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変わるものと変わらないもの

こんにちは。梅雨で髪の毛が荒れ狂ってます。そろそろイケメン美容師さんに鎮めてもらってきます。

誇るべき我が友の話

以前、投稿して数時間で引っ込めた幻の記事「無職だから【心のゆとり編】」にて、私の友人・さくらいちゃん(仮名)を紹介したのですが、先日彼女からハーゲンダッツを奢ってもらっちゃいました。
その前日くらいにnoteでアイスへの愛を語った記事を書いたばかりだったので、「これは彼女並びにアイスからの『アイスを食べなさい』という啓示である」と受け止めました。
正確に言うと、彼女のお仕事を少し私がお手伝いしたお礼に…って書くとかっこいいですが、実際はちょっとした質問に答えただけなのに彼女がわざわざ気を遣ってLINEギフトを贈ってくれたのです。恐縮しつつ、でも大好物なので美味しくいただきます。さくらいちゃん(仮名)ありがとう。
タイトル画像は貰ったアイス。写真撮ろうとしたら猫が興味津々でした。お前にはやらないぞ。

彼女とは、中学時代から15年以上の付き合いになります。中高の女子校6年間で苦楽を共にしたいわば戦友みたいな感じ。なんと大学も同じ、卒業してお互い社会人になってから今でも定期的に会える仲です。
中学時代から「世界をまたにかける女になる!」と宣言していた彼女は有言実行、現在まさに国内外で影響力を持つ重要な人物付の美人秘書としてバリバリ活躍しています。
昔から人に(もちろん私にも)優しくて、人の心を(もちろん私の心も)読み取る能力にも長けていた彼女はきっと、その資質を今のお仕事でも存分に発揮していることと思います。友人アゲをすることで何もしてない自分まで誇らしくなってくるふしぎー!

交友関係の変化

そんなさくらいちゃん(仮名)は私の数少ない貴重な友人のひとりなのですが、改めて自分の友人関係を振り返ってみると、私の交友関係は本当に狭いです。

小中高ともともと友達が少なかったうえに、かといって大学や社会人での付き合いが増えたかというと、そんなワケでもなく。
そしてもともとの友人とも、それぞれの生活環境など様々な事情からだんだんと疎遠になっていって…今気兼ねなく連絡を取れる友人は、本当にほんの数人だけです。
「数は少なくても、その少ない友人ひとりひとりを大事にしよう」と考えられるようになったのは実はつい最近です。20代までは、他の友人知人と比べては自分のスカスカのスケジュール表を見つめて落ち込んだりとかしてました。

久し振りに会いたい友人もいるにはいるのですが、実際に声を掛けるのは勇気が要ります。
このご時世というのもあるし、中高時代は特に理由もなく「一緒にかえろー」で下校できていた仲でも、就職や転居や結婚出産など色んな事情から会わない期間が長くなればなるほど、突然の声掛けに相手はおそらく身構えてしまうだろうし、当時どれだけ仲が良かろうと序盤の会話はどうしてもお互い探り合い気を遣い合い…になるだろうし。
離れている間の年月で自分が色々経験したり変化したりしているのと同じように、相手もまた自分の知り得ない所で成長したり変化したりしているんですよね。
数年ぶりの再会で埋められる程度ならいいけど、どうやっても埋まらないほど深い溝かもしれない。けどそれが普通のことだし、仕方のないことなのですよね。「それもまた人生」という誰かの言葉を借ります。
現在の関係性が変わってしまっても、かつてあの時あの場所でキラキラした時間を共有できたという思い出は変わることのない事実です。そのことに感謝し、大切に胸の中にしまい、数十年後にでもまたいつか会えた時には楽しかった思い出として笑い合えたらいいな…なんて思います。

そして、そんな風に様々変化する中でも、関係を切らずにいてくれている人達の存在は本当に貴重だと改めて感じます。
今後も自分を取り巻く状況はあれこれ変わっていくと思いますが、それでも付き合いを続けてくれる方々は大事にしていきたいです。…って率直な気持ちを文章にしたらものすごくありきたりな表現になっちゃったのが私の表現力の限界です。

まとめ

ちょっと何が言いたいか分からなくなってきましたが、無理やり「私の交友関係めちゃ狭くてちょっとセンチメンタルな気分になっちゃった、だけどそれでも繋がってくれてるみんな大好きズッ友♡」ってまとめて終わります。
あー文章力が足りないぴえん(言いたいだけ)