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エラ・ヤング自伝『花ひらく黄昏』|劇場

『花ひらく黄昏』目次


 ロングフェローは母のお気に入りの詩人だった。母は型押しされた革と三方の金が豪華な大型の本を朗読してくれた。わたしたちは小さなスツールにすわり、耳を傾けた。妹のジェニー、妹のモード、そしてわたし。わたしたちは『オーラフ王のサガ』を気に入った。いつのまにか、なりゆきも理由も定かでないが、わたしたちは〈尊大なる女王シグリッド〉のくだりを演じるようになった。

 わたしたちはこっそりと演じた。かなりのあいだ、だれにも気づかれなかった。母がこのことを知ると、色あざやかなスカーフを何枚かシグリッド女王に献上してくれた。オーラフ王はすぐさま一枚せしめて戦装束のマントにした。別の一枚がシグリッド女王の侍女のものになった。それで侍女という端役を与えられた妹のモードの不満もなだめられた。わたしはオーラフ王だった。わたしたちは新たな場面を創作し、韻文でなくとも、ただの散文でもじゅうぶんだと判断した。そうと決まれば、自分たちで劇を作りあげることができるのがわかった。新たな役者が必要になったので、いとこのキャスリーンが一座に加わった。まだ観客なしで演じていたが、筋書きを練り、登場や退場も決めた。劇場もあった。母が使わせてくれた空き部屋は、いくつかの箱と大きなトランクがあるだけで、中に入っていた不用になったダマスク織りのカーテンやショールやなにかが劇団の衣装をさらに充実させた。
 シェイクスピアを研究することもなくはなかったが、題材として使うのは難しいとわかった。せりふをすべて暗記する必要がありそうだった。自分たちで作った劇のせりふは暗記しなくてもよかった。役者が言うべき内容だけを決めておいて、それぞれの役のせりふは、そのときどきのインスピレーションにまかせ、以心伝心で合図を受け取った。
 崇高な悲劇がわたしたちのおはこだった。登場人物はひとり残らず非業の死を遂げたが、埋め合わせにいまわのきわの長口上をゆるされた――渾身の熱弁に、ときに演者全員が涙した。
 そういった死をとりわけつらく感じた妹のジェニーは、すくなくとも主役級のひとりを生き残らせるよう懇願した。だが水準を下げるわけにはいかなかった。
 大道具はひとつもなかったが、古い城まで遠出したときは別だった――壁の厚い方形の砦はきわめて堅固で、とうに忘れられた戦と閑却のうちに戦闘と発破によってもたらされた破壊を除けば、時に滅ぼされることもなかった。地下牢や、厚い壁に刻まれた階段や、張り出し窓が――荒れ果てた閨房や宴会の間が、まだ形を留めていた。こんな道具立てにおいては、劇はおのずから生まれた。城壁のすそで渦を巻いている滔々たる川のきらめく流れを除いては、あらゆるものが利用された。わたしたちの劇にはボートが――水上からの救出と脱出が――存在するべきだったが、わたしたちはボートを持っていなかったので、その場の迫真性を架空のボートでだいなしにするのはよくないと感じた。

 石は、土や砂より強固に記憶を蓄えるのだという。あの城の石は悲嘆と殺戮を知っていた。その数々の記憶、壊れた壁に生えた草や小さな花々に混じって、繚乱と花ひらいたわたしたちのこけおどしのごっこ遊び、「われらが悲しみはただ悲しみの影」はさぞかし場違いだったにちがいない。


THEATRE
Ella Young

館野浩美訳