【エッセイ:テーマ『絵本』】瞬間を刻む、絵本のリアル/愛犬の闘病絵本制作にあたり想ったこと

愛犬の闘病絵本『ユキちゃんだいすき』について、闘病生活を経ての自分の想いをエッセイとしてまとめたものがあったので掲載します。

☆絵本は別の記事で販売しております

2017年の11月末ごろに書いたものです。ユキが亡くなってすぐです。描きかけの絵本に残されているユキの姿にぼろぼろと泣いていたころです。

今は、この状態よりもある程度気持ちを立て直し、やっぱり形にしてみたいなぁ、と、思うようになっています。

このエッセイもある意味で、自分が愛犬ユキの闘病や逝去と向き合って、歩んできた記録の、ひとつです。

テーマ『絵本』でのエッセイのコンテストに応募したのですが、落選したものなので、著作権は自分にあるままです。

今後、まとめ本に入れるかもしれません。

※闘病の描写、暗め(落ち込み気味)の内容などを含みます。それを通して、絵本というものについて思ったこと。

現在実際に販売している絵本は、そこから立ち直って、前向きな内容です。

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エッセイ:『瞬間を刻む、絵本のリアル』

 私の絵本が完成する前に、愛犬は帰らぬ存在となった。
 私が愛犬をモチーフとした絵本の執筆に挑んだのは、愛犬のガン闘病が始まって半年が経過したころだった。当時は週に一回だった抗ガン剤治療。発病前と全く変わらずに、出来ていた散歩。日常生活。私たち家族も愛犬も、治療のために通院をする以外はほとんど変わらず、それまでの生活を送れていた。それはかかりつけの動物病院が大切にしてくださっていることであり、私たちが意識的に、心がけたことでもあった。
 愛犬の闘病は、二年に及んだ。薬の副作用で筋力が落ち、元来強くはなかった足腰がじわりじわりと弱まっていった。それでも、補助なしで歩けなくなるまでは、一年半もった。愛犬は散歩と食べることが大好きで、治療も嫌がらない。病院と、そのスタッフさんが大好きで、抗ガン剤の治療以外で受診した際には、病院を出ても中に戻ろうとしたくらいだ。というのも、抗ガン剤治療の場合は朝病院に預けて夕方に迎えに行くのだが、通常の受診であれば診察後そのまま帰宅することになるからだ。愛犬は、病院に預けられることをごくごくすんなりと、受け入れていたのだろう。
 愛犬のガンの型は、少数派のものだった。治療が効きにくい型だと告げられていた。そういった事情も考慮して、私は、ガン告知の当初から、愛犬の闘病の記録を文章などのかたちにまとめることを視野に入れていた。その一つが、絵本だったのだ。
 題名は『ユキちゃんだいすき』。ユキというのは愛犬の名だ。内容は、ユキが好きなものを挙げていき、最終的には私たち皆がユキを大好きだという一文で終わるものだ。ユキの好きなもののなかには病院も入っていた。それから、散歩も。挿絵も考えており、何ページかは描き終えてあったが、筆が止まっていた。それはただ自身の画力にもどかしさを覚えてのことだ。そうしている内に、ユキが歩けなくなった。想定もしなかった。知っていたら、一年もの猶予を有効に使えただろうか。
 ユキが自立できなくなっても、私たちはユキにひとつでも楽しい思いを積み重ねてもらおうと、ユキの好きな散歩に連れ出した。歩行補助用の特殊なハーネスを使用すれば、ユキは歩くことができたからだ。私は腰を九十度近くまで曲げて、ハーネスを支えた。ユキと並んで歩いた。そんな折にふと、描きかけの絵本の存在を思い起こしハッとした。ユキの好きな散歩のページ。そこに挿れる予定だった絵は、何の迷いもなく、シャッキリと、“いつも通り”に、立っているユキ。散歩中に出会った他の犬と、鼻を寄せ合いご挨拶をさせて頂いているという図案だった。私は、ぼろぼろと泣いてしまった。
 ユキはもう、そんなふうに、自分で立って歩くことが出来ない。遠出も貴重となり、散歩中に他の犬と出会う機会も大幅に減った。私が当たり前のものだと思っていたその構図は、実際にはごくごく限られた刻の、僥倖だったのだ。週一回だった治療も、七日おきに二日連続というものに変わっていた。
 愛犬の他界後の今、私は迷っている。今の私には、このユキの絵本を仕上げることができない。もし仕上げるとするならば、ユキの姿は構想当時の元気なものにすることがきっと、闘病の記録としては良いのだろう。それからまた改めて、二年もの長い時を闘い抜いた姿を、描くことが最善だ。分かっていても、元気なころの姿を描くことがまだ、辛いのだ。
 絵本と言うとどうも、普遍的な印象を持ちがちだ。けれどもそこには、その瞬間の著者の、心が刻み込まれている。刹那性を、はらんでいるのだ。それが結果的に普遍的であることももちろんある。だが、それは著者がそのように描こうとそのとき思った、リアルな姿なのではないか。今の私のリアルが明視できて、ここから立ち直ろうという指標になる。絵本の在り方を、考えさせられた体験だ。

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