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まめなとうふ店(豆腐)

頑張っているのに全然、前に進めないことがある。でも機が熟すと、風景はおもしろいように流れ出す。 

 二十世紀の終わり頃、その通り(旧府道)には豆腐店が二軒あったと記憶している。ごめんください、と声をかけて目をやるお品書き、豆腐を受け取りお代を払う小窓、その下のタイル、束ねられた薄揚げ、おじさんが水槽から豆腐をすくいあげるうしろ姿、こざっぱりと白く大きな手、角が一寸欠けちゃったから二十円引きね、などという言葉まで憶えている。味はあまり憶えていない。普通の商店街のごく普通の豆腐店だったから。

 でも、あの頃すでにそれは普通とは言えなくなっていたのかもしれない。そのような店があの通りに今も残っていたなら、「昔ながらの」「古きよき」などと形容され、ノスタルジックな想いも味に上乗せされるだろう。かけがえのないものは、失いかけたときに気がつくのだ。

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