エルダーの庭~ローズマリー一家~ 第五話 逃げるが勝ち
5 逃げるが勝ち
「わたし、何も言い返せずにただ逃げてきてしまったんです」
杏樹の告白を、拓人は黙って聞いていた。
結は涙を浮かべて杏樹の背中を撫で続けていた。
「杏樹ちゃん、辛かったね」
涙を流す結に、かえって冷静になった杏樹が力なくほほえむ。
「ご両親と話したのか?」
拓人の問いに、杏樹は首を横に振った。
「いつも通りに、学校から帰る時間まで公園で時間をつぶして帰ったから、親は何も知らないです。学校の早退も、たぶん友達が先生にうまく言ってくれたみたいで、特に連絡ないみたいだし」
拓人はそれにただうなずいただけだった。
「話した方がいいですよね、親と」
苦しげに言う杏樹に、結が悲しく眉を下げる。
「いずれは話し合わないといけないよね。でも、それは杏樹ちゃんの心が決まってからでいいと思う」
「でも…」
このまま逃げ続けて、学校にいかないでいるわけにはいかない。
それには、自分の切り裂かれた思いに決着をつけて動き出さないとならない。
杏樹の思いの中は、心配事と焦りでいっぱいだった。
それを見越したように、拓人が言う。
「別に学校なんて行かなくてもいい。嫌なことから逃げることが悪いなんて、ただの思い込みだ」
「でも…」
「もっと傷ついた自分の心を癒やす時間を作ってもいいだろう? ケガしたり風邪ひいたら、学校を休む。それと一緒」
できない決断に困った顔をする杏樹に、結も言った。
「杏樹ちゃんは、こうしなきゃっていう責任感を、ちょっと横に置いておいてもいいのかなって思う。誰も杏樹ちゃんにこうしろ!って強制することはできないの。だから、もし明日も学校お休みするなら、ここにおいで。わたしたちはいつでも歓迎するから」