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【上演台本】イオンモール

上演台本「イオンモール」

登場人物

バームクーヘン
琵琶湖の石

お能
坊主頭
エロがっぱ

ダンス船長
背の高い中国人女性ビオラ
蓄音機の男
アホ1
アホ2
アホ3

当パン用「上演にあたってのごあいさつ」

今年の秋、大阪に、未曾有の大きな台風がきました。瓦が飛び、トタンが舞い上がり、大木が倒れ、電柱が折れ、空港は浸水し、橋は崩落しました。ニュースによると、私たちが共に何度となくくぐったあの水門は、当日の朝には閉鎖され、高潮による被害をいくばくか抑えたと聞いています。私は大阪市南部で築90年になる古家に住んでいますが、なんとか持ちこたえることが出来ました。それはもうたまたまだったのだと思います。現在は、カタツムリのローションパックをしながらパソコンに向かい、上演をイメージしない戯曲を書くほどには前向きで平和です。大きくても小さくても被害にあわれた皆さまには心よりお見舞い申しあげます。


シーン0 旅人

百均で買った黄色いバインダーを脇に抱えたビオラ、舞台上手奥に現れる。
えんじ色のサンドレスを着ている。バインダーに挟まった紙には、ご予約のお客様リストがOSAKAのフォントで次のようにつらつらと打ち出されている。人数や日時など、他に何の情報もなく全く要領を得ない。しかしその内容は誰にも見えていない。

『本日ご予約のお客様
 
盲目の女子高生シンガーソングライター
オンライン・ポーカーで暮らす旅人
プロテインマン
成都から来たKinKi Kidsファン
2人とも体重90キロくらいのムスリム姉妹
スヌーピーという名の青い魚
カラーオーラをみる女
バージニア州の中学教師
ソウルの恋するホテルウーマン
タイ・レストランの娘
ベルリンの俳優
フレンチドゥームメタルのギタリスト
ウォシュレットの開発者
台湾人の彼氏
母と息子の二人連れ
生後4カ月の赤ちゃん
吉野家が好きなインドネシア人とマレー人の若いカップル
象に乗って人生をコンプリートした中国系オーストラリア人の男の子
アイロンをかける彫りの深い大男
静かな韓国人
オンライン・イングリッシュ・ティーチャー
黒猫白猫

以上』

ビオラ、バインダーを開いてしばらくぼんやり眺めたあと、舞台中央までさっさと歩き、膝を立てて座る。

照明 溶暗


シーン1 焼肉屋

あかりがつくと、ビオラが、焼肉屋の板の間に膝を立てて座っている。じゅうっと肉を一切れ焼き、大きな声で言い放つ。

ビオラ:人生は短いわよ!

(これはたぶん、いや、確か、英語だったと思う。)

照明 暗転
暗転は嫌いだ。かっこよすぎる。


シーン2 デッキ

夜。船のデッキのようである。思い思いの場所で、男たち、アホ1・2・3が、妙なメロディで歌い、妙に踊っている。しかしあからさまなお笑いではなく、こんな民俗芸能もあるかもしれない

アホ1:ひえひえ~

アホ2:ひえひえ~

アホ3:ひえひえ~

アホ1:ひえひえ~
アホ2:ひえひえ~
アホ3:あ、ひえひえ~
アホ2:ひえひえ~
アホ3:ひえひえ~
アホ1:ひえひえ~
   
アホ2:これなんの歌やった?
アホ1:わからん
アホ2:なんで急に出てきたん?
アホ3:しらん

アホ1:ひえひえ~
アホ2:ひえひえ~
アホ3:あ、ひえひえ~
アホ2:ひえひえ~
アホ3:ひえひえ~

船舶用消防散水ホースで水をかけあってもよい。しかしあくまでもはしゃぎすぎず、ともすれば美しい。

舞台上手または下手に、いつの間にか現れていた蓄音機の男が針を落とす。
   
音楽 IN 「とんがらかっちゃ駄目よ」渡邉はま子 F.O.
 

シーン3 夏休み

明るく静かな夏の海に小船が浮かんでいる。骨、琵琶湖の石、お能、風の4人が乗っているが、風はみえない。全員女性である。20代から30代くらい。ラフで淡々とした服装。

 
骨:うちら、しばらく気失ってたんかな。
石:船、よう壊れんかったな。
骨:台風本気出したらこんなことになるんやな。
石:なあ。
風:あたりまえやん。なめてたらあかん。

石:ここどこ?
骨:さあ。
お能:さっき防弾少年団のテテ泳いでいった。
骨:テテ? 
石:テテ?
お能:BTSしらん? K-popのアイドル。ああん あの顔であのバリトン♡

骨:・・・韓国なんか。

石:そうか。わりと近くや。よかった。地球の裏まで流されたかと思ったわ。

骨:そうか、韓国なんか。
お能:どうしたん。

骨:いや。 
    
  なーんや、
  はるばるきたなー。
  遠かった。

  いや、
  わりと近いかな。
  でも、
  わー、
  よかった。

  今は、
  いつかな。
  うちら、どれくらい気失ってたんかな。

風:1300年。

 
骨:ちょっと泳ごかな。

骨、服を脱ぐと夏休みのプールの時の子供のように下にスクール水着。お能と石も、同じように水着になって海に飛び込む。

 
風:ああ、泳いどき。ご飯までには帰っといで。

骨:ああ、きもちええなー きれいなー。 
お能:うんー。
石:静かできらきらやなー。
骨:ららら ひとも まちも きらきらやなー。
石:なにそれ~。
骨:イオンモールの歌。100年くらいループしてて殺したい。
お能:ああ、またテテ泳いでこーへんかなー。
風:くちびる青なるから帰っといでー。

骨:もうちょっと泳いどくー あ、このへんちょっと溶けてきたー。

琵琶湖の石と、お能と骨、うららかな海に溶けてゆく。


シーン4 フィナーレ

坊主頭、エロがっぱ、バームクーヘン、ダンス船長、舞台中央に並んで立っている。大きなスクリーンには、ヌートリアの家族が川べりで、仲良くちょろちょろと泳いでいる映像。4人は、それぞれに次のような内容を心の中で唱える。

何も起こらないに決まっている。期待なんかしないでほしい。馬鹿みたいだ。しょせん鳥のもも肉をバナナで煮込んだ料理を食べながら箱馬に乗っているだけなのだし、ホーチミンとプノンペンとジャカルタには、イオンモールがあるからといっても、女は海だと歌いながらパラパラ踊るくらいにはそつなくやってきたはずだろう。いや。どうだろう。ちょっと結構ひどいことばかり起こりすぎているからバリウム飲みながら無痛分娩中みたいな気分になっているだけかもしれない。へえ美しい皺ですか。そんなものがあるんなら私の目の黒いうちは金輪際許さない。ごめんなさい。言葉の使い方よく知らない。途中。そして、私たち、船に乗った。


 「そして、私たち、船に乗った」のあと、
 さらに次のような表情をする。

そういうタイトルの古い映画があったような気がするが、たぶんぜんぜん違うだろう。ちょっと気持ち悪いけれどまあいいや。

 
それは「そして船は行く」というフェデリコ・フェリーニの古い映画のことなのだが特に関係はない。時間はそれぞれのタイミングで良い。終わったらひとりずづ下手へはける。誰もいなくなる。映像だけが残る。

                                    (終)

        
                                                                                                                                   


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この上演台本は、2015年と2016年に行われた大阪の川、堀川、港を巡る船のツアーパフォーマンス「5つの船」「7つの船」に出演した際の記憶の断片です。一連のプロジェクトの作家、梅田哲也氏による、2018年11月24日発行の zine for new fune「入船 ニューふね」 に掲載されました。

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