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Case01|安産祈願で子どもたちの笑顔輝く遍路寺院に(香川県善通寺市・天台寺門宗・金倉寺・村上哲済さん)

未来の住職塾 講師の遠藤卓也です。寺院の運営・経営について学び合う「未来の住職塾」に携わり始めてから10年以上、たくさんのお坊さんたちと交流を重ね、実際にお寺もたくさん見させていただいています。
各地で見て、聴いたこと・感じたことを、また別の土地で話し、あたらしい話を聴いていると、この10年間でお寺を取り巻く社会環境も大きく変化しましたし、未来の住職塾に通う塾生たちの意識も大きく変容してきたという実感があります。
日本各地のお寺のこれからを案ずると、暗い話ばかりがでてくる昨今において、それでも新しいお寺の在り方を探り続けているお寺・お坊さんの話を「事例紹介」という形でまとめていくことが、今の自分のひとつの使命のような気がしています。

ここに未来の住職塾の noteマガジン という形式で、事例(ケース)をファイリングしていきます。新たに書き下ろす事例記事はもちろんのこと、大正大学BSR 推進センターが発行する月刊誌『地域寺院』のご協力をいただき、私が寄稿した記事も転載させていただけることになりました。Case01 は『地域寺院』からの転載記事となります。(『地域寺院』は年間5,000円で購読できます。

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全国各地のお寺が地域に愛され、それぞれの土地の信仰を支え、その役割を果たしていけますように。そんな願いを込めてnoteマガジン『実践に学ぶ お寺の活動事例ファイリング』はじめます!


尋坊帖|安産祈願で子どもたちの笑顔輝く遍路寺院に(『地域寺院』より)

四国霊場第七十六番札所として、毎年多くのお遍路さんたちが参拝している金倉寺。ここ数年は地域の親子連れがお参りにくる姿が増えたという。お寺の風景を変えた張本人、副住職の村上哲済さんにお話しを聞いた。

村上哲済 香川 天台寺門宗 金倉寺 副住職

1977年、大阪府生まれ。
大学卒業後、印刷物を中心としたデザイナー職に従事。
その頃より仏教に興味を持ち、結婚後2007年に得度、10年に加行修了。
自身の不妊治療の経験を経て「子どもが欲しい人」のために訶利帝堂の縁日祈願を始める。
その後、安産や初まいり、七五三などの祈願の需要が増え応じるようになる。
18年に「未来の住職塾」卒業。最近は御守のNFT化に興味あり。

不妊の悩みがきっかけ

金倉寺 本堂

遠藤 遍路寺院ながら、地域の親子連れもお参りするようになったのはなぜでしょうか?

村上 2010年頃から、安産祈願に力を入れています。無事にお子さんが産まれると、初参りや七五三でもお寺に来てくれるようになりました。お遍路さんも子どもが居てくれると嬉しそうです。子どもたちに「おめでとう」と声をかけてくれたり、写真を撮ってあげたりとコミュニケーションもうまれ、金倉寺ならではのエッセンスになっています。

遠藤 安産祈願に力を入れるようになった経緯は?

村上 私たち夫婦が不妊で悩んでいたことがあり、住職に祈願をしてもらったところ子を授かりました。当時は「妊活」のようなことがまだ活発ではなく、相談できる場所を自分たちで作りたかったのが原点ですね。
はじめの頃は毎月十六日にお堂を開けて、不妊に関する相談ができるようにしました。思いつめた方が泣きながら話してくれることもありました。最近はそこまでの方はいらっしゃらないのですが、子授け祈願のおかげで授かったので今度は安産祈願に来たと声をかけていただくこともあります。
続けていると、子授け祈願よりも安産祈願のご依頼が多いことがわかったんです。その時はあまり情報を出していなかったのに、うちを見つけてお願いしてくれる方がいらっしゃるということは、県内に安産祈願の受け皿になる場所が少ないのでしょうね。この十二年間で安産祈願の依頼が十四倍に増えました。

お寺の由来を活かしつつ、新しい祈願法を

訶利帝堂 内観

遠藤 金倉寺は訶利帝母(=鬼子母神)様をお祀りしているお寺ですよね。

村上 江戸時代に高松藩主松平家の母君より子授と安産のお礼として寄進された訶利帝堂が現存しています。残っている絵馬をみると、一番古いもので明治二十三年に奉納されたものが確認できます。
四代前の住職の時に訶利帝堂の正面に拝殿を建立し信仰も盛んだったのですが、現在の住職に至るまでの間に徐々に薄れてしまったようで、今また元に戻しているという感じです。

遠藤 一度は途絶えた安産祈願ですが、今はどのような形で行なっていますか?

村上 ここの仏様の供養法は残っていたのですが、これといった手順はありませんでした。私がまた組み直しているのですが、独特なのは柘榴をつかって祈願をしています。柘榴と言えば訶利帝母様の象徴なので、柘榴を一つひとつ妊婦さんにお供えいただきます。仏様のお力をいただいて安産になりますようにという加持をしています。
今はこの行為が祈願の中心となりました。儀式の中で参拝者がなにか動作をすると気持ちの入り方が変わります。だから私は全ての祈願において、なにかワンアクションしていただく工夫を入れているんです。

柘榴のお供え

授与品やホームページを活用

オリジナルのお香

遠藤 オリジナルのお線香も柘榴がモチーフになっています。

村上 修行時代にお手伝いしていたお寺で、そのお寺でしか嗅いだことのないお香を使っていました。それをいただいてきて焚くと、まるでそのお寺に居るような空間になるのが印象的でした。
金倉寺も独自の香りを作りたいと思い、京都のお香屋さんに依頼して柘榴のイメージの香りでお線香を作りました。例えば梅雨時期にアスファルトに雨のあたる匂いを嗅ぐと、過去の記憶がよみがえったりしますよね。だからこの香りを訶利帝堂で嗅いだことを一つの原体験にしてほしいという思いがあります。
安産祈願の時に焚いたり、子授け祈願や水子供養をした方への授与品としてお渡ししています。ご自宅でもこの香りでリラックスしていただければ嬉しいです。

『はぐくむBOOK』

遠藤 授与品と言えば、子育てに必要な情報をまとめた『はぐくむBOOK』も充実の内容ですね。

村上 インターネットを見ると育児の情報は溢れかえっています。調べれば調べるほどに色んな説が出てきて、逆に不安のもとになってしまう。だからこそ最低限知っておいてほしい基本となる情報をまとめた冊子を作りました。
祈願の際に冊子を配るお寺や神社はありますが、起源などあまり読まれなさそうな情報ばかりです。『はぐくむBOOK』はライターさんに「できるだけお寺色を削ぎ落としてください」とお願いしました。

遠藤 金倉寺のホームページには八十八ヶ所に関する説明がほぼ無いですね

村上 安産や子授け祈願の問い合わせが増えてきたので、対応できるようなページを作りこんでいくうちに、思い切って八十八ヶ所の説明も外してしまいました。

遠藤 安産祈願に特化させるという意味では成功していると思います。

村上 ホームページは24時間いつでも予約を受け付けられるという点でも役立っています。安産祈願の件数が多くなってきているので、全て電話で受けるとしたら大変なことです。夜中の三時に申し込んでくれたお母さんは、きっと授乳中に思いついたのだろうなとか、必ずしも電話のかけられる時間帯に申し込めないという事情もありますからね。お寺に電話で問い合わせるだけでもハードルがあると思いますし。
メディアに取り上げられた時とホームページをリニューアルした時に、段階的に申込み数がスケールアップしました。
口コミが機能する規模になってきたこともあり、SNSは使わなくなりましたね。参拝者が自ら発信したくなるような仕掛けを作っておくことのほうが大事だと考えています。

お寺のファンになってもらい、ファンの声を取り入れていく

遠藤 お寺は口コミが重要ですよね

村上 身籠ってから生まれるまでの限られた期間でお寺を知ってもらうにはネットも必要ですが、知り合いからの紹介が大きいと思います。そこを入り口としていただき、以降はファン化していく層を増やしていくことで裾野が広がっていくようなイメージです。
例えばこの地域で「安産祈願と言えば金倉寺」という位置に立てれば、香川県一位になれるわけです。全国でうちよりも大きな規模の場所があったとしても、名乗り方としては「◯◯で一位」になれるんですね。東京で一位を目指すには大きな投資が必要となりますが、地方で一番になるのはそこまで難しくはないと思います。それも短期で目指すのではなく、きちんと根を張ってじっくり続けていればいいのかなと。
遠くに住む方でもネット経由で授与品を求めてくださることもありますし。全国が対象と捉えていますね。

金倉寺の授与品

遠藤 ファンづくりという意味ではデザインも統一感があり素敵です。

村上 安産祈願だとターゲット層が絞りやすいので、そこを基準としてものづくりをやっています。例えば『はぐくむBOOK』の改訂を検討していますが、今の二十代~三十代は以前に比べて読める文章量が減ってきているのではないかという時代性を考慮しています。私たちにとってはちょうど良い文章量でも、今の子たちにとっては読みきれない可能性もありますし。
今のお母さんたちの声を反映させるため、アドバイザーとして入っていただいたりもしています。

遠藤 声を聴くことは重要ですね。

村上 何でもお寺からの押し売りにならないように、皆さんから寄せられる声に応えながらやってきたという感じです。逆に私たちが自らの考えで始めた取り組みはうまくいかないことが多かったと思います。
あとは、お寺の縁起を大事に考えています。どこのお寺でも一堂を建立するだけの縁起があります。そこに皆さんの思いが集まって続いてきたという歴史があるならば、そこをないがしろにしてはいけないと思うのです。

古い絵馬

あとがき

最近、各地のお坊さんたちと話していると、これまでお寺や神仏が信仰の対象として地域に存在してきた意味にたちかえることで、これからのお寺や僧侶の役割を探求する動きが見えてきていると感じます。その動きは本質的で、寺院の継続可能性にも大いに連なることです。
金倉寺さんの事例は、副住職夫妻の不妊の経験から「子授け祈願」そして「安産祈願」に力を入れました。古くから訶梨帝母のお堂が信仰されてきた歴史もあったことに加え、現代の子育て世代のニーズを意識したデザインセンスで若い世代の信頼を得ています。
当事者性」「歴史性」「地域性」はこれからのお寺を考える上で、重要な3つのキーワードだと思います。(遠藤卓也/未来の住職塾講師)


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(2) 本記事は、大正大学BSR 推進センターが発行する月刊誌『地域寺院』のご協力をいただき、2022年11月号に掲載された記事を転載させていただきました。
『地域寺院』は、地域寺院倶楽部会員向けに発行する月刊誌です。 寺院が行う地域活動の実践例、インタビューを通じた仏教界の展望、座談会を通じた寺院を取り巻く現状などを紹介し、これからの社会に必要とされる寺院の在り方を探る媒体です。
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