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Revenant Doll 第24話

第3部

6 理科室


 鬼さんこちら 手の鳴る方へ
 
 女児二人と男児一人がはやし立てながら、「理科室」の札が掛かった扉を通り抜けて室内に消えた。誘い込もうという意図が露骨過ぎる。
 
 「若君様、ここは私が」とメアリー・ウッドフォードが申し出た。

 行動を開始する前、彼女に「お幾つですか」といささか失礼な質問をしたところ、「二十四歳です」と答えた。ガナード家に女中として採用された時の年齢で止まっているのだろうが、それでも見た目より若い。そしてはかなげな外見とは裏腹に、遠慮のない話し方をする。

「お待ちなさい。何も『十三人目』になるのを急ぐ必要はないじゃないですか」
「そんなに私が頼りないですか?」
「いやいや、お二人のお手並みはじっくり拝見したい。今日はなるべく三人で離れずに行動しましょう。ねえ?」

 そう言って背後のハッサンを振り向くと、彼は両手を広げて大きく頷いた。エドの従者では「最後の二人」なのだから、粗略には扱えない。後悔のタネをこれ以上増やすつもりはない。

 嬉野小学校第二次調査の二日目、桐谷警部補は前夜と同じ儀式を行い、俺は調査が手付かずの四階建て校舎に踏み込むという形で、別行動を取ることになった。
 桐谷警部補の儀式をメアリー、ハッサンの二人にガードさせるという俺の案にエドは難色を示し、儀式場は自分が担当すると言い張った。前夜ちょっとした諍いがあった警部補を、自分の監視下に置きたかったのかもしれない。 
 俺としても強いて反対する理由はなかったので、彼の主張を受け入れた。警部補が儀式を始める午後九時を期して、吸血鬼の従者二人とともに四階建て校舎に踏み入った。

 突入後すぐに、そこらじゅうを徘徊する霊に直面した。トイレ横の洗面所では数人の児童が手を洗ったり、透明なバケツに音もなく水を汲んだりしている。バケツを持った女児は楽しげに俺たちの頭上を飛び越え、廊下の暗がりに消える。
 これまで歩き回った三階建て校舎の静けさは何だったのか。最初からこの四階建て棟に踏み込んでいればよかったと悔やまれるほど、児童の霊は俺たちの周囲を跳ね回り、現れては消え、賑やかなことこの上ない。
 やがて児童らは俺たちに挑発的態度を示すようになった。明らかに俺たちは歓迎されていないが、そのレベルは「手の鳴る方へ」と嘲弄される程度ではたぶん済みそうもない。そして「互いの歩み寄り」といった交渉ごと的手法は、基本的に悪霊には通用しない。そもそもが無理ゲーなのだ。
 何にせよ俺は、校舎の解体工事を妨げている原因にようやくたどり着いた。霊障は存在した。そして津川俊助殺しと、工事を妨害する動機がどこかで繋がっているのかどうか。もし繋がっているなら非常に面倒なことになる。
 
 「ウロボロス」の文字盤を見ると、時刻は午後九時十三分。「不具合が起きているので使わないように」というエドの警告は無視した。昨晩のように「月光エコドライブ」が暴走しても、四時間以内にスイッチを戻しておけば致命的な事態は回避できると考えていた。
 スライドボタンは今、桐谷警部補にも姿が見えるよう「太陽」の位置にある。少し考えて「三日月」の位置にずらすと、俺とエドの従者を包んでいた真珠色の光が消えた。
 うまくいけば、校内に出没する霊に対してステルスモードに入れるかもしれない。
 
 理科室の扉を、三人で足並みをそろえて通り抜けた。拍子抜けしたことに、真っ暗な室内には誰もいない。霊の気配までが完全に消えている。
 
「おかしいな。仕掛けでもあるかと思ったんだが」
「若君様は何もお感じになりませんか?」
 
 それまで無言だったハッサンが言葉を発した……といっても彼は口を動かさない。オスマン帝国の宦官となった際、宮廷の機密を漏らさぬよう舌を抜かれているため、エドの従者となった今ではもっぱら思念の交換を意思疎通の手段としている。もっとも、それが通用するのは今の俺やエドのような人外の存在に限られる。
 
「どういうこと?」
「私も久しく経験していない、非常に悪い予感です。執事バトラーに来ていただいた方がよろしいかと」
「脅かさないでくださいよ。俺たちだけじゃ手に負えませんか?」
 
 未熟な御曹司の鈍さをたしなめられているようで、正直なところ面白くなかった。それに桐谷警部補のサポートと監視で手が離せないエドを頼るのは、座光寺家の跡取りとしての面目を著しく損なうと思った。元宮廷奴隷の大男は不審そうに天井を睨んでいる。
 
「上の階に何か感じます?」
 
 ハッサンは天井から目を離さず、俺の問いに黙って首を左右に振る。つられて俺が見上げた瞬間。
 
 お前見ただろう
 
「え?」
 
 それは言葉ではなく「ダイレクトな意味」として俺の意識に送られてきた。だから相手の老若も男女の別も分からない。こういうコミュニケーション方法は「彼ならでは」だと思ってハッサンに声を掛けたのだが、彼も心当たりがないらしく、俺と顔を見合わせるばかりだった。
 
「何か言いました?」
「いえ、何も」
 
 見ただろう
 
 どうやらエドの従者は無視して俺にターゲットを絞っているようだ。俺が「何か」を見たことに対する嘲弄のニュアンスを交えた非難なのは分かるが、やり方の陰湿さにイラっとくる。
 
 
 鬼さんこちら 手の鳴る方へ
 
 この三発目は物理的に来た。子供数人の放つ声が、校舎全体に轟くかと思うようなもの凄いボリュームで炸裂した。
 
「うっるせえなこん畜生、そこで待ってろコラ!」
「お待ちください!」
 
 キレることの爽快感を味わうのは久しぶりだった上に、あまりにも快いその勢いに俺は身を任せてしまった。ハッサンの制止を振り切り、天井を突き抜け二階へ舞い上がって……そこで意識が遠のくというのも、残念ながらお約束の展開であった。
 
 
 

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