコの一生
第15回 タンバリン」
『小説新潮』2022年6月号


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益田ミリ(1969.1- )
「ツユクサナツコの一生
第16回 まねき猫」


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益田ミリ(1969.1- )
「ツユクサナツコの一生
第17回 アイスクリーム」
『小説新潮』2022年8月号


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益田ミリ(1969.1- )
「ツユクサナツコの一生
第18回 財布」
『小説新潮』2022年9月号


https://note.com/fe1955/n/n8c06e4c313b9
益田ミリ(1969.1 - )
『永遠のおでかけ』
毎日新聞出版 2018年1月刊 160ページ


https://note.com/fe1955/n/n7c814f94da40
益田ミリ(1969.1- )
『お茶の時間 カフェが自分の部屋化していることないですか?』
講談社 2016年6月刊 152ページ


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益田ミリ(1969.1 - )
『おとな小学生』
ポプラ社 2013年2月刊


https://note.com/fe1955/n/n251e77c6c1f0
益田ミリ(1969.1 - )
『言えないコトバ』
集英社 2009年8月刊 152ページ


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益田ミリ(1969.1- )
『泣き虫チエ子さん 1-4』
集英社 2011.12-2015.9


https://note.com/fe1955/n/n51363d897dde
益田ミリ(1969.1- )
『沢村さん家のこんな毎日 平均年令60歳』文藝春秋 2014.5
『沢村さん家はもう犬を飼わない』2015.7
『沢村さん家の久しぶりの旅行』2017.6
『沢村さん家のそろそろごはんですヨ』2018.11
『沢村さん家のたのしいおしゃべり』2021.5


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益田ミリ(1969.1 - )
「ランチの時間 
第28回[ポークビンダルーカレー]」
『小説現代』2022年10月号


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益田ミリ(1969.1 - )
「ランチの時間
第27回[おいしいフルーツサンド]」
『小説現代』2022年9月号


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益田ミリ(1969.1 - )
「ランチの時間
第26回[中目黒「ベーカリー&カフェ沢村」
ミルクスティックとカブの冷製スープ]」
『小説現代」2022年8月号


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益田ミリ(1969.1 - )
「ランチの時間 第25回
[銀座ウェスト トーストハムサンドとハーフ&ハーフシュー]」
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益田ミリ(1969.1 - )
「ランチの時間
第24回[『世界の台所探検』]」
『小説現代』2022年5&6月号


https://note.com/fe1955/n/nbd8d8621d388
益田ミリ(1969.1- )
「ランチの時間
第23回[タコス]」
『小説現代』2022年4月号


https://note.com/fe1955/n/nbd2fcd9e4211
益田ミリ(1969.1- )
「ランチの時間 第10回[ピエロギ]」
『小説現代』2021年1月号


https://note.com/fe1955/n/na6befc784b54
益田ミリ「ランチの時間 第3回 ナポリタン」
『小説現代』2020年5月号
片岡義男『ナポリへの道』
東京書籍 2008.9
アーネスト・ヘミングウェイ「二つの心臓の大きな川」
『われらの時代・男だけの世界
ヘミングウェイ全短編 1 (新潮文庫)』
新潮社 1995.10


https://note.com/fe1955/n/n399595d6e705
益田ミリ(1969.1 - )
「ランチの時間[天丼]」
『小説現代』2020年3月号

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