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母さんがどんなに僕を嫌いでも

新宿ピカデリーで鑑賞。原作の歌川たいじさんのAll aboutを読んでた時期があったのと、知り合いが紹介記事書いてたので、気になってみました。森崎ウィンて、「俺はガンダムでいく!」のひとだったのね。

あらすじ:小説家・漫画家の歌川たいじによる同名コミックエッセイを太賀、吉田羊の共演で映画化。タイジは幼い頃から大好きな母に愛されることなく育てられた。母からの愛の欠乏、さらに壮絶な家庭環境に耐えかね、17歳で家を飛び出し、1人で生きることを選択したタイジだったが、友人の言葉に動かされて母ときちんと向き合う覚悟をする。大人になってもタイジを拒絶する母。そんな母からの愛を取り戻すため、タイジは母に立ち向かっていく。映画.comより


感想:理解は気づいた方からするものだ

エンドロールで「本作は事実を元にしたフィクションです」 に打ちのめされる作品。成人したタイジと、虐待される子ども時代を入れ替わり描いていく。タイジを取り巻く友人、社会、時系列も混乱がなく脚本がうまい。泥臭く、痛々しく、恥ずかしくて直視できない場面も多いけど「リアル」な体験だとしたら納得。長い闇のトンネルをタイジはよく生き延びたし、同様の経験をしたひと、少なくないんだろうと思う。

連鎖する虐待と赦しと救いを題材にしているのでプレシャス」や「愛を乞うひと」にちょっと近いかも。どれも子どもが頑張り屋さんです( ノД`)シクシク…

「おまえはいらない」「放っておいて」と子どもを突き放す母親を吉田羊が演じており、ふてぶてしく、ヒステリックで美しい。血の繋がらない「祖母」に木野花、陰陽すべてひっくるめて主人公を愛してくれる友人たち、キャスティングはバランスよかった。子役も素晴らしくて、叩かれてもすぐ嘘笑いするのに、ばあちゃんの前ではとりつくれなかったり、見ていて何度も胸が締め付けられ、福岡県のDV防止啓発ポスターを思い出した。ハフポストの記事読んで初めて知ったんですが、福岡のDV被害者の相談ホットラインは「男性の方」「女性の方」「LGBTの方」「性暴力被害者」に分かれてるんですと。細やかなケア、すごいな!

「愛情がズレただけ?いいえ、暴力です」 


タイジの心をとかす劇団員キミツのひねくれた優しさ、大将&カナの愛情、ばあちゃんの自分と向き合わせる厳しさ、17歳で家を飛び出してひとりで生きてきたタイジにはどれだけ心の支えになったのか、想像もつかない。海辺で4人でわちゃわちゃしながら、タイジがこんな嬉しいことなかった、って言う場面で涙腺崩壊した。

キミツこと森崎ウィン。毒舌ナルシストだけどいいやつ

タイジが「お母さんを喜ばせるために、お母さんが作ってくれた混ぜご飯を自分で作れるようになった」ってくだり、もうダメでしょ泣くわ健気すぎてツライ。タイジ役の太賀は初めてみましたが、いい俳優さんです。チャラホスト系の森崎ウィンと陰陽逆でふたりのコントが愛おしすぎる。「造花は枯れないの」迷言もあり。ばあちゃん役の木野花は文句つけようがありません。


「みっともない」が生み出すひずみ

精神的自立ができる18歳以前に、ひとりじゃ解決できない事案があったとして、親が寄り添わない、放置するっていうのは精神的な家庭内暴力に近い。また距離が近すぎる共依存の場合も同じ。心のどこかをずっと親に支配されている、それが大人になっても家族ができても続く、そういうひとは本作の主人公:タイジに限らず案外いる。

折り合いをつけるやり方はそれぞれ、きちんと拒絶するか、自分がつらかったことを説明する。タイジはきちんと「僕はつらかった」「でも、今でもあなたが好きです」「だから死ぬまで傍にいたい」と伝えられた。しこりを当時のサイズのまま墓までもってくのが一番しんどい。

17歳のタイジと母。距離感ピリピリしすぎて胃が痛かった

子どもは親を庇う。虐待されても「転んだ」っていう。精神的ダメージ受けても「自分に非があったかもしれない」と思う。違うよ、あなたは悪くない、踏まれたほうは痛いって言っていい。自立したら対等に渡り合えるんだから、ガンガンふみこめ。自分の人生、生きやすくしよう。

昭和の世代はとにかく恥を嫌う。鬱は甘えだし身内のトラブルは隠せ大事にするな、普通のレールから外れるなっていう圧力がすごい。臭い物に蓋をするって悪手。そんなもんはふっとばしていいんだよ。

歌川たいじさんのインタビューでふれていた、心に刺さった台詞。


―― 母親との関係を修復しようと思えたのは、3人がいたからですね。
僕が母親との関係の土台を作り直そうと思った時、彼らが次々に背中を押してくれました。大将は「親に変わってほしかったら、まず自分が変われ」、キミツは「理解は気づいた方からするもの」と言ってくれたのです。ただ、関係性がなかったら、彼らの言葉も素直に受け入れられなかったかもしれない。関係性があったから、言葉そのものよりも、大将やキミツを信じようと思えました。

相手に代わってほしければ自分が変われ。理解は気づいた方からするもの。これほど難しいことってない。人間関係を構築する土台でもあるから、つらくなったらこの言葉を思い出そう。

鑑賞後に三好達治の「玻璃盤の胎児」「祖母」がずっと頭の中をめぐっていたのですが、そこまで絶望的じゃないな、と思いました。胎児=タイジは生まれ変わって人生黒字収支にできた。最後の混ぜご飯がそれを物語っている。



ー祖母は蛍をかきあつめて
ー桃の実のやうに合せた掌ての中から
ー沢山な蛍をくれるのだ
ー祖母は月光をかきあつめて
ー桃の実のやうに合せた掌の中から
ー沢山な月光をくれるのだ

測量船拾遺
三好達治

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