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スコアの見方

 団によっては全員がポケットスコアを購入しなければならないところもあるし、スコアを持っているのは指揮者だけというところもあるだろう。建前としては、その団が使用しているパート譜、指揮者のスコア、団員各自が持つポケットスコアの版は同じものを購入し使用するべきである。本音としては、インターネットにアップロードされているものでも構わないので、全員がスコアを持っていた方がいいと思っている。中学生や高校生の場合、親からもらえるお小遣いではスコアを買うゆとりがないこともある。スコアだけのために体に負担をかけるほどのアルバイトをするのもいいことではない。インターネット上の楽譜は著作権問題をクリアできていないものもあるし、校訂の履歴が不明なものも多いというのは承知しているが、うまく利用すべきであると思っている。

 スコアに鉛筆やカラーのマーカー等で書き込みをしていい状況なら気づいたことをどんどん書き込んだ方が勉強になる。そういうことを気兼ねなくするにはインターネット上のPDF化された楽譜を「小冊子印刷」としたものが便利である。小冊子印刷はAcrobat readerの印刷方法であり、「小冊子」のオプションをクリックしA4サイズの紙に印刷し、半分に折れば製本されたポケットスコアのようになる。

 初めてスコアを見る初心者の場合、CDやYouTubeなどの演奏を聴きながら楽譜を追いかけるという練習から始めるのがお勧めである。メロディーを追いかける練習をし、次に自分の弾くパートを見ながら追いかけられるようにする。この段階では、スコアはまだやたら譜めくりの多いパート譜でしかないのかもしれない。それらができるようになったら、スコアリーディングと呼ばれる作業に入るが、その前にスコアに解説文があるなら読むといい。解説文にはスコアリーディングのヒントとなるようなことが多数書かれている。

 スコアリーディングでは、下のような項目について「探す」という作業をすることから始めてみるのがお勧めである。「探す」ことができるようになってきたら、それらの情報を元に「解析する」ということができるようになる。解析する項目は中級以上の難易度であるので、まず初心者は色々な項目を「探す」ことができるようになってほしい。

 ●「探す」項目
・メロディー担当のパートを探す。
 ・自分と同じリズムで演奏しているパートを探す。
 ・自分のリズムやメロディーはどこから引き継ぎどこへ引き継ぐのかを探す。
 ・リズムを刻んでいるパートを探す。
 ・和声を形成しているパートを探す。

 ●「解析する」項目
 ・自分のパートがメロディー、リズム、和声のどれを担当しているかを解析する。
 ・曲のモチーフがどのように展開されているか解析する。
 ・和音のコード進行を解析する。
 ・曲の構成について解析する。
 ・曲のクライマックスについて解析する。
 ・曲の背景について解析する。

 スコアを読めるようになるために教える都合上、曲がメロディー、和声、リズムの3つの要素から形成されていると私は教えている。その3要素をスコア中に探せるようになれば、曲への理解がだいぶ深まる。曲の3要素がわかるようになれば、自分のパートの役割も理解できるようになってくるはずである。

 曲の構成とは、ソナタ形式などの形式理解や、主題部、展開部、帰結部などの理解のことである。モチーフは曲の主題となる短いメロディーのことである。モチーフを探すことについては、ベートーベンの交響曲5番「運命」を題材に解説している資料がインターネット上にたくさんある。そこまでできるようになればかなり演奏自体が上達するだろう。

 曲のクライマックスを解析することは意外と難しい。フォルテの数で考えたり、同時に弾いているパートの数が多いかどうかで考えたり、大太鼓やシンバルがでてくるタイミングを考えたり、色々な方法がある。演奏する時は、クライマックスで出す音量を最大とするために、他の部分を多少抑えて弾かなければならないことがあるというのを理解できるようになるかもしれない。『運命』のクライマックスは4楽章の冒頭である。そこは、非常に長いフォルティッシモの開始点であり、何よりも、交響曲の歴史上で初めてトロンボーンが音を鳴らした瞬間である。それも、トロンボーンにしてはかなり高い音程である「ド」がいきなり鳴るのである。そして、そのメロディーは主題提示部の繰り返しで2回、主題再現部で1回の計3回も繰り返されるのである。ベートーベンが運命に打ち勝ったと解釈される場面でもあり、この交響曲全体の中のクライマックスである。

 曲の背景解析は、目的としている曲のスコアだけでなく他の関連曲のスコアも読んだ上で行うことになる非常に難易度の高い音楽の学習方法である。例えば、『運命の扉を叩く音』とされる1楽章冒頭のリズムは、この交響曲5番だけでなく、ベートーベンのピアノソナタ1番1楽章、ピアノソナタ23番1楽章、バイオリン協奏曲などにも使われている。ベートーベンの交響曲3番2楽章の伴奏にも登場する。ベートーベン以外にもこのリズムが使われている曲はいくつもある(シベリウス交響曲2番4楽章冒頭など)。運命の意味を込めて使っている例もあるし、そうではない例もある。そもそも、ベートーベン自身がこのリズムを運命の意味を込めていたかも定かでない。そのようなことを勉強していくとその局への理解が深まる。音楽のプロフェッショナルでないなら、誰かが行った背景解析を読み、その内容をスコアに落とし込むだけで十分である。スコアの前文にも書かれているので、それを読むだけでも理解が深まる。

 スコアリーディング以外にもスコアを使うことがある。自分の譜面に印刷ミスがないかどうかを探すのに使うこともある。パート譜の音が間違っていないか、スコアの中の自分のパートの音と照らし合わせたり、同じ個所の他のパートの音と照らし合わせたりする。強弱についても自分のパートだけ他のパートと違う指示がないか確認する。作曲者があえてそのようにしている場合もあるし、校訂不足ということもある。作曲者が特定のパートだけ強弱記号を変えているようであれば、その意図をくみ取り演奏に反映する必要がある。例えば、ベートーベンの「運命」の4楽章の300小節のトロンボーンや374小節のトランペットなどは、パート譜だけでなくスコアを見ることによって吹き方の理解が深まるのではないだろうか。パートによっては休みがあちこちにあるが、休みの後、指揮の合図だけでは入りにくいことがある。そのような場合、スコアで他のパートを見て、他のパートが何の音をだしたら次入るか、ということを確認するためにもスコアを使う。複雑なリズムやメロディーについても、他のパートと組み合わせると単純な音楽となることがある。そういう点についてもスコアで確認する。

  スコアリーディングをすることによって、CDやYouTubeを聞いた時に今まで聞こえてこなかった音が聞こえるようになったら、そのスコアリーディングは決して間違えでなく大成功である。そして、スコアリーディングの最終目標は、その曲の解釈を決定することである。スコアには色々な指示が書かれているが、どれも精密性にかけた表現となっている。例えば「フォルテ」と書かれていても色々なフォルテがある。その色々なフォルテをどう演奏するか、が解釈となる。弾き方の根拠となるスコアリーディングを大切にしてもらいたい。

ベートーベン 交響曲5番4楽章 299小節~
Tromboni(トロンボーン)のアーティキュレーションは他のパートと異なる。


ベートーベン 交響曲5番4楽章 370小節~
Trombe(トランペット)のアーティキュレーションは他のパートと異なる。

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