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気付いたら食べ終わっている

気付いたら食べ終わっている、ということがある。これだけで、もう言いたいことの大半は伝わっている気がするが、一応説明していこうと思う。

我々は食事の際、何がどのくらい残っているかを認識しながら食べている。いや、「我々」は主語が大きいか…。主語が大きいことは「争いのモト」ランキング第3位なので、ここは主語を小さくして、「私」に訂正しておこう。私は食事をする際、(あとハンバーグが半分は残っているな。)、(サラダはもうあと一口だな。)と、常に目の前の食べ物の残りを頭の片隅で認識している。たとえ友達と話しながらでも、YouTubeを見ながらでも、である。

先日、YouTubeを見ながらお弁当を食べていた時である。いつものように残りを認識しながら食事をそこそこ楽しんでいた。

(さーて、残り一口の唐揚げを食べて、昼食終わりにしよーっと。)とお弁当箱をのぞき込んだ。しかし、その時、唐揚げは…もう無かった…。どうやら、気づかぬうちに、もう唐揚げの最後の一口を食べてしまっていたようである。

この時の虚無感といったらない。私の口の中は「ラスト唐揚げ」モードになっているのである。しかし、無いものは無い。どうしようもない。代わりに何を食べても、私の口は満たされない。

この時だろう、失われたものは戻ってこないことや、時間は巻き戻せないことを身をもって実感するのは。この虚無感に、何と、何と名前を付けたらよいのだろうか―――。

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