エラ・ヤング自伝『花ひらく黄昏』|子供の世界
わたしはごく幼いころのできごとを一連の絵として憶えている。ひとつは判じ絵だ。黒と白の歯のようなものが規則正しく並んでいるのを高みから見下ろしている――長い白い歯、短い黒い歯、規則正しく並んでいる。これはなにを意味しているのだろう。牝牛、木、花、それなら意味はわかる――椅子、テーブル、それも――けれどこのおかしなものはなんだろう?
ピアノの白鍵と黒鍵、それを抱えられながら見て驚いている子供! わたしを抱えている人物は音を鳴らさなかった。音がすればわかっただろうに。
開けはなされた扉とその先の空と陽の光、そして歌声を憶えている。わたしは部屋の暗がりから外を見ている。母は部屋の中にいる。母は柔らかな高い声で歌っている。わたしは空の青を見つめながら歌詞を聴きとる。
いとしのキャスリーン、灰色の夜明けが来る
むこうの丘に狩人の角笛が響く
別れが近いのがわからないのか?
別れが迫っているのがわからないのか?
長くなるかもしれないし永遠かもしれない
ああ、なぜ黙っているのだ、わが心の声よ
またわたしは部屋にいる。食事の席で
目の前にポリッジのボウルがある。わたしはポリッジがきらいなので、ゆっくりと少しずつ食べる。スプーンの背を上にすると、おおかたこぼれ落ちて、いちどにほんの少しだけすくうことができると気がついたところだ。われながら、なかなか上出来だ。祖父がわたしのスプーンを見てそばへやってくる。
「ポリッジを食べるときはそうじゃない。スプーンをこう持つんだ」祖父はわたしが手にしたスプーンを優しくひっくり返す。「ほら、このほうがずっといいだろう」
わたしはしばらくじっと祖父を見つめる(今でもきれいにひげを剃った学者のような顔をはっきりと脳裡に浮かべられる)。ほんとうにわたしがポリッジの食べ方を知らないと思っているのだろうか。そうなのだ。大人って、なんてばかなのだろう。
また部屋の中で、薄暗い。母の友達に呼ばれて、挨拶に連れてこられた。わたしは部屋の真ん中に立って嫌悪の目でお客を見ている。太っているし、着ている服が気に入らない。
「こっちへおいで、かわいい子、キスしてちょうだいな」
そんなこといっさいするつもりはない。わたしは動かない。彼女はわたしが恥ずかしがっているのだと思い、わたしがなにをされるのか悟る前につかまえてキスを浴びせる。わたしは息がつまり、怒りで泣きわめく。めちゃくちゃに暴れて、蹴り、噛みつこうとする。
部屋を出て安全になったわたしは、息がつけるようになるとすぐさま、顔を洗うと言い張る――なんども――なんども――なんども!
CHILD’S WORLD
Ella Young
館野浩美訳