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島ぽる記①


※写真などのネタバレありかも。

 「島ごとぽるの展」の詳細が発表されて数日。死ぬまでに一度くらいは因島に行きたい、いや、行かねばならないと思っていたので、絶好のチャンスだった。

 とはいえ、行くとなれば数日間まとめて休みを取らなくてはならないし、如何せん交通手段も限られている。効率的に各イベントを回る方法を考えなければいけないし、経済的な心配もあった。

 あれこれ交通機関を調べた結果、三原から高速船で行くことにした。
前日午後に三原に到着。新幹線を降りた瞬間から暑く、すぐホテルにチェックインした。

 

三原駅は大きなだるまが出迎えてくれる
あと、タコが特産だそうで

翌朝、ごはんを食べてから三原港に向かう。歩いてすぐとはいえ、風もなく朝とは思えない強い日差しが降り注ぐ道を歩くのはやはり億劫だった。乗船券を購入すると、アナウンスの方が乗り場や乗り方を説明してくれた。
9時すぎの乗船場には高校生やスーツ姿の人も船を乗り降りしていく。私が通勤で電車やバスを使うように、日常の一部として高速船を利用しているのだ。一方私は小学生以来の乗船だ。酔い止めがちゃんと効くかどうか心配していた。
 船酔いを気にしてなんとなく外に座っていたが、暑い。船のスピードも出ているので風もあるのだが、気温のせいかぬるい風だ。
でも視界に入る海と島々の風景はとてものどかで、「旅行に来ているな」感があってうれしかった。

土生港ターミナル。Jazz Upの風景だ!

 土生港に到着。すぐ隣の建物に「ぽるの思い出写真館」を見に行く。着くのが少し早かったので、寄せ書きを眺めながら開場を待つ。大きな布の中で、ペンを滲ませることなく小さいスペースに読みやすい字で簡潔に気持ちを書いている人は尊敬する。

尾道市営駐車場の建物を入ると真正面でお出迎えされる。

 写真館は撮影不可なので詳しくは書けないが、会場内にある扉の仕掛けはパカパカ開くのでぜひ開いて覗いてもらいたい。
 観光協会の人から今年国の重要文化財に指定された大浜埼灯台の話を教えてもらった。灯台が重要文化財に指定されるのは広島県内では初めてで、かつ旧因島市でも重要文化財指定は初めてのことなのでとてもおめでたいのだと言う。灯台をモチーフにした缶バッジをデザインする際に少年2人を描くか帽子をかぶった女の子を描くかという話し合いがあったんだそうで…。
 去り際、観光協会の方が「あ、私も岡野っていうんですよ。ここ(因島)って岡野姓の発祥なので岡野さんがたくさんいて、私も島を出るまで苗字で呼ばれたことがなかったんですよ。下の名前じゃないと区別がつかないから」と笑って仰っていた。どうりでgoogleマップで調べた時に「岡野」という名前のお店が多かったわけだ。昭仁さん親戚めっちゃ多いのかなとか思ってしまった。

 レンタサイクルを借りる。ヘルメット着用が必須とのことで、持参した帽子はやむを得ずカバンに片づけることに。顔に紫外線が突き刺さる無防備な状態となってしまうが、仕方ない。
さて、ミツイシヤに向かって出発だとペダルを漕ぎだしたとたんにバランスを崩しかける。
…自転車乗れなくなってる!?
いや、まず自分が普段乗ってる自転車と違うのだ。普段乗る自転車はサドルを低くしており、ハンドルを握るために伸ばした腕がちょうど身体と垂直になるくらいの角度、感覚としては背もたれのある椅子に座っている時と同じような姿勢(伝わるのかこれ?)で乗っているのだが、今回借りた自転車はハンドルとサドルが同じくらいの高さのため、ハンドルを持つと身体が前傾姿勢になってしまう。
本来はこれが正しい姿勢なのかもしれないが、慣れない私にとってはどうもバランスが取れず、両肩から腕に力が入ってしまう。「土生港から海沿いの道でペダルを踏む」という楽しみはどこへやら。

 ひたすらフラフラしながら海沿いを走り抜ける。途中、曲がるところを間違えたりしつつ、ミツイシヤに到着。


最近あまりお目にかかれない「地域の音楽を一手に担っているお店」の店構えだと思う


 お店(休憩所側)のそばに数台停められる駐輪場があるので、自転車の人は安心してもらいたい。軽自動車がやっと通れそうな細い道なので、もし車で行く場合は全力で徐行してもらいたい。もしくは控えたほうがいいかも。
 お店は道を挟んで休憩所と展示&物販に分かれていた。休憩所では営業していた頃からずっと置いているであろう大きなオーディオでライブDVDを見ることができる。島にとって音楽の中心地だったんだろうなぁと思う。
 お店(物販側)では歴代CD&DVDがたっくさん並ぶ。あとポスターに全書のロゴも。
すっかりパッケージが日焼けした若かりし日の某アイドルの缶バッジやポスターがおそらく当時のまま店内に残っており、そっちも気になってしまった。
Tシャツを買ったらおばさまに「これから自転車で行くの?さっきの人もね、自転車で行くって言っててね、60歳ですって。負けんとがんばってね」と優しくお声がけいただき、塩分タブレットをもらった。
 すみませんおばさま。私はその1時間後くらいに挫折しました。

 それから因島アメニティ公園を目指して自転車を漕ぐ。「ほんとにこっちで合ってる?」と時々心配しながら分かれ道を行き、県道120号線から国道317号線に進む。その間、ずっと日差しの降り注ぐ上り坂だった。
 どこからが下り坂なのかわからないまま道を進む。早く下りにならないかな、とも思うが、傾斜が急なのでそれも怖いなと考えながらだらだらと進む。周囲は山なので、トカゲが走り抜け、頭上をカラスアゲハが飛んでいく。干からびたミミズの死骸が夏の厳しさを訴えてくる。途中でペダルを踏む力もなくなったので、自転車をつきながら歩いた。標識を見れば「傾斜7%」の文字。
 帰宅後にこの%表記について調べたが、100m先が何m上下しているかという「勾配率」を示していて、100m先の地面が7m高くなっていると考えれば、かなり急な坂だった。トンネルに入ると、風が通り抜けて若干体力が回復する。スポーツドリンクを飲んで咳き込んだ。
そこからは下り坂。ようやく自転車にまたがろうと思えた。つま先で地面を蹴ると自転車は勢いよく走り出す。ここを下りきればあとは平坦だから、もう大丈夫だと思っていた。

山と青空。風景は本当にきれい。

 上りと同じく急激な坂をブレーキを握りしめてゆっくり下っていく。しかし、だんだんブレーキを握る手に力が入らなくなっていく。震える手で何度もハンドルを握りなおす。両足を地面に滑らせて、どうにか坂を下りきった。
信号待ちで左足に違和感を感じて見てみるとサンダルが壊れていた。坂道で酷使しすぎたのかもしれない。

 それでもなんとか因北小学校まで来たが、マップを見ればここからさらに4㎞くらいあるらしい。
 この状態で公園に到着したとして、サウンドウォークして、無事に土生港まで戻ってこられるのかという疑問が頭をよぎった。すぐに無理だと答えが出た。すでに歩くのが難しかったからだ。

 泣く泣くもと来た道を引き返す。確かに自転車に乗らなくなって6年くらい経つし、普段からあまり歩く習慣もない。それでもこんなに体力が衰えているとは思わなかった。高校、大学時代は毎日乗り回していたから何とかなると思っていたのはとてもとても甘い考えだった。こんなに暑いのに、ウグイスの鳴き声が聞こえた。

自転車を返却して、ようやく一呼吸ついた。
涼しいベンチに座り、心身が落ち着くのを感じた。

(島ぽる記②に続く)


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