生成AIと人間の創作:「作者の死」概念および「間テクスト性」概念による考察


はじめに

生成AI(Artificial Intelligence)の進化は目覚ましく、画像生成などの分野においても革新が続いている。この技術は新たな芸術表現の可能性を開きつつあるが、それと同時に創作の本質や著作権に関する議論を活性化させている。人間による創作と生成AIによる創作には共通点が多く存在し、それを明らかにすることは、現代の創作活動を理解する上で重要であるだろう。以下本稿では、生成AIと人間の創作プロセスを比較し、その共通点を簡潔に考察した上で、ロラン・バルトの「作者の死」概念やジュリア・クリステヴァの「間テクスト性」の理論を、広い意味における創作という観点より参照しつつ、この新たな創作形態を人間による創作と比較し評価する。

創作プロセスの比較

 生成AIの創作プロセス

生成AIの創作プロセスは、ディープラーニング技術、特にGANs(Generative Adversarial Networks)やVQ-VAE(Vector Quantized Variational Autoencoders)などのモデルに依存している。これらのモデルは、大量のデータセットから学習し、新しい画像を生成するわけだが、このプロセスはまるで画家が膨大な作品からインスピレーションを得て、新たな絵画を描くようなものと例えることも出来るだろう。生成AIは、既存のデータを分析し、その中のパターンやスタイルを抽出して新たな作品を生み出す。すなわち、AIは「学習」と「模倣」を通じて創造を行っていると言えるだろう。

人間の創作プロセス

一方、人間の創作プロセスは、感情や個人的経験、文化的背景に深く根ざしている。人間の創作者においても、インスピレーションを得るために過去の作品や自身の経験を参照し、それを基に新たなアイデアを生み出す。創作は直感や感情、知識の複雑な交差点に位置し、多くの要素が相互作用する中で行われる。このプロセスは、あたかも鍛冶職人が鉄を鍛えるように、時間と労力をかけて熟成されるものでもあるだろう。

創作過程における共通点の分析

これら生成AIと人間の創作過程には、多くの共通点が存在している。まず、両者ともに「学習」と「模倣」を通じて新たなアイデアを生み出す点が挙げられる。AIは膨大なデータセットから学習し、そこから抽出されたパターンやスタイルを基に新たな作品を生成する。一方、人間の創作者もまた、過去の作品や経験から学び、それを基に新たなアイデアを生み出す。創作とは、既存の要素を再解釈し、新たな形で表現するプロセスであり、これはAIと人間の創作に共通する基本的な特性であると言えるだろう。

また、生成AIと人間の創作は、共に文化的および社会的背景の影響を受ける。AIが学習に使用するデータセットは、特定の文化的コンテクストや社会的トレンドを反映しているが、これによりAIが生成する作品もまたその影響を受けている。一方、人間の創作者も文化的背景や社会的状況を反映した作品を生み出す。例えば、特定の時代の社会的トレンドや文化的要素は、その時代の芸術作品に大きな影響を与えるものだ。このように、AIと人間の創作は、共に文化的および社会的背景との関係性を持ちながら進行する。

生成AIとジュリア・クリステヴァの「間テクスト性」概念

次に、上記の共通性の問題を「間テクスト性」概念より検討する。「間テクスト性」とはジュリア・クリステヴァによって提唱された概念であり、全てのテクストは他のテクストとの関係によって意味が生み出されると捉える立場である。すなわちテクストは孤立した存在ではなく、常に他のテクストと相互作用し、新たな意味を生み出す。この考え方から見れば、作者の創造行為もまた、過去のテクストや文化的要素の影響を受けるものであり、新たなテクストは常に既存のものとの対話の中で生まれるとされる。

この「間テクスト性」の観点から分析すると、人間による創作と生成AIによる創作には多くの共通点が見出せる。クリステヴァの理論によれば、すべてのテクストは他のテクストとの関係の中で存在し、相互に影響し合うことで意味を形成する。これを踏まえると、人間による創作も生成AIによる創作も、既存のテクストや文化的要素との対話を通じて生成されるという点で共通している。すなわち、人間の創作は、過去の文学作品、歴史、文化、その他のテクストから影響を受け、引用し、再解釈することで成り立っているが、クリステヴァの間テクスト性はこうした引用や再解釈のプロセスを通じて新しい意味が生まれることを示しているのだ。例えるならば、シェイクスピアの作品が現代の小説や映画に引用され、新たな文脈で再解釈されることで新しい意味を持つようになるといった現象が挙げられるだろう。

同様に、生成AIによる創作も、膨大な既存の創作物のデータを学習し、それらを基に新たな創作物を生成する。AIは、過去の作品や情報を組み合わせ、再構築することで新しい作品を生み出すが、このプロセスは人間が他のテクストを引用し、再解釈する過程と非常に似ている。AIによる生成物も、学習したデータに基づいて既存の文脈やスタイルを引用し、独自の形で再構成することで新たな意味を創出する。

さらに、間テクスト性の観点からは、どちらの創作物もその解釈が多様であり、固定された意味を持たない。人間による創作物が異なる読者によってさまざまな解釈を受けるのと同様に、生成AIの創作物も多様な解釈が可能である。どちらも、作品が生まれた背景や文脈を超えて、読者や観客によって新しい意味が付与される。この点で、両者の創作物は、クリステヴァが示すように、他のテクストや文化的背景との関係性の中で意味を持つことになるのだ。

すなわち、ジュリア・クリステヴァの「間テクスト性」の観点から見ると、人間による創作と生成AIによる創作は、既存のテクストや文化的要素との対話を通じて新たな意味を創出する点で共通していると言えるだろう。どちらの創作物も、他のテクストとの関係性の中で生成され、多様な解釈が可能であるという特徴を持っているが、これにより両者の創作活動は、異なるプロセスを経ながらも本質的には同じ間テクスト的な現象として理解され得るのである。

また、これらは既存の文化的要素を取り入れ、それを新たな文脈で再解釈する「文化的引用」のプロセスの一部であるとも考えられる。生成AIは、データセットから引用を行い、それを基に新たな作品を生成しているが、このプロセスは人間の創作者が過去の作品や文化的背景を参照し、新たな創作を行うプロセスと類似している。この意味において、AIによる引用は単なる模倣ではなく、既存の要素を新しい形で再構築する創造的な行為であると言えるだろう。

生成AIとロラン・バルトの「作者の死」概念

ここで「いくら創作プロセスが類似しているからといって、人間の意識と意図によって生み出される作品と、AIによって半機械的に出力される作品は、やはり区別されるべきではないか?」という批判もあり得るだろう。そこで、最後にこの問題をロラン・バルトの「作者の死」概念から検討してみたい。ロラン・バルトの「作者の死」概念とは、その名の通り1967年の論文「作者の死(La mort de l'auteur)」で提唱された概念であり、文学作品の解釈において作者の意図や背景に重きを置くのではなく、作品そのもののテクストと読者の解釈を重視すべきだと主張したものである。彼によれば、作品の意味は作者の意図に依存せず、読者によって多様に解釈されるべきものとされる。つまり、作者の存在や意図を排除し、作品そのものが持つ言語や構造に焦点を当てることで、より自由で豊かな解釈が可能になるという考え方である。

この概念に基づけば、生成AIによって創られた作品と人間によって創られた作品の受容には共通性が見出される。まず第一に作品の意味や価値が作者の主観的な意図から独立して存在すると解釈可能な点が共通しているだろう。人間の創作においても、作者の意図が完全に理解されることは稀であり、作品は読者や観客によって異なる解釈や意味付けがされる。同様に、生成AIによる作品も、AIを操作する人間や機械的に出力される作品という作者の問題を離れた、作品自体が持つ内部の要素によって意味や価値が解釈可能なのである。

また、バルトの理論からは、作品の意味や価値はそのテクスト内部に内在し、作者の存在はそれらの価値に影響を与えないとされる。この観点から見ると、生成AIによる作品も、作品自体が持つ作品内部の要素によって解釈され得ることになる。作品の誕生背景や作者の意図よりも、作品そのものが持つ内容が重要となるだろうという点は人間の創作においても生成AIの創作においても共通して適用可能な考え方だろう。

さらに、作品の解釈や意味付けは社会や文化の文脈によって変化する。人間の創作も生成AIによる創作も、異なる社会や文化の背景によって解釈が異なる可能性があるが、バルトが主張するように、作品の意味や価値は作者の意図ではなく、むしろ読者や観客によって構築されるという観点に基づいている。

要するに、生成AIによる創作と人間による創作は、作品の意味や価値が作者という存在から独立して存在し、むしろ作品自体が持つ内部の要素や社会的文脈によって解釈されるものとして、共通の尺度で評価され得る可能性を備えていると言えるのだ。

おわりに

本稿では、生成AIによる創作と人間による創作の共通性を考察した。生成AIの創作プロセスと人間の創作プロセスは、多くの点で類似しており、両者ともに「学習」と「模倣」を通じて新たなアイデアを生み出す。さらに、ロラン・バルトの「作者の死」やジュリア・クリステヴァの「間テクスト性」
の理論を広い意味の創作という観点から援用することで、生成AIによる作品もまた、人間による創作物同様に作品の自律的な内容および文化的引用の観点から評価することが可能であると示した。

今後の課題として、AIと人間の共創の可能性についてもさらなる探求が求められるだろう。AIと人間の創作が交差する領域は、未来の芸術表現の新たな形態を探る上で重要なテーマであり、その潜在的な可能性は計り知れない。技術の進化とともに、我々は新たな創造の形態を受け入れ、既存の枠組みを超えた文化的意義を見出すことが求められるだろう。


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