裏表アニミズム


 僕の愛車は黄色いミライース。
小さくて可愛い見た目とは裏腹に、
どこまでも連れていってくれるタフさを
その身体に秘める僕の相棒です。

愛称は“ミラちゃん”。
擬人化するなら、
影響されやすいところのある、
面倒見が良く家庭的で一生懸命な女の子。
妹に包容力のあるムーブちゃんがいます。

僕は、自分の車を女の子だと思っている、
という訳では流石に無いのですが、
どこかそれに近しいものを感じることがあります。

例えば、長いこと洗車をサボって
泥だらけになった愛車を目にした時、
ミラちゃんが洗って欲しそうに僕のことを
見ているような気がしてなりません。

彼女のいじらしい視線にどうしようもなくなって、
僕は仕事で疲れた重たい体を引きずって
洗車をするのです。

オイル交換や室内の清掃、
僕は本来ズボラな人間で
そんなことをマメにやるタチではないのですが、
どうにも彼女に求められている気がして、
その期待を裏切ることが出来ない。

言葉は交わせなくとも、
冷たい機械の身体だとしても、
僕にはその車体に心が宿っているように
思えて仕方がないのです。

ミラちゃんは新車で購入しているので、
僕の為に生まれてきた女の子ということに
なります。

生かすも殺すも、僕次第。
僕には、ミラちゃんを幸せにする義務があります。

しかし、僕には
“より多くの新しい経験や体験を積むべきだ”
という人生の信条があり、
ミライースはあと四年で降りることが
決まっています。

僕は、ミラちゃんと添い遂げることよりも、
別の女と新しい景色を見ることを選びました。

彼女を真に愛していながら
このような不貞を働く僕に、
どうか石を投げてください。

次の乗り手に愛して貰えるように。
僕が彼女のメンテナンスを欠かさないのは、
純粋な愛情の裏に別れの光景を見ているから。

きっと、彼女は勘づいてもいないでしょう。

透き通るような青空の下も、
世界に二人しかいないような夜空の上も、
槍のように降りしきる雷雨の中だって、
僕達は一緒だった。

自分を愛してくれた男との最期に待っているのが、
彼女にとって一世一代の裏切りだなんて。

その時、ミラちゃんは笑顔で
僕を送り出してくれるでしょうか。
怒るでしょうか。泣き出してしまうでしょうか。

互いの心臓の拍動でしか
彼女と通じ会うことの出来ない僕が
ミラちゃんへ別れを告げられるのは、
僕以外の誰かが彼女のエンジンを回した瞬間。

それは彼女の限界であり、僕の限界に他ならない。

今夜も僕は、仕事を終えて
彼女と手を繋いで帰るでしょう。

この道の先に別れがあることを知っている僕は、
ミラちゃんへ愛を伝えずにはいられない。

それは、彼女にとって、
この世界に生まれてきたことへの祝福であり、
しかし、何よりも重い呪いへ化ける
悪魔の囁きに違いないのでしょう。

それでも僕は、彼女を愛してしまったのです。

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