「ブレイクスルー・ハウンド」28

 杏は殴りつけてくる攻撃に対し、腕の外側を滑らせるようにストライダーナイフを動かす。刹那、腕を捕り、逆手に持ち替えたナイフを押しつけた。相手が転倒する、その腕の根本に右手を押しつけ、左腕で敵の左腕をつかんで極め腕をへし折る。
 純の方はというと、ワルサーP22を握った彼女は、突きに対して、銃口を突き込んだ。動きを止めた相手に対し、懐に入り込みながら左腕を相手の腕に絡ませる。電光石火、今度は相手の顔に銃口をぶつけた。相手の顔面に銃をつけながら、大腿部で相手の左大腿に押し当て捕った。
 が、活躍もSITが突入してくるまでだった。
 銃声がいくつもとどろく。議員を襲ったことで見せしめとして皆殺しにしろと圧力でもかかっているのか、刑事たちは迷うことなく犯人たちを射殺した。
「ひ、かる」
 そして、坂上も胸に複数の銃弾を受けて倒れる。ほぼ即死ですぐに瞳から意思の光が奪われた。
 光は総身に震えが走り、吐き気をおぼえその場にひざをついた。そのせいで、余計に坂上の死に顔が間近に迫る。
 犯罪いうものは確かに悪だ。しかし、犯罪というものにはふたつの種類があるはずだ。欲望のために犯す罪と、どうしようもなくなり犯す罪と。前者は人間性の問題だが、後者は社会の責任も皆無ではない。そうでなければ、貧困率が高くなると犯罪率が上昇する理由の説明がつかない。
 もし。もし、坂上に経済的余裕があったのなら、おそらくはこんなことはしなかっただろうと光は嘔吐しながら考えた。ある意味、彼は国に殺されたのだ。

 純は、会社の後部座席、ガンケースにハンドガンを収めかけて躊躇う。事件現場の近くで、周辺は警察や野次馬、マスコミの坩堝で騒々しい。
 そんな中、純は夜の静けさの中に身を置いているような心境だ。
 怖い、と思うのだ。
 彼女は米国で銃乱射事件に遭遇している。月に数兼の頻度で起こる事件だ、巻き込まれてもおかしくはない。
 犯人を目にしたり、銃を向けられたりするという経験はしなかった。だが、遠目に人が倒れているのを目撃したし、銃声も耳にしている。
 以来、純は常に薄ら寒さのようなものを感じていた。それが治まるのは、銃を手にしているときだ。結果、訓練に誰よりも励み、やがて米軍の一般兵士など比べ物にならない技量に到達している。自分が強くなった、それを自覚してからは銃を手にしていなくても余り恐怖を感じなくなった。
 だが、日本に来て長らく銃を持っていなかったせいで、例の寒気に似た感覚が蘇っている。純の銃を持つ手が震えた。手が、誰か別人のものになったように言うことを聞かない。
 と、背後から抱擁された。
「純、大丈夫よ」
 自分を抱いた姉が静かに告げる。
「私もいるし、今は光さんやスミタさんもいる。ふたりとも強いでしょ。大丈夫、三人いればあなたを守ることができる」
 姉の諭すような言葉に、純の手から力が抜けた。ハンドガンがガンケースに収まる。姉がケースを閉じた。

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