私、書きます‼️
第9話『手紙』
どういうわけか昔から、私には、手紙運がある。
手紙運というのは大げさかもしれないが、手紙を引き寄せてしまうらしい。
小学校2年生の時、家族で行った海水浴。砂浜と海。最初は打ち寄せる波が怖かったけれど、浮き輪を付け、腰までの深さまで進む。波に引っ張られ、波に押し戻されしながら、従姉と遊んでいた。
キラキラとした物が、私の視界に入ってきた。
ガラス瓶だった。
長い間、海をさ迷っていたのか、少し傷んでいたそれには、何かが入っていた。
『このビンを拾ってくれた人へ
拾ってくれて○○りがとう。これ○拾った人は、し○わせになり○す。大事に○てください。 ○○小学○ ○○○○』
○のところは文字が滲んで読めなかったが、小学生が海に流したものなのだろう。
私は得意気に、砂浜で日光浴している両親にそれを見せた。両親は、そんなもの捨てなさい、と言うこともなく、よかったねえ、そんなことがあるんだねえ、と笑っていた。
手紙に返事を書きたかったけれど、相手がわからず書けないまま夏が終わった。
小学6年生になって、学校の創立50周年式典があり、その記念に、私たちが育てた花の種を少しずつ袋に入れ、風船の紐の先にくっつけた物を飛ばした。
メッセージ付きだったから、誰もが、「返事来ないかな~。」「自分の好きなアイドルが拾ってくれたりして。」とか、しばらく盛り上がった。
2~3ヶ月して忘れた頃に、私宛に手紙が届いたと担任の先生が教えてくれた。
『風船を拾いました。アサガオとヒマワリの種をありがとう。大事に育てます。嬉しい気持ちになりました。あなたにもたくさんの幸せが訪れますように。』
名前も住所もなかったが、消印が隣の町だったら、隣の町まで飛んでいったのだと思う。
帰りの会で手紙の内容を読んで、発表した。何だか恥ずかしかったけど嬉しかった。
入学した中学校では、福祉交流という授業があった。地域の児童福祉、障害福祉、高齢者福祉に関わって交流することになっている。一緒に遊んだり、話をしたり、掃除をしたりしながら、福祉に興味を持ってもらうことを目的としたものだった。
私のクラスは老人ホームに行くことになった。行く前にも準備をする。3時間過ごす間で、スケジュールを主体的に作成し、生徒が中心に動く。
私たちは、掃除をし、その後、個別にお部屋に訪問して交流しながら、最後に合唱を聞いてもらって終了するということにした。
掃除が終わってから、あらかじめ組まれていたペアで、私たちは部屋を回った。
話しが途切れたときの材料にと、私は折り紙を、ペアを組んだ公美ちゃんは毛糸と編み針を持参していた。
私たちが訪れた部屋は女性2名で、私がお話しさせてもらった山口さんというおばあさんは、足が不自由だということだった。
あなたは何年生? 勉強は好き? 兄弟は?
山口さんも気を使ってくれていることがよくわかる。でも、うまくはなせなくて、話題がなくて...。
「折り紙を折っていいですか?」
私は、会話をして15分経つ頃に、お助けグッズの折り紙を出すことにした。
山口さんは、昔、保母さんをしていたと言い、器用にいろいろな作品を折り始める。
鶴と風船と舟くらいしか折れない私に対して、山口さんは、あじさい、ききょう、ばら、ちょう...次々と折る。山口さんに教わりながら私も折る。隣では公美ちゃんも編み物を教わっていた。
集合の放送が館内に響き渡る。帰る時間だ。
「久しぶりに楽しかったですよ。また来てね。」
山口さんと私は、握手した。また、来ますね、と私は答えた。
1ヶ月ほどして学校にハガキが届いた。美しい文字だった。老人ホームの山口さんからだった。
『凛子さんへ
先月は、折り紙を一緒にできて、本当に楽しかったです。あの後、折り紙をやりたくなってしまって、職員さんに折り紙とお手本を買って来てもらいました。キンモクセイを折りましたから、ハガキに貼りますね。また遊びに来てくださいね。 山口美音子』
黄色がかった茶色系の折り紙で折られた、小さなキンモクセイの花がハガキに貼ってあった。
数回、手紙のやり取りをし、お互いに折った作品を送りあったが、山口さんに会いに行くことはないままだった。
図書館に行くのは、久しぶりだった。
大学時代の友人と食事をすることになったので、午後に有休をもらい、用事を済ませてから待ち合わせ場所に向かうことにした。思っていたよりも用事が早く終わってしまって、買い物もしたいと思えず、私は図書館へ行ってみることにした。
ずっと来ていなかったので、雰囲気が少し変わっているが、図書館の本たちの匂いが、私は昔から好きで、入り口から入ってすぐ、深呼吸した。懐かしいような、新しいような、この感覚。この匂い。
今日は、何を読もうか。新刊紹介コーナーでは、人気作家の本が、すでに13人待ち。なかなか読めないだろうな...早く読みたくてしょうがなくならないものか...とか考えながら、私は図書館の中を進む。
美術書のコーナーに進む。値段が張るから、なかなか買えない本たち。高校時代はよく見に来たものだ。勉強しに行きますと言って、図書館の学習室で、勉強せず読み漁った。
難しいことはわからないけれど、絵を見ることは好きだった。自分の好みの絵を見つけては、それが描かれた背景とか使われている絵具とかを知るたびに、大人になった気がした。
今日は...ゴーギャン...モネ...いや、日本画...北斎...黒田清輝...あ~、やっぱり、クリムト。
クリムトの画集を持ち、私は天窓のある明るい読書コーナーに腰を下ろした。
ゆっくりとページをめくる。
この作品、知ってる。やっぱり、金色を使いこなせる画家ってクリムトだなぁ...とかありきたりな感想しか出ては来ないが、こうして絵を見ること自体が楽しい。
画集の真ん中ほどまで読み進むと、そのページに何か、紙のようなものが挟まっていることに気付いた。
なんだろう...。
私はそれを手に取った。
『この画集をご覧になっている方へ
○○美大の学生です。このハガキを見つけてくれてありがとうございます。今、この町の片隅にあるイベントスペースで、私の作品を展示しています。よかったらお越しください。宜しくお願い致します。』
作品と展示してある場所、日時が書いてある。私の好きそうな作品だ。
待ち合わせにはまだ時間がある。
ハガキを持って、図書館を後にした。
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