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転職モヤモヤ期にやった、3つのこと

こんにちは。ファンベースカンパニーの松田紀子です。

今日は私の「キャリアチェンジしなければという焦燥感」について書いてみたいと思います。

このnoteを読んでくださっている方の中でも、コロナ時代を迎えて働き方や価値観がガラッと変わり、キャリアチェンジをするべきか否かで悩んでいらっしゃる方も多いと思います。
私のキャリアチェンジはコロナ以前の話なので、どこまで親和性があるか微妙ですが、何かの参考になるかもしれないと思い、ここに残してみることにしますね。

さて、私がKADOKAWAの「レタスクラブ」編集長を退任し、ファンベースカンパニーに転職してから半年が過ぎました。

弊社はベンチャーですが、まさにアベンジャーズなみにいろんな会社からいろんな技を持ったメンバーが終結しており、その人材の多彩さに毎日刺激を受けているわけですが、同時に、自分自身が丸腰で無能だということにも気づかされる日々なのであります。

弊社のアベンジャーズ感に関してはこちらをご一読ください。

でも、私が転職前に求めていたのはまさにこの「無能感」なのだと、最近はしみじみ感じています。

一度自分が0にリセットされ、そこからもう一度立ち上がる七転び八起きの日々が欲しかったんだと(疲れるけど…)。

そして多くの先輩方が「転職するなら45歳までだよ」、と口を酸っぱくして言っているのも、40代なら、まだまだ、自分の無能さと対峙しながらも、リカバリーできる体力や精神力が残っているからなのだ…と実感しています。

私自身が転職を強く意識したのは、40歳を過ぎたころでした。その時は、「いまの古ぼけた自分のままでは、定年を迎える年齢までに、いつか力尽きてしまう。何かを入れ替えて刷新しなくちゃ」という、”出所不明な焦燥感”に胸をかきむしられていました。

編集者という仕事を愛している、コンテンツを産むことも部下を育てることもひととおりできるようになった。目標だった編集長も経験できている。だけど、今の自分にはなにかもの足りない…。

ここから実際に転職するまで5年かかるのですが、その5年こそが私にとってはかけがえのない時間だったと感じます。

このモヤモヤ5年間にやったことは、以下の3つ。

①外部の方が主催している社会人ゼミ、コミュニティに参加した
(巻頭の写真はそのときのものです)

②会社関係以外の「ゆるいつながり」を持てるよう意識した

③手元の仕事を部下に手渡すと決め、どんどん権限委譲した

↓この記事にも「ゆるいつながり」について取り上げられてましたね

その結果、社会人駆け出しのころの20~30代、つまりは平成初頭~中期で学んできた手法だけでは乗り越えられない壁がたくさんあることを身に染みて感じましたし、部下に仕事を振ることで私自身の手元が空き、「ゆるいつながり」で得た情報や出会いに、身を投じる時間も捻出できました。

迷いながらもゆるく方針を決め、それに行動をのっけていくことで、いつの間にか”出所不明な焦燥感”に胸をかきむしられる日々は消え、次にチャレンジしたいこと、すべきこと(私の場合はファンベース)への道が明確に見えたのでした。

↓ファンベースに関してはこちらをご一読ください。「ゆるいつながり」がいかに大事か、に関しても必読です。

 

自分のキャリアに悩み、真っ暗闇の中にいる人も多いと思います。

そんなときには「まずゆるく、できそうな方針を決めて動き出す」ことをやってみるのがお勧めです。今すぐできなくてもいい、いつか気分が落ち着いたらでいい。でも自分には「方針を決めて動き出すことで、動かせる未来がある」という希望があることに気が付いてほしい。

特に子育て中の女性は、「母としての理想形」との板挟みに追い詰められ、先を見据える余裕がなくなってしまいがちです。
そんなときにこそ、5年後のわが子の成長を想像して、「今ほどしんどいことはない。今だけ、今だけ」と自分をいたわり勇気づけてほしい。

5年後の自分はのびやかに笑っていると信じて!

ファンベースカンパニー 松田紀子



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