エルダーの庭 ~ローズマリー一家~ § エピローグ
§ エピローグ
「こら! ブラックとベリー! そんなところ上ったらダメ!」
エルダーの庭のハーブガーデンを、二匹の子猫が走り回っていた。
黒猫がブラック。茶トラと黒のべっ甲猫がベリー。
どちらも杏樹がボランティアを始めた、動物の保護施設からやってきた子猫だ。
杏樹はその後、自信を取り戻して学校にも戻り、楽しい日々を送っているようだ。
「まだ沙也佳ちゃんとは話せていないけど、きっと、何か沙也佳ちゃんには沙也佳ちゃんの事情があるんだろうなって、思うことにしたの」
杏樹とその両親は、その後もカフェが気に入ったらしく、週末に家族でやってくるようになった。
母親の紀子とは、一緒にカフェメニューを開発する仲になったし、父親の浩は、拓人が刺激を受ける知識人らしく、庭仕事の合間と言いつつ数十分にわたって立ち話をしていることがある。
当の杏樹はすっかり強い精神力を身につけたようだ。
自分が養子だという事実も、自分にとって大切な学びだったんだと言えるほどに。
「わたしって、すごく恵まれているんだなって気づいたの。愛してくれるお父さんとお母さんがいて、エルダーの庭みたいに幸せになれる場所も見つけられた。結さんや拓人さんって味方もいる」
杏樹は結と一緒にハーブの摘み取りをしながら、楽しそうに話していた。
「でも、それに気づけなくなって、自分が誰に必要とされていないし、ひとりぼっちで怖い世界に誰にも守られずに晒されているって気分になると、怖くて仕方がなかった」
結にもそんな気持ちの時期があった。
それを救ってくれたのが、拓人なのだ。
「今ボランティアに行っている施設のネコたちって、ひとりぼっちで、本当に酷い環境の中でがんばって生き抜いてきた子たちなの。だから、最初は全然人間を信用してくれなかったり、怖くて震えている子もいる。こっちの心が痛くなっちゃうくらい」
きっと動物と心が通じる杏樹には、人より深く感じるものがあるのだろう。
でも、語る杏樹の表情には明るい輝きがあった。
「その子たちの気持ちがね、わたしには分かるの。だから、一生懸命に大好きだよ。守ってあげるよ。幸せな未来が待ってるから安心してって伝えるの。そうするとね、ネコたちの目が変わるのが分かるんだよ」
ブラックとベリーも、杏樹によって心を開いた子猫だ。
ちょっとクールな、でもベリーを大切に守るブラックは拓人に。
好奇心旺盛で何にでも突進していくやんちゃな女の子のベリーは結に。
エルダーの庭は仲間が増えて、賑やかに、そしてさらなる癒やしを与えてくれる場所になったのだ。
「杏樹ちゃんにぴったりのお仕事が見つかったね」
「うん。これから、わたし、動物看護師の資格をとろうと思ってるんだ。お父さんとお母さんも賛成してくれてる」
「わたしも大賛成! 最強の動物看護師になれるよ」
摘み取ったハーブのカゴを抱え、カフェに向かいながら、杏樹は胸一杯にハーブの香りを吸い込んだ。
「結さんも、ここで世界一みんなに幸せを届けられるカフェができるよ」
「ふふふ。わたしもそう思う!」
二人は手をつなぐと、弾むようにハーブの生い茂るガーデンの中を歩いて行った。
その後ろから、二匹の子猫がじゃれ合いながらついてくる。
少し離れたところでは、拓人が木のベンチを作ろうと木材片手に奮闘している。
ガーデンもカフェもまだまだ始まったばかり。
でも夢と希望がいっぱいにつまった宝箱のような場所だった。
「わたしはここが大好き! だから大切に、心を込めてガーデンを作っていくね」
「うん。わたしにもお手伝いさせてね」
二人の前には、真っ直ぐに未来へとつづく道が見えていた。
たくさんの人がこの庭で、夢と幸せを紡ぐ未来が。
ここは癒しを届けるカフェ「エルダーの庭」
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