江戸時代から学ぶ人口問題

日本にはこれまで「4度の人口減少・減退期」


現代を含めて、日本は大きく「4度の人口減少・減退期」を体験しています。最初は縄文時代の中期から後期で、どうも人口が1/3くらいに激減したようです。次に、奈良時代から平安時代に人口が増えて、平安後期で停滞し始め、鎌倉時代に減少したことが分かっています。それから、室町時代から江戸初期に人口が増えた後、江戸中期から後期にかけて、およそ1世紀にわたってほとんど人口が増えませんでした。そして今、日本は4回目の人口減少・減退期を迎えているのです。

「人口減少」時代への対処は江戸に学ぶといい

江戸時代に人口が停滞した要因は、気候変動や食料問題だけではありません。それまで新田開発によって面積を拡大し、同時に労働力としての子どもの数を増やして、それが人口増と経済力の双方を上げていきました。しかし、その伸びしろがなくなり、それ以上成長が見込めなくなると、いわゆる「人口支持力の限界点」に到達し、社会構造的に出産力が弱まったと考えられます。

当時は、農作業のほかに、織物や糸紡ぎなど女性が活躍する仕事が増加しました。それにより、貴重な労働力としての女性の晩婚化が進みます。都市への人口流入もまた未婚化の原因ともなりました。誤解があるのですが、明治初期まで日本の庶民は皆婚ではありません。晩婚化・未婚化・人口の都市集中……なんだか今の日本と、とてもよく似ています。

未婚も多ければ離婚が多いという点も似ています。江戸期の離婚率の高さについてはこちらの記事(『「夫婦は一生添うべし」が当然ではない理由』)に書きましたが、あまりの離婚の多さに幕府が離縁禁止令を出すほどでした。江戸時代はこの享保年間以降、幕末まで人口はほとんど増えない人口静止状態になります。

結論

江戸から学べない。理由はカンタン、減速の速度が違い過ぎる。江戸は停滞だが、現代の日本は、今のところ世界最速で人口が減少していく、そのため江戸から学ぶのは間違いではないが状況が違い過ぎるといえる。この日本の人口減少はどこで止まるのか?それは日本が貧困に陥った時だろう。貧困、戦争、生命の危機にさらされたとき、人は子供を産む。人口減少が、自分たちの生命の危機に感じさえすれば、産み始めると考えられる。

という事で、明日は読みたい記事を張り付けておいた。人口減少の深刻さを本当に誰もわかってないなと思う。


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