連載:人とお寺のあたらしいディスタンス Vol.2「犀の角のように」- 近藤玄純さん(山梨県・妙性寺)
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連載:人とお寺のあたらしいディスタンス Vol.2「犀の角のように」- 近藤玄純さん(山梨県・妙性寺)

未来の住職塾

こんにちは。未来の住職塾では担任という立場で塾生の学びをサポートしている遠藤卓也です。

ポスト・コロナのお寺の場づくり」をキーワードに、全国各地の僧侶にお話しを伺っていく連載「人とお寺のあたらしいディスタンス」。第2回は山梨県 日蓮宗 妙性寺の近藤玄純さんにインタビューしました。

住職をしながら、仲間たちとともに一般社団法人SOCIAL TEMPLEを立ち上げ、仏教の思想哲学をもって社会課題にアプローチすることにトライなさっている近藤さん。
コロナ禍においてどのように考え、行動してきたのか?近藤さんの活動の信念に迫る記事になりました。

インタビュー:近藤玄純さん(山梨県・妙性寺)「犀の角のように」

プロフィール:近藤玄純
近藤玄純1975(昭和50)年山梨県生まれ。日蓮宗妙性寺住職。建物なき寺院一般社団法人SOCIAL TEMPLE代表理事。山梨県内超宗派僧侶グループ「坊主道」代表。未来の住職塾5期卒業。

遠藤 近藤さんは山梨県の日蓮宗 妙性寺の住職ですが、一般社団法人SOCIAL TEMPLE(ソーシャル・テンプル)の代表として様々な活動をなさっています。コロナウイルス感染症拡大の影響はいかがですか?

近藤 お寺は大前提としてリアルコミュニケーション主体の構造です。伽藍があって住職がいて、人が集ってこそのお寺です。そこでSOCIAL TEMPLEという一般社団法人を立ち上げて、「建物なき寺院」として複数の僧侶で集まり、お寺という建物に依存しないコミュニケーションを生み出したいと考えていました。しかしやはりSOCIAL TEMPLEでの活動もリアルコミュニケーションありきの作り上げになっており、実際にこういう事態になってみて何もやりようのない状況に大いに反省していました。

遠藤 反省、されていたんですね、、、。

近藤 特に3月頃は悩んでいました。SOCIAL TEMPLEもそうですが、自分が住職を務めるお寺に関してもどうやるか、課題は山積みでした。今思えば、世間の感情を様々なメディアで見聞きして、必要以上にナーバスになっていたのかもしれません。自分で勝手にネガティブなバイアスをかけて物事を見ていたというか。

遠藤 その状況をどのように脱したのですか?

近藤 対面せずとも何かできることはないか?と考えて、SOCIAL TEMPLEで「オンライン写仏」を企画しました。

遠藤 「ツナガリイム」という企画ですね。SNSで拝見しておりました。ご自宅で写仏していただいたものを、全国の寺院に送ってもらい奉納をするという企画でした。

近藤 ご縁の寺院に「オンライン写仏という取り組みをやりませんか??」と呼びかけたところ、賛同寺院が全国40か寺を超えました。未来の住職塾の塾生の寺院がほとんどです。
そして各寺院に奉納された写仏は合計7,000枚以上となり。寺院のオンライン活動のひとつの形を作れたかもしれないなと実感しました。

遠藤 まさに WITHコロナの寺院活動ですね。コロナ禍においての活動方針はいかがですか?

近藤 基本的には世の中の流れをみながら、コロナ禍以前に戻せるものは戻し、変える必要のあるものは変えていくということですね。例えば「寺GO飯」という、子どもたちとお寺でご飯を食べる活動は、「オンライン寺GO飯」として開催しています。今はまだ集まって一緒にご飯は食べられないので、ボランティアの学生が子どもたちのために読み聞かせやゲーム、ダンスなどをオンラインで行なっています。

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遠藤 複数の僧侶が集まり、一寺院としての活動の枠を超えることでボランティアの方や地域の企業など様々な人々の協力も得ていますよね。皆さん、どのような気持ちでお寺と一緒に活動なさっているのでしょうか?

近藤 やはり資本主義が限界に行き着いていて、「自分だけ良ければいい」という社会の風潮が現在の苦しい社会状況を招いた原因だとすれば、「このままじゃ駄目だよね」と気づいている方も増えてきていると思います。そういった考えの元に、サービスやソリューションを提供しているような企業もたくさん出てきています。そんな方たちと一緒にコラボレーションとかタイアップをしながら、私たちの活動の展開ができ始めているような感じです。この協力体制を「共働(きょうどう)」と呼んでいます。

遠藤 その感じ、すごくよくわかります。私もたくさんのお坊さんのお話しを聞いている中で、地域貢献活動を当たり前のようにやられている方が多くて、「お寺のために」は住職としてもちろんあるのですが、同時に「地域のために」もよく考えて活動しているというか。そういう方が多くなってきていますよね?

近藤 おっしゃるとおりだと思います。しかも、私が未来の住職塾に通っていた4年前と比べてメディアでの取り上げられ方を見ても、世間からお寺や仏教に期待される目線もだいぶ良い風向きに変わってきていると感じます。

遠藤 一般社団法人SOCIAL TEMPLEの設立は、そういう社会の変化を意識してのことだったのではありませんか?

近藤 もちろんそうです。仏教の思想哲学をもって社会課題にアプローチすることを大事にしています。これまではお寺が社会と交わろうとする際に仏教の部分をオブラートに包んだりマイルドにして、もはや違うものになってしまうようなこともあったかと思います。何でもかんでも「入り口だ」と言って宗教色を無くせばいいものではないと思っています。
ある意味今回の「オンライン写仏」のプロジェクトが証明してくれたと思うのですが、写仏は修行なので宗教行為です。それを望んでやってくださる方がたくさん居たということです。
この2月から、私たちが運営するWebメディア「お寺の時間」のアクセス数が徐々に伸びてきたんです。4月の終わりに「オンライン写仏」の告知を始めると、普段の10倍にまでアクセス数が上りました。それだけ、この感染症の時代に宗教的なものを求める人は多いのだと感じました。過信をしてはいけないですが、宗教者として自信をもってやるべきことを探していけば、求めてくれる方はいるんだなと確認できました。

遠藤 こういった様々な活動を通じて、人とどういう関係性を作っていきたいですか?

近藤 目指しているのは「ゆるやかで主体的参加できるやさしい地域社会をつくる」ということです。自分自身の意志で一歩まえに出て、自分がやりたいと思うことをやれる地域社会を作っていきたいです。「まわりがやってるから」とか「誰かに言われたから」とかではなく、自分の意志で選択できるということ。仏教はそういう世界を実現するためのものであると私は解釈しています。
その上で、どういうコミュニティにしていきたいかというと「自分の脚で立っている」ような人が集まるコミュニティというイメージですね。

遠藤 「やさしい地域社会」というと、どんな人でも受け入れてもらえる居場所のようなコミュニティを想像します。

近藤 コミュニティに入っていけない、ついていけないという人が、なぜそうなっているのかと考えた時に、自分が「人と違うこと」に対して恐怖感を抱いているのかなと思うんです。だから、みんなが自分でやりたいと思うことを恥ずかしくなくできるような社会にしたい。
どんなことにもそれなりの「道」がありますから、自分で卑下してしまわずに、それぞれが好きなことややりたいことを認めあえる場所になってほしいですね。それが私の言うところの「主体的」ということです。最初からできなくても自分なりの主体性を取り戻すような場にもしてほしいなと思います。それは誰でもできるはずだと思っています。

遠藤 なるほど。「自分の脚で立つ」という意味がよくわかりました。

近藤 「学識を豊かにして、教えを守り、高潔にして明敏(めいびん)な友と交わり、目的を定めて、疑いを持たず、犀の角のように歩め」というお釈迦様の言葉を大事に活動しています。自分がそのようにちゃんと出来ているかといえばまだまだ理想と現実にギャップを感じていますが...。

遠藤 そんなことないと思います。近藤さんは理想をもって、ちゃんと行動していらっしゃる。すごいことです。

近藤 遠藤さんには以前、私が住職をさせて頂いているお寺のこともお話ししましたが、自分が住職になってから課題しかなかったんです。マイナスからのスタートでお坊さんをやってきています。お坊さんになる前は、何故こんな小さな寺でトラブルだらけの家族の中に生まれたんだろう...と、親を恨んだこともありました。若かりし頃の話しですが。
でもやはり、いつまでも拗ねていたって現状は変わらないので腹をくくったというか、やれることを一つずつやっていかないとなと思ったんです。

遠藤 "拗ね"から立ち直れてよかったです。

近藤 それで、お寺のコミュニティがうまくまわっているような住職の先輩に聞いてみると、見えない努力をたくさんされているということがわかったんですね。お寺の規模が大きいから楽できているということとイコールではないんですよ。実はそこに至る前であったり、至った後も不断の努力をされているということを学ばせていただきました。
私のお預かりしているお寺は、その方のような場所に一足飛びで行けるわけではないので、ちゃんとステップを重ねていかなければと思いました。すると最後は、しっかり誠実に地道に目の前の人達に対応していくことなのかなと、非常にシンプルに考えられるようになりました。

遠藤 本当にそうですよね。目の前にいる人が仏教を感じられるように、環境を整えてあげることがお坊さんの仕事だと思っています。

近藤 人それぞれ自分のストーリーをもっているので、その人の苦しみはその人にしかわからないじゃないですか。何とか少しでもその方の苦しみを理解しようとすることが大事なんだと思うんです。

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遠藤 とても共感します。今後はどのように活動していきますか?

近藤 11年間住職をやって、お寺のことは自分なりに経営改善できてきたと思います。だからといってそこで満たされているわけではありません。課題なんてありすぎて終わらないんですよね。
住職になった頃からすれば、11年後はもっと改善できていると思っていました。それを失敗とも思いませんが、ではこの11年で何を得られたのかなと考えた時に、今までの私の文脈の中では出会えなかった人たちに出会えたことが大きな財産だと感じますね。
特に未来の住職塾に行ったことは大きいですね。今の私の人間関係は5年前と全然違います。日々、困難なことははたくさんありますが、すごく充実しています。

遠藤 それはすごくいいですね。なんか、嬉しいです。

近藤 なぜかというと、私は子供の頃から「変わっているよね」「変だよね」と言われてきたのですが、私より変な人達と沢山会うようになってですね(笑)気を使わずに喋れるようになったというか。共通言語で喋れる仲間がいるということが充実感につながっている理由だと思います。
例えば遠藤さんがもしバリバリのビジネスマンだったら、今日のインタビューの内容を聞いていたら私の活動なんて、「それじゃあ、稼げませんよ」の一言で終わりですよ(笑)企業とお寺は立脚している前提が違いますから。

遠藤 わはは(笑)それもそうですね。私も「変な人」の自信あります。あと、価値観が似ているということもありますよね。何を人生において重要視しているかとか、きっと近いですよね。

近藤 私はそれをよく「メガネ」と例えるんですが、同じものを見てもみんな受け取り方は違います。同じメガネをかけて近似値で見られる仲間がいるとは感じます。コミュニティにおいても重要ですよね。受け取り方がぜんぜん違うのに、一緒にいるのは苦しいことだと思います。

遠藤 逆に価値観が近い人たちと一緒にいると、しあわせな時間って感じがします。

近藤 そうですよね。遠藤さんはたまに音楽の話題とかFacebookに上げますよね。その投稿を見て、自分もその曲が好きだったなと思って聴き返したりとか、するんですよ。それだけでいいんです。仲間だって思える。
だから私は、今回立ち上げた一般社団法人SOCIAL TEMPLEに関しては、社会課題を解決しなければと、危機感を共有できる人たちと集える場所にしたいと思っています。

遠藤 やはり近藤さんの活動は「壮大な仲間づくり」ですね。お釈迦様の言葉に沿って、犀の角のように歩んでおられると実感しました。ありがとうございます。

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お寺について

名称:妙性寺(みょうしょうじ)
宗派:日蓮宗(日蓮宗)
住所:山梨県中央市下三條3
HP:https://www.myoshoji.com

インタビュアープロフィール

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遠藤卓也未来の住職塾ではクラス担任をつとめる。共著書に『地域とともに未来をひらく お寺という場のつくりかた(学芸出版社)』。「お寺の場づくり」をテーマに、IT・広報・イベント制作の分野でお寺をサポートする。また「音の巡礼」というプロジェクトでは「音がつなぐ、あたらしい巡礼の旅路。」をコンセプトに、お経からはじまる新しいご縁のあり方を探求中。


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