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商店街の生き残る道

今回は「いわき駅前にゲストハウスをつくりたい」プロジェクトの種が生まれた日のお話です。

東日本大震災後、なんとかお店も商店街も日常を取り戻し、動き出してきたなぁと少しずつ実感出来始めたころ(確か2013年だったかと)個人的に衝撃的なニュースが入ってきました。いわき市とイオンモール株式会社間で開発事業計画策定に関するパートナー基本協定締結し、小名浜に「イオンモール」が出来るというニュース。

日本各地で「イオンモール」が出来ると、地元の商店街は焼き畑のように衰退し、イオンモール一強の場所になると。私がお店を構える平三町目商店会も以前からそのことには強い危惧を持っていて、研修旅行先に選んで通っていたようでした。

かくゆう私も震災直前に図らずもそういう街を訪れました。大企業のグループ会社のベッドタウンになっているその場所は、通勤するにも大渋滞、帰宅するにも大渋滞、休日過ごすのもイオンモールに向かって大渋滞。「お土産何がおすすめですか?」と尋ねたら「イオンモールのパン屋さん(東京系列のチェーン)が美味しいよ」と言われ、愕然としたのを覚えています。この時も強く「商店街を守らないと」と思いました。

イオンモールが出来るのに、このまま手をこまねいていては、商店街がなくなってしまう。「モノを売る」と言う点で、ほぼほぼ勝ち目がない商店街が10年後も必要とされるには、別の価値観が必要なのではないか。そういうものを作り上げていくしかないのでは。でも、何をどうやって。。。

そんな時に目にとまったイベントがありました。2014年6月24日火曜日 同じいわき市の中之作という場所にある清航館で行われた「劇作家・岸井大輔さんのお話の会『演劇がまちを創る』」でした。

正直イベントが週末だったら、きっと行けてなかったと思います。お店を休んでいける平日開催だったのをめちゃめちゃ感謝しています。藁をもすがる思いで「参加」にポチッとしました。

実はこの時「La Stanza(スタンツァ)」を始めて10年がたったところでした。未熟なまま立ち上げたお店を維持していくために、がむしゃらな10年間でした。なにせ震災もあったし。でも、それも乗り越えてお店を残せたので、今後はもう少し外に出てやれることを探そうと考え始めていたころでもありました。

岸井さんのお話は、期待以上に私の固定概念を壊してくれました。内側にいては分からない貴重な角度からの話で、終わった時最初に思ったのは「この話を商店会の皆さんにも聞いて欲しい!」でした。自己紹介もままならないうちに「イオンモールが出来るんです。だから来たんです」と話すと、岸井さんは「それは大変だ」と彼が見てきた日本中の事例を話して下さいました。10年間厨房に籠っていた私が外に出始めた日でした。その時出逢った方々と、手探りの試みを始めたりするのですが、その話はまたいつか。

「大手チェーンに比べて、品ぞろえも価格も、効率化も勝てっこないのに、自分の好きなもの集めて商売している商店街のお店って趣味でしょ?」って言葉は今でも私の一番の指針です。だったら、その趣味を極めないとチェーン店には勝てないんです。今思えば当たり前なんだけど、ついつい「売り出し」やら「セール」やら「クーポン」やらで張り合おうとしてしまう発想から抜け出せない事例をたくさん見てきました。

因みにスタンツァは今でも地元いわきの自分がいいと思った生産者さんの食材だけで作る、という趣味を極めています。

http://www.stanza.jp/ ←スタンツァのHPです。あまり更新していませんが、、、

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