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「やっぱり」と思いながらも、「なんでこんなことしてるクズが生きてるんだよ」(オブラートなし)とめちゃくちゃ心抉られてしまう記事が流れてきた。


美術館でピカソを見るとき

わたしは絵を描いたり写真を撮ってきた人間なので、こういう話をすすめることにする。


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毎週、上野とか渋谷とかで遊んでいた時代を思い出すだに、上野であっても渋谷ってあっても、わたしが目指すのは美術館や映画館、そして服屋や書店だった。(若いころのかなり分かりやすい嗜好)

上野でも渋谷でも、それらは静かで、綺麗で、作品や商品のセレクトのセンスが好きだから通っていた。映画監督がめあてだったこともあるし、画家や写真家をめざして展示を選ぶこともある。

好きなデザイナーのお店のディスプレイの前で目に涙をためていたこともあるし、お店で似合わない化粧品をタッチアップされてショックだったこともある。


でも、映画館や美術館で大声で騒いだり、作品に触ったり破いたりすることなんて考えたこともなかった。そんなのはしなくて当たり前だからだ。


しなくて当たり前のことをわざわざルールとして設けるには、議論も条文の表現をつめるのも必要である。

だったら、大声で騒いだり触ったり破いたりする人間の属性の統計を取り、「だいたいあのフェーズの奴らはヤバいんだな」と目星をつけて、都内だったらこの辺とこの辺に美術館を作るのはやめようとなる。


ヤバい奴を避けるのは作品や作者のクオリティとともに、鑑賞者の安全のクォリティを担保する機能があった。

オンラインギャラリー

みんながスマホを持つようになって、大人だけが呟いていたようなTwitterのアカウントをヤバい奴が取得するようになった。

奴らは「ダメだと言われた覚えはない」「そんな法律はない」と叫びながら、美術館でピカソの愛人を特定し始めた。ゴッホの重ね塗りに触れてしまうようになった。北斎を破き、ついにはオンラインギャラリーが何件も潰れる。


鑑賞者はこうしたなりゆきを唖然と見守るしかなかった。ゴッホのタッチも、ピカソの青も、北斎の桜も知らない奴らに、鑑賞者の言語はまったく通じない。

鑑賞者は美術館に通いつつ、オンラインギャラリーで若手の作品を検索するようになった。オンラインギャラリーのラウンジで繰り広げられるのは、どんな女がピカソに向かって股を開いたか、ゴッホの病院はどこか、北斎のアトリエはどこかだった。

オンラインギャラリーを見るのをやめても、いつも通っている美術館では相変わらず絵は破られ、触られ、北斎は引越しを余儀なくされた。


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多くの作者は、こうして自己弁解の余地さえ与えられないまま、美術館どころか街を出ていく。自分の作品を愛する鑑賞者ごと作品も丸ごと捨てて、街そのものを捨てる。

人も作品も街も捨てなければならない事態は、もはや芸術でも美術でもない。ただの迫害である。


ヤバい奴は、飽きたら去っていく。ペナルティも課されないのだから、次から次へと標的を変えまくって引越しを繰り返し、絵を破きまくり、人の心を踏みまくり、作者の顔をぶん殴り放題である。


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言うまでもなく、わたしはピカソでもゴッホでも北斎でもない。モーツァルトでもバッハでもベートーヴェンでもない。


鑑賞者はすごく気まずい。どんなに大人しく作品を楽しんでいても、すばらしい展示ほど心は揺さぶられるし、自分の身体ごと作品の世界観に引き摺り込まれることもある。

ピカソが好きだから、青い絵をなんとか真似しようとか、愛とはなにかに思いが耽ることもある。


だから、「シュートで終わるのは大事」くらいは理解できる。絵筆なんか握ったことがなくとも、とりあえず完成させることが重要だということを作品と作者から、そして展示から学んでいる。

そのせいで「どんなにダサくてもとりあえずシュートなのかな?」という雰囲気になる。美術史もパースも構図も配色もないなかで、夢中になって筆を見よう見まねで走らせてみる。


すると、普段見ている作品から発せられるような身体表現の根源的な悦びのようなものの存在を知る。その悦びと、パンフレットで読んだ主題の解説を抱えて何度も行きつけの美術館に通う。


近くの喫茶店のマスターとは友だちだし、コンビニの場所も、画集がたくさん売っている古書店も好きになった。ますます美術館も作品も、この美術館ご指名の作者も愛するようになる。


noize vs developmental noize

しかし、どんなに前より街ごと美術館が好きになっても、以前より作者の作品を理解したつもりでいてもこの美術館には大量の虫が沸くようになった。

虫は退治しても退治しても沸いてきて、ついには作品を食い始めた。虫の羽音から「ピカソの愛人が」「ゴッホの病院が」「北斎の住所は」と微かに、でもはっきりと聞こえてくる。


鑑賞者は、耐えきれなくなって美術館を飛び出す。自分に芸術は合わないとさえ考え始める。リトリートの概念は、美術の世界にもあるのだ。


虫食いと虫の羽音から血が流れる。その恐怖に怯えながら美術館に通うのを、芸術を愛するとかアートを理解するとか街を愛することを反証するリトマス試験紙のようにしているうちに、作品に虫の湧かないオンラインギャラリーだけがどんどん儲かっていく。


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アナログの絵画をフィルムで撮影した写真を、すべてデジタル化してオンラインで流す。ノイズも同様に量産される。

ノイズに塗れた音楽は芸術なのか。
手垢に塗れた絵はファインアートと呼べるのか。
壊れた街に美術館がある意味など、とっくに失われているのではないか。

作者が作品を作らない方が儲かるのは、なぜなのか。
作品が鑑賞者に見られるより、作品が虫に食われた方が画商が金持ちになるのは、なぜなのか。


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わたしみたいな馬鹿でもわかる。虫が無限に沸くものだということも、ピカソの愛人の話しか聞こえない最低最悪のオンラインギャラリーがこの世にあることも、それらが消えそうもないことも。消えたところでまた無限に沸いてくることも。

ただ、誰にでも作品が傷つけられ放題だというなら入館料は何に使ってんの?ということは考える。作者がぶん殴られても、加害者にろくなペナルティさえ存在しないはなぜなのか?くらいは考える。


北斎のグラデーションのことを考えながら、作品がなぜ食われ放題なのかという疑問は常に湧く。



そういうときに、上野で見たルノワールのことや、ルノワールを見たときに横でギャーギャー騒いでたババアのせいで作品全体が台無しだったことや、そういうことがあってもその美術館が好きだったことを思い出す。実に苦いながらも思い出す。


ババア自慢の口紅の質感なんか思い出せなくても、作品を食っていた虫の学名さえ知らなくても、小学生のときに見たルノワールは凄くて今でも覚えている。


世界的に有名な作品ではなかったし、家族にはルノワールが嫌いだと言われた。わたしもルノワールより見たい画家が他にもいた。

むしろ、ルノワールの記憶はババアが繰り広げていた「偉い方が見に来られたのよ」の甲高い声だった。背が低く太ったババアなので、混み合った美術館では作品よりババアが近くて最悪だった。


みたいなことをぼけーっと、でも長々と、永遠と、終わりなく、たぶん夜眠りにつくまで上野の喫茶店を思い出すし、道玄坂で自分で撮ったスナップのことを思い出す。あのころ街でよく流れていた音楽が甦る。


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虫対策をしながら、美術館と作品のクオリティを守っていくのは大変だと思います。

本来なら、作品と作者、美術館と作品、作品と鑑賞者の距離感や照明、空間デザインがご専門の方々が、作者の愛人、病院、住所の話を他所のオンラインギャラリーで盛り上がられても知らんがな。言っていいんですよ。「知らねえよ」って。

オンラインギャラリーがいくら盛り上がっても、インセンティブなんかたかが知れているのは、古くから美術館に通っている人間は理解してます。



少しでも多くの作品が、一人でも多くの作者が守られますように。祈るしかできなくてごめんなさい。わたしにでもできることがあったら、間接的にでも暗号でも回文でも構いません。どうかお知らせください。選手会がこの時期にこのタイミングでこういう声明文を出すことから、重さは読み取れます。


一人でも多くの作者が快適に、かつ当たり前に安全を保障された状態で身体表現に取り組み、作品を通してより良い自己表現、そして作品の世界観の表現が無事達成されますように。

そうしてつくられる作品が当然に守られ、わたしたち鑑賞者に伝えたい配色も構図もセンスも哲学も主題もパースも担保された、みなさんこだわりの展示を拝見できるお祭りのようなJリーグの会場に出かけるのを楽しみにしています。(いま働きながら学生をやっているので、ほとんど行けなくてすみません)

でも、長いこと街や美術館を知っていると、DAZNで作品を見ただけで街の様子を想像して魅力を楽しんでいるような気分になります。これは本当です。みなさんの展示が開催されるお祭りを毎週楽しみにしております。(こんなんだから、冗談抜きでオフは色々と死にかけます)


長々と失礼いたしました。出過ぎたことを言いました。すべて独り言です。



        

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