見出し画像

感 揺 句。

第8話『石が流れて木の葉が沈む』

 妹からのLINE。

 もちろん未読無視だ。見る必要がない。ブロックするのを忘れていた。

 そのそばから電話。これも、妹。

 出たくない。出たくない。出たくない。

 無視を決め込んだ私に、母から電話。こういう手を使うのは予測の範囲内。

  はい?

 「もしもしお姉ちゃん、お母さんだけど。」

  はい。で? 何ですか?

 「何ですかって、もう、何でそんなこと言うのよう。あなた、舞美ちゃんの電話に出ないんだって? LINEも無視なんだって?」

 当たり前でしょ? あの子何したと思う? 許せると思う? 

 「そんなこと言ったって、たまたまそうなったんだし、今回は許してあげて、ね。舞美はあなたの妹でしょ。」

 意味わかんない。なんでかばうわけ?

 「光司さんだってさ、お姉ちゃんに申し訳ないってさ、言ってたし。舞美も反省してるから、ね、電話出てあげてちょうだい。」

 は? 私をなんだと思ってるわけ? 実の妹に彼氏取られて...しかも来年、披露宴の予定だって立ててたのに、何なの。あんたそれでも母親? 声も聞きたくない。

 「ちょっ、ちょっとお姉ちゃん。」

 ツ・ツーツーツーツーツー。

 私は先月、9年間付き合っていた彼を妹に取られた。盗られたっていうかも。物じゃないから盗られたってって言い方は好きじゃないけど、でもそう思ってしまう。

 光司は高校の同級生で、付き合ったり別れたりを繰り返して、大体は、光司が浮気して私に謝って復縁...ってパターンだったけど、今回ばかりは、私も呆れたし、情けなさすぎて、涙も出ないくらいだった。

 私の実妹、舞美と浮気。

 しかも舞美が妊娠。どんなドラマだよ。そんなドラマ私の人生には要らないんだよ。

 せめてもの救いは、私が実家を出て一人暮らししていたこと。妹は実家暮らしだから、私も実家にいるとなるとかなりきつかったと思う。

 でも、何となくこうなるのかもって、どこか予感もしていたんだよね。妹は私のものなんでも欲しがったから。そして

 「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい。」

って母からずっとずっと言われてきたから。今回もそれ? ふざけんな、だ。

  父からその夜、電話があった。

 「あ、お父さんだ。今日、連絡行っただろう?」

 うん、きたよ。

 「お前の気持ちはわかる。」

 何がわかるの?お父さんも私に我慢って言うの?

 「いや、違うよ。聞いてくれないか。母さんも、舞美も世間体気にして、お姉ちゃんに結婚式に出てほしいって連絡するって騒いでてさ。俺はやめろって言ってたんだけど...」

 アホだよね。ほんと。何なのその世間体って。

 「もう、電話出なくていいし、もちろん結婚式にも出なくていいからな。なんかあったら、いつでも俺に連絡してくれよ。」

 うん。わかった。ごめん、お父さん。

 それから何回か舞美や母から連絡があった。もちろん無視だし、ブロックもした。光司からも連絡は来ていたかもしれないがとっくにブロックしていたから、実際はわからないけど。


 あの人たちの結婚披露宴に出席したという地元の後輩に、それから1年くらい後に、偶然会った。先輩に話を聞いてほしいと言われ、お茶をした。

 「あの人たちの披露宴、凄かったんですよ。」

え? 豪華絢爛ってこと?

 「やだ、違いますよ。先輩が来ないことは、地元の仲間内では当たり前だよねって、それはみんな納得してましたよ。けどね。」

 ん? けど?

 「あちらの、新郎のご両親、当日まで、先輩と光司さんが結婚すると思っていて、騙されたって怒って。新郎の父は帰っちゃったんです。」

 そうなんだね。光司のお父さんクソが付くくらい真面目だもんね。

 「ほんと、最初はシーン...ですよ。司会の人だけが空虚に盛り上げちゃって。かわいそうなくらいでした。それでね、披露宴の中盤くらいに、もっとすごいことがあったんです。」

 え?何?

 「舞美ちゃんの会社の上司が、めっちゃお酒飲んでて、酔っぱらいすぎちゃって、1曲歌うぞ、ってとこまでは良かったんですけどね。」

 で?

 「はい。その上司が、マイク持って、舞美ぃ、俺が一番愛してたのに、ごめんな、離婚できなくて、ほんとごめんなぁ、子どものこともごめんなぁぁぁって泣いちゃって、もう、修羅場。会社の人に引きずられて退場でしたよ。」

 アハハハハ。面白い余興だね。

 笑うしかなかった。泣くわけはない。正直、どうでもよかった。もう、関係ないから。

 その後輩が言うには、披露宴はその後、お通夜のように進んだが、花嫁の涙の手紙朗読と、両家の父母への花束贈呈は行われなかったそうだ。父には悪いけど、それで良かったのかも。

 人生って劇場で行われる芝居は、そのくらいの方が見ごたえあるよねぇ、

 と答える私を後輩が呆然と眺めていた。

 



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?