ピッチに立てない自分でも、チームを勝たせることができる。個人の夢とクラブのビジョンを重ねて。| 長島直紀
2020年4月、一橋大学ア式蹴球部に入部。
高校まで選手として生きてきたが、引退を決意し、サッカー人として新たなキャリアをア式蹴球部でスタートする覚悟を決めた。
自分に与えられた役割は「スタッフ」。
指導やトレーニングメニューの作成、ゲームの指揮も取るが、コーチではない。
部のマネジメントも中心で行うが、マネージャーでもない。
恐らく、これまでに無かったポストだからなんとなく「スタッフ」という呼称に落ち着いたんだと思う。
「スタッフ」という、役割のはっきりしない、曖昧な立場で自分は何をすべきか。チームの勝利に、プレーをしない自分をどう組み込むことができるか。
この1年間、ルーキーでありながら組織改革にチーフで関わらせてもらった。書籍を読み漁り、思考を巡らせ、頭と時間をフルに使ってきた。
悩みもがいた中で辿り着いた現時点での「自分にとってのスタッフ像」に対する解答と、辿り着くまでに考えてきたことを書いていきたい。
ぜひ最後までお付き合いください。
自分の夢がア式蹴球部を強くする
僕は将来、プロスポーツクラブを経営したい。
その理由については、また今度機会があれば書こうと思う。
自分にしか実現できないクラブの形、自分にしか起こせないイノベーションがあると思って、それを実現するために日々学び努力している。
一橋大学商学部に入学したのも、ここが商学・経営学において日本でトップの教育機関だと思ったからで、ア式に入ったのはミクロなレベルでクラブ経営を現場で学ぶため。
「夢を実現するために、精一杯貢献しよう」
そんな思いを抱いていた。
しかし、ア式に入った当初、正直に言うと少しがっかりした。
一橋大学という日本最難関の大学、それも経営や組織に関しては高いレベルの教育が行われているはずの大学のクラブのマネジメントがずさんだった。
詳しくは書かないが、期待との違いに戸惑ってしまった。
プレイヤーでない自分には、サッカーを本気でやれれば良いとか、楽しめれば良いとかいう発想を持てるはずはなく、この活動で何が学べるか、どう成長できるかに常に頭を張り巡らせていた。
入部当初の自分は、「ここでは自分の思うような成長はできない」と感じてしまった。
今思えばその感情は、甘えだったのかもしれない。
革命前夜
クラブを去るか。それとも、自分がクラブを変え自らの手で成長できる環境を作るか。
この2択から、後者を選んだ。
がっかりしたと書いたが、クラブへの愛着は強かった。仲間はみんな本当にいい人ばかりで、一生懸命プレーする選手のために働けるのは楽しかった。
「自分の成長のためにクラブを変える」というような書き方をしたが、「愛するクラブを強くしたい、クラブの力になりたい」という思いが実は原動力だったのかもしれない。
何はともあれ、クラブを変えるためのアクションを始めた。
ア式に関する組織としての課題、解決策、強み、ビジョン、それらを7000文字のレポートにまとめて幹部に提出した。
「クラブを強くする、そのために自分の力を最大限使いたい。組織レベルでチームを変えていくために動きたい。」
と直談判をした。
幹部は快く自分の思いを受け取ってくれ、期待を寄せてくれた。
そこからチーフとして、組織改革に動くことになる。2020年の冬のこと。
このタイミングが、一橋大学ア式蹴球部が大学サッカー界に新しい風を起こすきっかけになったと、そう言わせたい。
一橋大学ア式蹴球部の競争戦略
組織改革を進める中で、考えてきたことに触れておく。
■前提
国立大学である一橋大学にはスポーツ推薦の枠はなく、関東リーグに所属する強豪大学と違い、選手を連れてくることはできない。
また、一橋大学は文系単科大学であり、理系の専門分野に強みを持つ学生がいない。
近年、大学スポーツにおいて「学業 × スポーツ」を実践し、データ活用、フィジカル・メディカル分野、パフォーマンス面などにおいて専門的な研究を競技力向上に活かす取り組みが盛んに行われている。
これらの多くの分野は、理系学部の学生によって行われており、現在社会科学で同様のアプローチを取る例はあまりない。
「国立・文系単科大学」
戦略を考える上で、変えることのできないこの属性は重要な前提となる。
また、大学スポーツには「4年間でメンバーが完全に入れ替わる」という一般的な組織には見られない特性がある。
長期的な視点で組織を強化しようと考えると、組織構築、チームビルディング、戦略策定のためにはこの点も必ず考慮しなければならない。
■戦略の焦点
⑴独自性を競争優位に変える
一橋大学は商学経営学分野において日本のトップを走る。
経営学とは、組織を強くし、成果を最大にするための学問。
その分野に圧倒的な強みを持つ我々は、ヒト・モノ・カネ・情報のマネジメントにおいてはどこにも負けてはいけない。優位を取りにいかなければならない。
この分野は主に企業活動を研究対象とするが、スポーツクラブが企業と多くの点において共通する点から、ビジネスのフレームワークの多くをスポーツクラブにも適用ができる。
また、スポーツクラブという組織に経営学を応用したスポーツマネジメントという学問分野も一橋では研究されている。
強み・独自性を競争優位に変えることが求められる。
戦略の焦点①
経営学・スポーツマネジメントを用いたアカデミックなアプローチでクラブを強化する。
クラブの活動を通して、経営学やスポーツマネジメントの研究を深める環境を作る。クラブを通した研究を行う。
⑵環境から考える
クラブを取り巻く環境も、戦略策定にあたって重要になる。
例を挙げるならば、一橋大学の立地。
大学が位置する国立市は文教地区に指定されており、歓楽街を構えず、過度な都市化を進めていない。
各地で都市化が進む都内において、国立市は地域性が残り、人々の結びつきが強い、価値のある街である。
地域との結びつきを強め、強固なファンベースでの経営を構築し、中長期的なクラブ強化を進めると同時に、多業種が共創する総合型のプラットフォームになり得るスポーツクラブによる地域の課題解決を目指すのは、クラブが価値あるものとして存在し続けるためには必要な要素である。
戦略の焦点②
街のシンボルになる。地域と共に歩み、ファンベースを実践して中長期の発展を目指し、地域の課題を同時に解決する。
⑶存在意義を見つめ直す
スポーツが持つ特徴として、「共有」「連帯感」「感情移入」が挙げられる。
誰かと一緒に楽しみ、感情を共有する。
一緒のチームを応援する人に親近感を覚える。
応援するチームの結果で一喜一憂をする。
これらは、スポーツ以外の商品にはあまり見られない特徴である。
大学スポーツではどうか。
自分の大学のスポーツチームの結果を、友達と共有して、喜び合えているか。
母校のスポーツチームを応援することで、所属意識が強くなったり、仲間との繋がりが生まれたりしているか。
スポーツチームが学生のライフスタイルを彩るような体験を作り出せているか。
まだまだ物足りなく、スポーツが持つ本来の価値を作り出せていないのが現状だろう。
特に一橋大学の場合、スポーツの盛り上がりは少なく、学生が一体となって楽しめるコンテンツやイベントがあるとは言えない状態で、なんとも寂しい。
ファンベースで経営をするという戦略を取るなら、学生は1番のターゲットになり得るし、「一橋大学」の名前を背負っているクラブとして、学生と共に歩んでいきたい。
一橋大学のスポーツチームが、在学生、OBOGを巻き込んだ大きなムーブメントを起こす。
その旗手となり、多大な支持を狙い、クラブの強化に繋げていく。
戦略の焦点③
学生のシンボル、大学のシンボルとなる。
一橋大学に関わる人々に、スポーツを通じた連帯を生み、生活を豊かにする。そうしてできたファンこそが、強固な経営基盤となる。
⑷組織は戦略に従う
組織戦略にも触れておく。
前述したように、大学のクラブでは4年間でメンバーが完全に入れ替わる。
ここで非常に重要なのがこのサイクルを、いかに健康な「代謝」にできるか。
つまり、活動の中で得た学びやノウハウを形式知に落とし込み、継承するシステムを備えた組織を作り、進化し続けるクラブを実現できるかどうか。ここにかかっているということだ。
ここに目を向けず、その結果4年間の活動が組織の成長に繋がらず、多大な貢献をしたはずのメンバーの取り組みが自己満足で終わってしまうケースは非常に多いと思う。
中長期的な視点での経営基盤の確立と、そのための組織戦略の策定こそ、クラブの成長に欠かせない要素だ。
戦略の焦点④
魅力的で説得力のあるビジョン、その達成のために必要な価値観を定める。メンバーの育成システム、ノウハウの形式知化のシステムを組織として構築していく。
サッカーを学ぶ。サッカーから学ぶ。学問でサッカーをデザインする。アカデミックなアプローチでクラブを強化していく。
一橋大学だからこそ取れる競争戦略を、今こそ実行に移そう。
スタッフとして
選手を引退した自分は、チームのために走ることはできない。ボールをゴールまで運ぶことはできない。
しかし、そんな自分でもチームを勝たせることはできる。
自分にできること。
自分にしかできないこと。
戦略的思考力と、求心力。
この2つが自分の特徴であると思っている。今はまだまだのレベルかもしれないが、これらを武器にしないといけないと思っている。
チームを勝たせるレベルまで、学んで、悩んで、磨いていかなければならない。
自分は、スタッフ。
今はその役職に何の迷いもない。
コーチも、フロントとしての経営も、広報も、マーケティングも全部やる。戦略的思考力と求心力を突き詰める。
型にはまらない、この形こそが自分にとっての「スタッフ」だ。
将来プロクラブを経営し、スポーツ産業界に、そして社会を生きる人々に、イノベーションをもたらすために。
まずはこのクラブを強くしてみせる。
大学サッカーに新しいムーブメントが起きる、今がその革命前夜であることに気づく人間は少ないかもしれないが、我々は未来に向けたアクションを確かに起こした。
非常に長い文章となりましたが、読んでいただきありがとうございました。
これからも、一橋大学ア式蹴球部のご支援とご声援をよろしくお願いします。
一橋大学ア式蹴球部スタッフ 長島直紀
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