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公衆衛生学ってどんな学問?

日本で「公衆衛生を学びに行く」というと、必ず「???」という反応が返ってくる。ヘルスケア分野じゃないほとんどの人にとっては、そんな言葉初めて聞いた、という感じだ。一方、ヘルスケア関連の仕事についている人にとっては、この言葉を聞いたことがない人はまずいないだろう。ただ、よく知っているかと言われると、そんなに良くは知らない。なにか健康に関する広い分野を扱っている、という程度の認識がほとんどではないだろうか。僕ももれなくその内の一人で、自分で公衆衛生学という学問を選んだものの、いざ公衆衛生学ってなに?と改めて聞かれると、自分の中でしっくりとくる説明ができないでいた。月日が経ち実際に公衆衛生学を学んでいく中で、ああ公衆衛生というものはこーゆうものなんだな、というのが少し見えてきたので書いておこうと思う。

公衆衛生には定義がいくつかある。もっとも端的に表していると思うのはWinslowのもので、

“The science and art of promoting and protecting health and well-being, preventing ill-health and prolonging life through the organized efforts of society.” (Winslow 1920)*

”組織化された社会の努力を通して、健康と幸福を増進し、病気を予防し、寿命を延ばすための科学であり技術である”

これは確かにそうだなと思いつつ、どちらかというと公衆衛生そのものを表しているというよりは、公衆衛生の目的を表していると言われた方が個人的にはしっくりくる。というのも公衆衛生が扱う対象は上の定義には表れないものもあって、例えば、医療格差の解消、医療経済的な側面や、ニーズ、アセットの評価、災害時のマネジメントなど、とにかく広範囲なのだ。だからこそ一言で表すのが難しかったのだけど、もしかしたら日本語の「公衆衛生」という言葉がなにかを難しくしてるのかもしれない。英語で公衆衛生はpublic healthと言う。見た通り、みんな(public)の健康(health)だ。つまり僕が公衆衛生学を定義するとしたら、

「皆の健康を守るために、世界中の健康を脅かす課題の解決を目指す学問」

ちょっとチープだけど、これくらいがわかりやすいんじゃないだろうか。

それを知った上で、個人的な疑問は、こんなに広いものを扱っている公衆衛生の位置付けってなんなの?ってことだった。今思うのは、公衆衛生学は基礎医学とその他の専門領域の橋渡しをする位置にあるんじゃないかという次第。図にするとこんな感じ。

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基礎医学研究によって生まれた成果は、臨床医学研究によってそれがどの条件でも当てはまるのか検証されなければならないし、実際に生活の中で適用させていくには、経済効果とか、文化的な背景だとか色々なことを考慮する必要があるのだけど、それは基礎医学研究者にとっては専門外のことだ。他方、政治学者にとって医学データを読み解くのは難しく、それは費用対効果を計算する経済学者にとっても、システムを構築しようとする情報学者にとっても難しい。医学データをどのように解釈し、取り扱っていいかは医学とその他の領域にとっての大きな壁となる。そこで公衆衛生が基礎医学とその他の分野に共通言語を提供することで、各分野の専門家が健康に対する議題について、同じテーブルで議論し、構築していくことができる。例えば新薬Aは臨床試験の結果、HbA1cを0.5%低下させたというデータはそれがどれだけインパクトのあることかわかりづらいけれど、糖尿病の罹患率を○○%下げます、必要治療数(NNT)はいくらです、と翻訳されることによって、社会においてそれがどれほど必要か、色々な角度から判断できるようになる。この共通言語を提供するのは疫学(Epidemiology)であり、その意味で公衆衛生学の中でも疫学は核となるものだと思っている。

まとめると、これから公衆衛生学ってなんですかと聞かれたなら、僕はこう答えようと思う。「皆の健康を守るために、世界中の健康を脅かす課題の解決を目指す学問」で、あらゆる分野の人が同じテーブルに着いて健康に対する取り組みを構築し、実施していくための手段を与えてくれるもの(かもしれない)。

*Winslow, Charles-Edward Amory (1920). "The Untilled Field of Public Health". Modern Medicine. 2: 183–191.
#公衆衛生 #健康 #医療 #学問

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