エルダーの庭~ローズマリー一家~ 第二話 心のオアシス
2 心のオアシス
ハーブカフェ・エルダーの庭は、こぢんまりとした、でも心地のいい店だった。
カウンターとテーブル席が3席。
高い天井にはドライハーブが下がっていて、壁に沿って設置された棚には、数え切れないくらいたくさんの種類のハーブが瓶詰めされて並んでいた。
杏樹はまだ誰もいない店のカウンター席に座っていた。
いつでも横になれるようにと、拓人に渡されたクッションも胸に抱え、目の前のキッチンで鼻歌交じりで働く結を眺めていた。
「今、心も体もうるるんって潤っちゃう、とっておきのハーブティーをいれてあげるからね」
そこへ拓人も手にミントを持ってやってくる。
「飾り用は、この枝でいいか?」
「うん。すごくキレイなミントちゃんね」
二人にとって、このカフェは仕事なのだろうが、すごく楽しそうなのが杏樹には不思議だった。
もちろん、レストランに行っても、コンビニに行っても、店員さんはみな笑顔だ。
でもその笑顔は、心から楽しくて自然にわき上がっている笑顔とは別物だ。
それにひきかえ、結は今にもくるくる回って踊り出しそうなくらいに、楽しそうに仕事をしているし、拓人もミントに鼻をよせて香りをかぐ姿など、ハーブと会話をしているかのようだった。
「杏樹ちゃん、これきっとびっくりしちゃうよ!」
結がいたずらっ子のような笑顔を杏樹に向けてくる。
その手には、パフェにも使えそうな、背の高いグラスがあった。
そのグラスに、結が氷をいれる。
だが、その氷が透明ではなかった。
「え? 紫色? 海の色みたいな氷?」
結の予告通り、杏樹はおどろきの声をあげた。
「これはマロウっていうお花のお茶を氷にしたものなの。キレイでしょう!」
「お花からこんなキレイな色が?」
「そう。びっくりだよね」
結は目を輝かせてくれる杏樹の様子が嬉しくてたまらない様子だった。
そして、その氷の上に、今度はほんのりとピンク色をしたお茶を注いでいく。
「このピンク色はね、ローズヒップっていうバラの果実から出るの。ビタミンCたっぷりだから、超美人になっちゃう!」
青い氷と混ざってほんのり紫色になったハーブーティーに、拓人の持ってきたミントをちょんと飾る。
「ハーブティーには、他にもカモミール、レモングラス、ペパーミント、アップルビッツが入ってるよ」
目の前に差し出された美しいハーブティーからは、さわやかな香りが立ち上っていた。
「召し上がれ」
グラスを手に、胸一杯に息を吸い込むだけで、自然に笑顔がこぼれた。
香りだけで景色が浮かぶ。
風に揺れる白い花々と青い空。そしてそこを覆う柔らかな空気。
「いただきます」
杏樹がハーブティーを一口飲み込んだ。
その瞬間、胸一杯に広がったのは、たくさんの植物たちの生きる力と、作ってくれた結の優しさ、そして拓人の思いやりだった。
「おいしい」
杏樹は心の底からそう思った。
そして思いがけず、あふれ出してしまった涙を止めることができなかった。
「すごく…おいしい…それに…すごく優しい…」
ぽろぽろと涙をこぼす杏樹の隣りに、拓人が座った。
「気持ちにふたはしなくていい。はき出してしまえ」
「うん。わたしたちでよかったら話を聞くよ。聞いてあげることしかできないけれど」
誰にも言えなかった気持ちを、もう一人で抱えていることはできなかった。
杏樹はハーブティーのグラスを握りしめて、今までの出来事を語り始めたのだった。
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