【タル空】演じゆく、心の赴くままに 後編

ひとつ前のお話の続きです。

出演キャラ
雲菫

※ 魔神任務間章、風立ちし鶴の帰郷とそれまでの魔神任務クリア後前提なのでネタバレあり
※クリア後読みを推奨
クリア前に読んでしまっても苦情は受け付けないのでご了承下さい。

※ 舞台や劇は見る専、演じる側は知識ゼロの筆者がノリと勢いと趣味全開で書いたお話です
その為、諸々の描写が素人感丸出しかつ分かりづらさ全開ですが、どうか、ご了承ください…
・劇の演出や小道具等も願望込みの捏造だらけ

注意
※空くんが髪を下ろしていてなおかつ(少々アレンジされた)別のキャラの衣装を着ています
(この時点で抵抗がある方は読むのをお控えください)
・空くんが諸事情により仮面をつけて、尚且つ、喋りません
・タルタリヤも同様、ですが喋ります
・タルタリヤの本名ネタあり
・仕様で服の描写が特に長い

参考資料

・魔神任務 間章 風立ちし鶴の帰郷
及びそれまでの魔神任務
・テーマPV「真珠の歌」
・公式PV『テイワット』メインストーリーチャプターPV「足跡」
・ストーリームービー「神女劈観」

・イベント 帰らぬ熄星から華々しき流年まで
・海灯祭2022 雲菫のセリフ

・空くんの星座を出す待機モーション
・雲菫 プロフィール・ボイス・実戦紹介及びチュートリアル動画
・劇中の人——『原神』雲菫創作の裏話

・2021年 エイプリルフール双子ちゃん
・公式様イラスト集 特典の色紙に描かれていた分厚いコート姿のタルタリヤイラスト

※初出 2022年5月21日 pixiv


スッ
『ようやく会えたな…。

我が敵よ。』
クルッ

花びらの嵐が晴れた後、仕切り板の後ろから現れたのは…

メッシュの入った柔らかな茶髪の持ち主である青年、タルタリヤであった。

先程まで、空が剣舞をしながら思い浮かべていた人物でもある。

床に落ちる前に消えゆく花びら達を気にしながらも、聞き覚えのある脚本の台詞を紡ぐその声に聞き入っていた。しかし、その声は、くぐもっていてやや聞き取り辛い。何故なら、彼は、向かって右が旧貴族のしつけシリーズ、反対の向かって左が血染めの騎士道シリーズの聖遺物の仮面が合わさったようなものを着けていたからだ。

こちらの仮面でも旧貴族のしつけシリーズの方に、水色のレースを着けている。その為、彼の深い青の瞳が、レースの合間から時折垣間見える。それだけにとどまらず血染めの騎士道シリーズ側の仮面はやや盛り上がっている。これは、後半の演出上で必要な仕掛けが施されているためだ。

さらに、いつもと違うのは、漆黒のトレンチコートのデザインを模したマンスリーブコートを羽織っているところだろう。首周りの若干赤みがかった分厚いファーに包まれている様は、まるで彼の故郷であり極寒の地であると聞くスネージナヤに居ることを彷彿とさせた。

『そこで待ち構えていたのは…、

少女の兄を攫っていった天から遣わされた使い、それを送り込んだ張本人である、悪しきものだったのです…!!』

現れた役者を見た瞬間、演者が動揺したように身体を揺らした。レースで覆った目元が微かに揺らぐが、それは観客からは見えづらかった。だが、戦慄く口元から、たとえ目元を見ていなくてもその様が見て取れた。

"少女"にとって、"悪しきもの"の登場はそれだけ衝撃を受けたことだったのだろう。それが、迫真の演技によって見事に表現されている。観客も、その感情が移ったように、現れた"悪しきもの"の存在へ畏怖の眼差しを向けている。

しかし、観客は知らないだろう。

演者は、"少女"が感じた衝撃を演じる以上に、ひどく動揺していたのだから。

(な、何でここにタルタリヤが居るんだ?!)

突然現れたタルタリヤに、空は大層驚いていた。この時ほど、(目元がレースに覆われた状態とはいえ)仮面を着けていて良かったと思ったことは無い。もし、着けていなかったら驚きのあまりに、琥珀色の目を見開くのを観客に見られてしまう…。その様が、容易に想像できるからだ。

(ここが動揺するシーンで良かった…)

だが、それでも隠しきれない衝撃が顔に出てしまっているような気がするのは、気のせいではないだろう。この時ほど、ここで動揺する、というシーンを台本に入れて良かったと心からそう思った。

だが、タルタリヤには、空のその姿は、ばっちり見えてしまっているだろう。何故なら、スメールの特殊な糸から作られたこのレースは視界を良好にするだけではない。このレースを着けた者同士であれば、視界に映るものは勿論、お互いの姿はさらにはっきりと見えるのである。その精度は、たとえ仮面が二重構造になっていようと見えてしまう程であった。だが、雲菫の計らいとはいえ、こうなることは完全に想定外であった。

『君の兄に会いたければ、俺を倒すんだ。』
スッ

スタ…
スタ…

仕切り板の裏から完全に抜け出たタルタリヤは、台詞を紡いでからゆっくりと大広間を歩き始める。タルタリヤから見て右側、つまりは、観客から見ると大広間の左側へ沿うように歩いてくる。

ハッ
スッ
(今はそんなことより集中しないと…)

スタ…
スタ…

次のシーンの準備段階であるその動きを見た空は、動揺する気持ちを抑え込んでから、大広間の右側へと沿うように歩き始める。まるでタルタリヤと対になるような動きをしながら、頭の片隅で思考を巡らせる。

どういうわけだかは分からないが、代役の役者として来たのはタルタリヤらしい。

"貴方の身近に居る人です"

(あれは、こういう意味だったのか…)

雲菫の言葉、それに何故言葉を濁していたのか…。その答えをタルタリヤを見た瞬間に解消した空は、動揺と呆れが半々になった複雑な気持ちを抱きながら、後でタルタリヤに問いただすことを決めた。

どんな経緯で来たのか。

何故ここに居るのか。

聞きたいことは山ほどあった。だが、今は劇に集中しなければならない。あまり気持ちの整理はついていないが、無理矢理にでも切り替えることにするのだった。

ピタッ
ピタッ

歩いていた役者と演者は、やがて大広間の端にて立ち止まる。その位置は、ちょうど対角線上に2人が向かい合う形になっていた。

『少女と悪しきものは、お互いの誇りを守るため、最後の戦いに身を投じます。』

演者と役者…。

仮面を着けていながらも、見つめ合っているのがその振る舞いからして見て取れる。目元がレースに覆われている分視界はやや不明瞭のはずだ。しかし、それをおくびにも出さずまるで見えているかのように観客に感じさせるのは、相当の技術がいることだ(実際、見えているのだが、それを観客は知る由もない)。

その数秒の間を置いて、雲菫が語り始めた。厳かな声色は、この場面が重要局面だという証でもあった。

『どちらが彼の隣に立つのが相応しいのか…。』

コポポ…

ヒュンッ
クルクルクルクル…

語り終わった数秒後に、役者は水音を響かせて、空中に凝縮させた水で槍を生み出した。両手首のスナップを利かせて、水槍を回転させながら、右へ、左へと巧みに操る。

そうして、しばし弄ぶかのように回転を繰り返した後…

パシッ!
『君が証明してみせろ!』
バッ
ブァッ

水槍を構えた右手、それにつられるように右脚も大きく後ろへ伸ばして、手前に構えた左手と左脚をビシリと構えてから、ひと間置いて、演者に向かって駆け出した。その間際、分厚いコートの裾が空中へ翻った。

スッ
(来るっ!)
グッ
バッ

ふわっ

それに応戦するように、改めて剣を正面へと構えた演者は、その構えのまま真っ直ぐに踏み込んでから駆け出していく。空気の流れが変わったことによって、それに付き従うようにワンピースドレスの裾もふわりと翻る。

2人の距離がだんだん縮まっていく…。

その最中…。

フッ…

(え?!)
ピタッ

(!!)
ピタッ

突如、大広間が暗闇に包まれた。

駆け出していった演者と役者…、いや、空とタルタリヤは、驚いて咄嗟にその場に留まった。

ざわざわ
ざわ

「何だ?」

「停電か??」

「見えない…。」

ざわ、ざわ
ざわざわ…

(照明が…)
キョロキョロ

突如、消えた明かりに空は演技を忘れて周囲を見渡す。だんだん暗闇に慣れてきた視界でよく見てみれば、慌てている雲菫の姿が飛び込んできた。どうやら、照明に予想外のトラブルが起こったらしい。

元々、璃月港に比べて、軽策荘は電力供給がほんの少しばかり乏しい。それに加えて、今日だけとはいえ大広間に急激に電力を集めたこと、それが電気が落ちた原因と言えるだろう。

幸い、緊急時に備えて、予備電力なる装置も設置してある。だが、その装置も電力が復旧しなければ意味はなく待つのには変わりなくいつになるかも分からないままだ。何より…

ざわ、ざわ
ざわざわ…

あまりに急に暗くなったそれに、空とタルタリヤ以上に、観客が混乱しているのが分かる。だんだんと大きくなっていく周囲のざわめきに、つられるように空も焦り出す。タルタリヤも何かをしよう、と動く気配を感じ取れるが、どうしたらいいか悩んだ末、結局、立ち往生している、気がする。

だが、それも無理もない。何せ代役の役者として来たのだ。台本は読んでいるだろうが、演出や細かな立ち回りなどは、雲菫と念入りに打ち合わせをした空には遠く及ばないだろう。

とはいえ、ここまで来たのだ。

不安が大きかったが、観客は受け入れてくれて、好反応もしてくれた。

そんな劇を台無しにしたくはない。

だが、突破口が見つからないのも事実だ。

(どうしたら…)

空が途方に暮れていたその時…。

ふと、剣を持つ右手を見つめた。

(! これなら…)
グッ
バッ

そうして、あることを閃いた空は、ますます剣を強く握りしめて、いつの間にか俯いていた顔を上空へと目を向けて準備を始めた。

(参ったな…)

一方、タルタリヤも内心焦っていた。代役の役者として来た身故に、このようなトラブルは完全に想定外で、どのように対処すべきかまでは、伝えられていなかった。

だが、先ほどの立ち振る舞いだけでも、空が真剣に劇に取り組んでいることを感じ取っていた。仮面越しでも伝わるその思い、タルタリヤはそれを台無しにはしたくはないと意気込んでいた。だが、いい案はなかなか思いつかないのも現状だ。

(何か、ないか…)

途方に暮れながらも、何とか打開策を思案していると…

ポゥ…

(? 何だ…??)

唐突に、暗闇に星座が煌めいた。

しかも、その輝きはどんどん生み出されていっては、空中へとその輝きをますます煌めかせている。

最初は、蛍火のように微かだったそれは、数と輝きを増していく度に、まるで大広間の空間にだけ流星群が降っているように錯覚させた。

(何で、星座が…)

あまりにも幻想的な風景に、見惚れながらも脳裏に疑問が湧いてくる。今は夜であるが、当然ながら建物内にまで星座が現れるようなことはあり得ない。

何やら既視感があるのも妙だ。
それに、見ていて不思議と安心感に包まれる。

ようやく暗闇に慣れてきた視界で、不思議な星座達が生み出されていく原因を探った。そうして見えたのは…

右手から星座を生み出しては、左手に持ち替えた剣先へと乗せて、どんどん空中に向かって放っている空の姿だった。

ポワ…
スッ

ヒュンッ!

剣先へ乗った淡い光を放つ星座を時に優しく、時に激しく宙へと投げていく。

クルッ
クルクルッ

時折回転を加えて踊るようにして星座達を放っていくその様は、まるで、星占いを生業とする巫女が行う儀式のようでも、星と戯れるように舞う踊り子のようでもあった。

どこか神秘的で、何故だかひどく切ない気持ちが湧いてくる…。

見ていると、何故だかそんな感情を抱いた。

「おぉ…。」

「綺麗だ…。」

「星がこんなに近くに…!」

(! これは…)
『突如、暗闇が再会した2人を引き裂くように包み込みました。しかし、輝く星々が、まるで、少女に味方をするように照らしたのです!!』

ざわついていた観客も、突如、生み出された星座達を見て、見惚れている。その反応を見て、どう対処するか悩んでいた雲菫は、状況を瞬時に理解して、やや早口ながらも鋭さを込めて語る声が大広間に響いた。

「あれは、演出だったのか…!」

「急に暗くなるからびっくりした…。」

「こんな演出もいいなぁ。」

ホッ
(後は、お願いします…!!)

人々が、暗くなったのは演出だと思ってくれたらしい。それに内心安堵した雲菫は、祈るように、空とタルタリヤを見つめた。

スッ…

(もって3分ほどだ)
コクン

あらかた星座を解き放った空は、その意図を込めて頷きによる合図を送った。空の手元を離れた星々は、もう帰らぬものとして消えゆく運命である。しかし、人々の記憶に、そして、他ならぬ自分自身や雲菫、それにタルタリヤの記憶にも残るものだと信じている。

コクン
(分かったよ)

それに応えるように、タルタリヤも頷いた。何とか伝わったことに、空は内心安堵に胸を下ろした。

だが、ここからが重要なのだ。

安堵は一瞬で充分だ、と言わんばかりに気持ちを瞬時に切り替えた。

スッ
スッ…
ググッ

暗闇の中、星座達に見守られながら、剣と水槍、それぞれを構え直した2人は、再び床を踏み込んだ。

そして…

バッ
フワッ

キン!!!

一気に駆け出した演者と役者…、そのあまりの速さに纏っていたコートとワンピースドレスの裾が翻ったかと思えば、剣と水槍が重なり合って、得物を交えた剣舞が始まった。

キン!
キキンッ!

剣と水で作られた槍。

材質が違うはずの得物は、2人が早く、激しく振るうことによる摩擦、さらに速さを増していく剣舞により大広間に鋭い音が響き渡っていく。

キィンッ!

星座達のお陰で少し明るくなったとはいえ、周囲はまだまだ暗い。そんな限りなく暗闇に近い状態で、一閃するごとに閃光が駆け抜けては消えていく。

それは、剣の軌跡によるものなのか。
はたまた水槍との強すぎる摩擦に作られて発せられているのか。

その真相は、演者と役者にしか分からないだろう。

ゴポッ…

ビュンッ!

その強すぎる一閃により水槍は形を保てなくなって、微かに水音を響かせながら消えてゆく。その隙をつこうと、演者は剣を突き立てようとする。だが…

スッ!
キキィン!!

役者が再び、先程より素早く作り出した水槍によって演者の剣先が防がれた。変幻自在の水槍は、時として役者を守る盾となる。それを体現させながら、やはり鋭い槍として突きを繰り出していく。

暗闇に包まれながらも、だんだん視界に慣れてきた観客はその様を目の当たりにして、さらに激しくなる攻防に次第に目が離せなくなる。中には生唾を飲み込んで見守る者もいる程に、どんどん釘付けになっていく。

キィンッ!

(…っ、タルタリヤのやつ、少しは加減しろよなっ…!!)

周囲に緊迫感を与えている一方で、空は隙間なく与えられる突きに応戦するのに必死であった。正直にいえば、このシーンはここまで激しい動きはしないはずだった。

台本通りにいけば、の話だが。

何故だかは分からないが、戦闘狂気質のタルタリヤのスイッチが入ったらしく、剣舞を超えたほぼ戦闘に近いものになっている(まぁ、タルタリヤが水槍を用いた時点で既に剣舞ではなくなっているが…)。その水元素で作られている槍と空の剣は、ぶつかる度、あまりにも激しい動き故に、どういうわけなのかその衝撃に閃光が走っているほどだ。現に、応戦している空の腕に次第に痺れが出始めている。

(…こんなに激しく動くのは、黄金屋の時以来か??)

その激しい動きに、空は脳裏に黄金屋でタルタリヤと闘った時のことを思い出した。彼が着ているコートが、魔王武装を開放して普段の服装の色合いとは違う色合いをした服装、その色に似ているせいもあるだろう。

先祖の亡骸が隠されている…。その情報を元に訪れた空とパイモン達を待ち構えていたのは、タルタリヤであった。そのうち、戦闘に発展して魔王武装まで出す程の本気を示したタルタリヤを何とか倒した後に、何故か"相棒"と呼ばれるようになったのだ。

(…あれから、随分経ったな)

そう思案に耽る空は、少し手元が疎かになっていた。

だから、反応が一瞬遅れてしまった。

ビュンッ!!

(!!)
バッ

一際、素早い突きが迫ったので、咄嗟に剣を構えてガードの体勢を取る。だが…、

ガキィン!!

ズザザサッ…

そのガードごと無理矢理押し通された突きは、あまりの強さに空の身体を後退させるほどであった。

フゥ…
(…そろそろ、分からせないとな…)
スッ

何とか踏ん張って止まった空は、ひと息吐いてから、加減を忘れかけているタルタリヤにお灸を据える決意をした。その準備として、剣を左手に持ち替えた。

(貰った!)

ビュンッ!

そんなことを空が思っているとは知らずに、タルタリヤ後退した空に向かっていこうとする。剣舞、とは名ばかりの戦闘めいた激しい動きは、空と一緒に戦闘に似たことが出来る…。その楽しさと高揚感故に、タガが外れかかっているせいだ。そんなタルタリヤによる一際鋭い突きが、空の目の前に迫った。

(!!)

バッ
フッ

クルンッ
ふわっ

顔前に迫ったその時、空は左手で剣を空中に放り投げると同時に、しゃがみ込んで、床に右手を着いた。それを軸に、片手で空から見て左側へと側転をしながら、タルタリヤの背後へと回り込む。その際に、真っ白なワンピースドレスの裾がふわりと広がる。

(消えた??…!! いや、違う!!)
バッ

スクッ
クルッ

ふわっ

突然消えた空に狼狽えながら、タルタリヤは気配に気付いて振り返る。そこには、左脚を軸に半回転する空の後ろ姿が映る。視界に広がるふわりとした金髪と真っ白なワンピースドレスに見惚れていると…

スッ
パシッ

回りながら右手を上空に伸ばして剣を受け取る。そして…

(今は、"演技中"だ! "戦闘中"じゃない!!)

グルンッ
ビュッ!

空は、そんな気持ちを込めながら、やや荒っぽい牽制の意味を込めて、回転による遠心力と共に力を乗せた剣をタルタリヤへと向けた。

バッ

(お、おっかないなぁ…)
チラ…

間一髪でそれをかわしたタルタリヤは、冷や汗を掻いてその間に上空を見つめる。空が出してくれた星座達は、次第にその輝きが消えつつあった。

(名残惜しいけど、そろそろだな…)

卿が乗ってきたばかりであるが、これ以上、勝手な振る舞いをすれば、ますます空を怒らせてしまうだろう。タルタリヤ個人として、それは見てみたいものであるが、空が劇に真剣に取り組んでいることを考慮すれば、その考えは取り下げなければならない。

残念さを感じながら、タルタリヤは終焉(フィナーレ)に向けての準備を始める。

フッ
バッ

(!? 槍をしまった…??)

突如、水槍を消したタルタリヤに、次なる動きをしようとしていた空は、驚きに目を見開いて、その場に固まる。その隙を練って…

グンッ
(!!)

一気に近くまで迫ってきた。

慌てて身構えようとする空だが、それよりも早く近付いたタルタリヤは、空の耳元で…

"この程度かい??"
バッ

(!!!)

空にしか聞こえないようなかすかな声量。
それは、少し呆れを含んでいた。

何より囁かれた言葉が、空の気持ちを煽った。

それを聞いた空は、頭の奥がカッと熱くなっていく。タルタリヤが再度水槍を生み出していく前に…

スッ
ビタッ
ヒュゥゥゥッ…

少し離れた後方に飛び上がって止まってから、脚元に風元素を集中させた。そうして…

(………っ、ハァァァ!!!)
バッ!

内心で叫び声を上げながら、溜めていた風元素を一気に解き放って、タルタリヤに向かっていく。そして…

キィンッ!!!

一閃した。

バサッ…

スゥ…

観客が息を呑む声がシン…とした大広間に微かにこだまする。その沈黙を剣先にくっついてきたことによって取れたマントが、重力に従って床に落ちる重苦しい布音が破った。同時に、空が出した星座達も役目を終えたと言わんばかりに消えていった。

フッ…

その瞬間、2人のいる位置の照明だけが復帰して、その場だけを明るく照らし出す。空とタルタリヤがそれぞれ佇むその位置は、先程の位置とそっくり入れ替わった立ち位置になっている。

バタッ

カタンッ
スゥ…

このシーンは、剣でマントを取ることでタルタリヤが攻撃を受けたように観客に錯覚させる…、そんな演出にしたのだ。とはいえ、崩れ落ちて床に両膝と右手をつく姿は、タルタリヤは勿論だろうが、見ている空、それに観客から見てもなかなかに応えるだろう。

また、それと同時に、着けていた仮面のうち、血染めの騎士道シリーズの方が地面に落ちて光の粒子となって消える。これは、空達が武器をしまうのと同じ原理でありその応用でもあった。

スッ
ハァッ、ハァ…
(だ、大丈夫かな…)

一閃した体勢から立つ姿勢に変えた空は乱れた息を整えながらも、まだ動く気配の無いタルタリヤを心配そうに見やる。そして、数秒の間を置いてから…

スクッ

『やっと思い出した…。』
クルッ
スタスタ
ピタッ

やがて、唐突に立ち上がったタルタリヤは、台詞を紡いでから、空がいる方へと振り向いて歩き出していく。同時に、照明もタルタリヤを追うように照らしていく(打ち合わせで聞いた話によれば、確か、この照明は、フォンテーヌ製であり対象者を設定しておけば自動的に追う仕組みになっているみたいだ)。そうして、立ち止まった彼の目元には…

『よく来てくれた…、

我が妹よ…。』
スッ

旧貴族のしつけシリーズの仮面があった。

それは、空が着けているものよりやや大きめであるが、同じ銀色のものであり目元に水色のレースがつけられているのも変わりなかった。

また、コートが取り払われた格好も印象を大きく変えていた。

襟を大きく立てたところどころに独特の意匠をあしらった全体的に灰色がかった色合いに随所に黒いラインが入ったアウターを彩るのは、右肩辺りの鋭利な飾りから連なるベルベットに近い色の赤いマフラーに似ている装飾だ。それを揺らして、黒い防具をつけた左腰近くに服の袖を捲り手のひらの半ばまでの長さの手袋をつけている。

長さにバラつきがあるアウターの裾は、彼の腹部を少しだけ晒している。いつもであれば、右腰に水元素の神の目を着けているのだがそれが見当たらない。だが、先程水槍を出せていたのだから、どこか見えない部分に着けているのだろう。

先程のコートの色合いから一変して柔らかなものになった装い、それに、旧貴族のしつけシリーズの仮面も相まって、タルタリヤのその姿はどこか高貴さを感じさせた。

フルフル…
カラン…

スッ

空の左手を取るタルタリヤの言葉を聞いて、真なる再会に胸が打たれたのであろう"少女"を演じるために、身体全体を少し戦慄かせてから、右手に持っていた剣を落とす。

床に落ちて硬質な音を響かせたそれは、戦う必要が無くなった"少女"には、もう無用の長物だからだ。そして、残る右手を左手を取ったタルタリヤの手へ添えた。

ザワザワ…

「どうなっているんだ?」

「何で兄が現れたんだ?」

「どうしてだ?」

スッ
『少女が探していた兄は、呪いにより自分の立場を忘れて、悪しきものとしてたちはだかっていたのです…。

それが、今、解き放たれて、兄妹は真の再会を果たしました!!』

再度ざわつく観客を説得するように、雲菫が語れば、ハッとする観客の気配がしてくる。

そう、まさにこれがこの物語の醍醐味である。

"悪しきもの"…。
それは、呪いにかけられて、自分の立場を忘れた"兄"自身だったのだ。

タルタリヤの目元にあった向かって右が旧貴族のしつけシリーズ、反対の向かって左が血染めの騎士道シリーズの聖遺物の仮面が合わさったような仕組みにしたのも、その二面性を表す演出だった。

さらには血染めの騎士道シリーズ側の仮面はやや盛り上がっていたのも、旧貴族のしつけシリーズの仮面の上から敢えて血染めの騎士道シリーズの仮面の片側を着けてから、任意で外せるようにしたからだ。こうすることで、"呪いが解き放たれた"ことを演出することに成功した。

また、この"悪しきもの"のモデルは、空自身ともう1人、ダインスレイヴであった。

かつて、蛍と旅をした…。そう語るダインスレイヴは、不死の呪いをかけられてカーンルイアの生き残りであった。どのような経緯で、蛍と旅をすることになったのかは分からない。だが、もし、立場が逆転して、蛍が空自身を探す旅に出る前に、空自身が、ダインスレイヴと旅をしていたら…、そう思い立った時にこの展開が閃いたのだ。

違う点があるとすれば、実際は、この物語に出てくる"兄"と"悪しきもの"、そのモデルとなった空とダインスレイヴは当然ながら別々の存在である。それに、呪いを受けている点はダインスレイヴと同じだが、彼本人が悪い人だとは思えない。というより、謎が多すぎるので判別しにくいのだ。何より…

(俺とダインスレイヴが闘うなんて…、あり得ないよな……)

それが一番の違いだろう。謎が多すぎるダインスレイヴだが、敵に回ることは考えにくい。だが、現在、ダインスレイヴが敵対するアビス教団に蛍が居ること。何より、邪魔をするのなら…、と容赦ない言葉をかけていた蛍の姿が脳裏に焼き付いていたことも、この演出にしたきっかけでもある。だが…

(そうならないような、未来がいいな…)

そんな願いを胸のうちに抱いて、次のシーンへと身構えた。

『こうして、兄妹は再会を祝して花畑へと向かうのでした。』

(この後は花畑に向かうシーンだ…)
スッ

雲菫の静かな声の語りが響く。

無事再会を果たした"兄妹"は、花畑でそれを祝うように2人で踊る。その演出に備えるように、空もタルタリヤも、観客から見て左方向へと身体を向けた。

それが、ラストに用意したシーンである。こうして、物語はハッピーエンドを迎える。

そうなる、はずだった。

だが…

ピタッ
(………!?)

いざそれを演じようと思うと、空の胸の内に何故か虚しさと同時にやるせなさが込み上げてきてしまう。それに、何故か身体が拒否反応を起こしたように止まってしまう。

(………何で、ここまで来たのに…!!)

その得体の知れない葛藤、そして何故か込み上げてくる悔しさ、それらの感情を抑え込むように、空は唇を強く噛み締めた。

しかし、立ち止まった空に疑問符を浮かべて振り向いた者が、その様子に息を呑んで、咄嗟に行動に移していた。

それは…

ふわっ
バサッ
(えっ?!)

『さぁ行こう!

俺達が帰るべき場所へ…。』
スッ

突然の浮遊感、そして、近くから聞こえるタルタリヤの声から、どうやら横抱き、つまりはお姫様抱っこをされたみたいだ。何やら脚全体がふわふわすると思いきや、どうやら先程、剣で一閃した時に取れたマントと一緒に空を抱えているようだ。

(何で、こんなことを…!)

抗議のために、観客から見えないように手を振り上げようとする。だが、仮面越し越しから見つめてくる深い青の瞳は、何故だか切なげな色を宿している。それに拍子抜けした空は、同じく仮面越しから琥珀色の瞳で見つめ返しながら、振り上げかけた腕を下ろした。

『俺達が再会できたことに、感謝を!』

バッ

パッ

そう叫んだタルタリヤは、月明かりに向かって、空を抱えて退場していった。2人が大広間を出ると同時に、照明も完全に復帰した。

まるで、2人の再会を祝しているように…。

しかし、これは台本には無い完全にアドリブな展開である。だが…

『兄妹2人は、長らく会えていなかった喜びを堪能する為に、ひと気のない花畑へとむかうのでした…。』

雲菫は、動揺をおくびに出さずに、すぐに切り替えて語った。これも、アドリブである。

呆然としていた観客も、雲菫の語りで物語のフィナーレを察した。やがて…

パチ…

パチパチ…

パチパチパチパチパチパチパチ!!!

「凄かったぞ〜!!!」

「面白かった!!」

「いいものを見せてもらった!!」

鳴り止まない拍手を送る中で、雲菫はさらに語る。

『本日、これにて、劇は終幕です。閲覧頂き誠にありがとうございます。

では、無事再会できました2人の兄妹を祝して、皆様…

今一度、大きな拍手をお願い致します!!』

パチパチパチパチパチ!!

パチパチパチパチパチパチ!!!

ワァ〜〜!!

その夜、その拍手と歓声は、軽策荘中に響き渡った。


スタッ

軽策荘の花畑の中。

まるで、何枚もの皿が重ねられたように連なる鍾乳洞の中に花畑を敷き詰めたように盛られたような独特な地形をしたここは、黄色い花達に混ざって、ところどころに瑠璃百合がその花を咲かせている。

昼間は蕾のままである瑠璃百合は、夜になると名前通りの瑠璃色の花弁を開いて咲き誇っている。

そんな軽策荘の名所となっているこの場所で、花畑に降り立つ軽い音が夜の静寂を裂いた。

軽い音の正体…、それは、花畑に着地をしたタルタリヤの足音である。そんなタルタリヤは、横抱きにした空を抱えたまま話しかけた。

「ほら、空! ここからでも歓声が聞こえるよ!! 劇は大成功だね。」

「確かに、よく聞こえるな…。」

そう言われた空は、タルタリヤが向く方向へと顔を向けると同時に耳をすませた。この場所は、あの大広間からかなり離れたところであるのだが、それでも尚聞こえてくる歓声と拍手に、空は顔を綻ばせる。

どうやら、劇は大成功したとみていいようだ。

しかし…

ハッ
「…って、いつまで抱えてるんだ!!」
バッ

いつまでも抱えられたままの状態は、色々な意味で落ち着かない。それを話をすることで注意を逸らそう、という魂胆が透けて見えたことに気付いた空は、喜びに綻ばせていた顔から、ハッとした表情になってタルタリヤに向き直った。

「おっと…。今、降ろすから機嫌を直してよ。

"お姫様"。」
ニヤッ
スッ
フッ…

タルタリヤは揶揄うような口調で言葉を紡ぎながら、空を降ろした。同時に、ファーコートも光の粒子となって消えていく。仮面をつけているもののその悪戯っぽく弧を描く口元から、にんまりと笑っている気配がいやでも感じ取れる。

ストッ
「な! 誰がお姫様だ!!」

「え〜? だって、それを今の格好で言う?」

ハッ
「し、仕方ないだろ。本当は俺じゃなくて、ちゃんとした役者の人がやる予定だったんだから…。」
モジモジ

地面に足を降ろしながら、タルタリヤのからかい口調に、空は抗議した。すると、即座に格好のことを指摘されてしまう。そういえば、劇での役の格好のままだっだことを思い出して、狼狽えながらも言い訳するように言葉を紡いだ。空は無意識かもしれないが、かなり恥ずかしいのかそれを誤魔化すように身体をモジモジと動かしている。

「うん、分かってる。」

そんな可愛らしく、また、劇での役がまだ抜け切っていないせいなのか、普段よりもしおらしいその反応に、タルタリヤは内心ほくそ笑む。ここへ劇の代役の役者として来たのは、あることを聞いて名乗り出たからだ。

(君がやるから、俺も来たんだし)

「え? 何か言ったか??」

「ううん。何でもない。」

聞こえるか聞こえないか、というくらいの声量でタルタリヤは呟いた。それが、よく聞き取れなかった空は疑問符を浮かべるが、タルタリヤはそれをはぐらかすのであった。

「ところで、そろそろ仮面取ってもいいかな?」
スッ

「言いながら取ってるじゃないか…。」
スッ

許可が取れてから、という口ぶりで言葉を紡ぎながらも、実際は、返事を待たずに仮面を取った。つられるように空も仮面を取りながら、ようやく水色のレース越しではない彼の深い青の瞳と邂逅することができたことに、少なからず安堵する。

劇の演出とはいえ、普段髪飾りのように着けているトレードマークの仮面とは違う仮面を目元につけたタルタリヤの姿…。それは何だか、知らない人のように見えたからだ。

(…って、そうじゃなくて!)

「そもそも何で代役がお前なんだよ? 」

「うん?」

「というか、何でここに居るんだよ??」

「さて、何でだろうね〜?」

劇、演出…。その単語が脳裏に浮かんだ瞬間、ずっと気になっていた疑問をぶつける。それは…

何故、代役の役者として来たのがタルタリヤだったのだろうか?

そもそも何故、璃月港にいるのだろうか??

その疑問を終わってからずっと問いただそうと思っていたのだ。

しかし、当の本人はどこ吹く風と言わんばかりに首を傾げている。その様子に、空はあるひとつの可能性を導き出して、恐る恐る言葉にした。

ハッ
「もしかして…、

役者にでも転職するのか?!」

閃いた! と言わんばかりに、仮面を取ったことで露わになった琥珀色の瞳を見開いて、空は言葉を紡いだ。その言葉を理解するのに時間をかけているのか、目元をパチクリとさせながらタルタリヤは間を置いた。

そして…

「プッ…、アハハハハハ! そ、空!! 君は本当に面白いことを言うね!!」

タルタリヤは腹を抱えて笑い出した。あまりにもおかしいのか、肩を揺らしながら笑い過ぎによって、目尻に滲み出た涙を指先で時折拭き取っている。

「そんなに面白い事は言っていないんだが??!」

「まぁ、それもいいかもしれないね。」

「…じゃあ、もう聞かないぞ。」
プイッ

「あぁー!! 待って待って!! ちゃんと話すから。」

クル…
「本当だな…?」

「うん。話すから、機嫌直して?」

「別にいつも通りだ!」

「そっか。」

真剣に聞いているのに、笑われた…。それに不機嫌を露わにしてそっぽを向いた空に、タルタリヤは慌てて理由を話そうとする。その慌てた声に振り返った空は、再度確認をしてから話を聞く姿勢を整えた。

タルタリヤが言うには、陰陽寮の調査後、しばらく任務をこなす日々を過ごしていたようだ。そんなある日、北国銀行に報告しに行った時に、久々に璃月港に訪れたのだから…、とそのついでに往生堂、強いては鍾離に挨拶をしに行ったそうだ。

そんな時、雲菫が軽策荘でやる予定の新作の劇、その代役の役者を探し回っている…。そのことを彼女と交流がある鍾離経由で聞いたらしい。それならば…、とタルタリヤは申し出たようだ。

そして、今日に至るわけである。

「勿論、偽名を使用してね。」
パチン

(そうだったのか)
ホッ

悪戯っぽくウィンクをしながらタルタリヤはそう答えた。偽名を使用…、そう聞いてとある名前に心当たりを思い浮かべた空は、タルタリヤが執行官としての名前を使用した訳ではないことに、安堵に胸を撫で下ろした。

かなりリスクの高い立候補だが、立場を気にしないタルタリヤ故に出来たことだろう。幸い軽策荘の情報網は、璃月港ほど巡ってはいない。それを見越した上で、しかも、困っていた雲菫や間接的に空を助けてくれたのだから、大したものだ。そう空は見直しかけた。

だが…

「それに剣舞でも体を動かしてみたいと思ってね!!」
ニッコリ

ガックリ
「そうかよ…。」

その直後に告げられたタルタリヤらしい答えに、落胆と安堵の気持ちが同時に湧き上がった空は、内心見直したのを前言撤回したくなった。

ハッ
「いや、それよりも!」

「ん? なぁに?」
キョトン

「とぼけるな! 何であそこでアドリブを入れたんだ!」

他にもまだ何か?と言わんばかりに首を傾げるタルタリヤに、空は抗議の言葉をやや強めに紡いだ。

「あははっ。どうしてだろうね?」

「どうして、って…。どうやら痛い目に遭いたいようだな…。」
スッ

「ちょ、待った待った! 話すから手を下ろして?」
ブンブン

スッ
「…理由はなんだ?」

尚もはぐらかそうとするタルタリヤに、空は右手を前に突き出すようにして、やや物騒な言葉を紡いだ。その行動を見たタルタリヤは、慌てて両手を左右交互に振って止めた。その慌てっぷりに、突き出していた右手を下ろした。

生憎だが、今回は劇の演出のために、モンドの七天神像にて風元素の加護を受けているので、今の空は風元素は扱えるが、岩元素は扱えないのだ。カマをかけたつもりだが、どうやら効果的であったようだ。

それに、こうすれば空が1番問いただしたいことをはぐらすことなく聞けると思ったからだ。現に、胸を抑えて安堵の息を漏らすタルタリヤは説明する体勢に入ろうとしている、ように見えた。

空が問いただしたいこと…。

それは、劇のラストシーンを唐突に変えたことだ。

本来であれば、あの大広間にて、"兄妹"が再会を祝って、その場を花畑に見立ててステップを踏みながら2人が踊る場面になる、はずだった。

それが、アドリブが入ったことによって、突然、大広間を退場する羽目になってしまった(雲菫の機転によって"兄妹"は人目のない場所で再会を祝うシーンに変わったのだが、退場した空とタルタリヤは、当然ながらそれを知らなかった)。

代役の役者として来ていたのだから、劇中で紡いでいた台詞は勿論のこと、物語の展開もタルタリヤには分かっていたはずだ(細かい演出は知らなかっただろうが)。

だからこそ、聞きたかった。

何故、あそこでアドリブを入れたのかを…。

「君が、

悲しそうに見えたからだよ。」

「え?」
ドキッ

答えを待ち続けていれば、タルタリヤは、普段よりも少し低い声で不意に言葉を紡いだ。

(俺が、悲しそう、だった…?)

それは、言葉の内容からか。
はたまた普段より低いタルタリヤの声色のせいなのか。

あるいはその両方なのか。

空は、動揺のあまり琥珀色の瞳を揺らした。

スル…
ビクッ

(え、な、何だ?)

「……やっぱり。」

紡がれた言葉に空が困惑する一方で、タルタリヤはその小さな唇に親指を添えた。不意になぞられたそれの感触と唇に感じるくすぐったさに、ますます困惑する空を置いて、ひと言呟いた。

「知ってた? 空って、悲しいことを我慢する時に唇を噛み締める癖があるんだよ?」

「?!」

そう告げられた言葉に、空はますます琥珀色の目を見開いて、タルタリヤの深い青の瞳を見上げた。こちらを見つめてくるその瞳は、普段の悪戯っぽさは鳴りを潜めて、心配そうな色を宿して空を見つめていた。

(少し荒れてる…、相当強く噛み締めたんだね)
スッ

見開いて大きくなった琥珀色の目がタルタリヤを困惑気味に見つめてくる…。それを少し気にしながらも、ますます唇に指を滑らせていく。少し荒れてしまっているそれは、目の前の少年が、先程の劇の最中、唇を強く噛み締めていたせいだった。

それを見た瞬間、タルタリヤの中である推測が脳裏をよぎった。

あの場にて、空は悲しみに胸がいっぱいになっていて、今にも押し潰されそうになっている、と…。

そんな風に辛そうにしている空をそれ以上見続けるのは、タルタリヤにとっても胸が締め付けられるように苦しいものだった。

だから、居ても立っても居られずにその場を離れたのだ。結果的に、それが物語の展開を変えようが、そのことで空に怒られようが、別に構わなかった。

何故なら…、

辛そうにしている空は、物語の"少女"以上に儚げで、その存在を掴んでいないと、光の粒子のように消えてしまいそうだったからだ。

だから、タルタリヤにとっては、あの行動が最善の選択だったのだ。

スルル…
(く、くすぐったい…!!)
「は、離してくれよ………。」

「…………。」

そんな考えを巡らせながら、タルタリヤは無意識なのか空の唇を撫で続ける。そのくすぐったさに、目を背けながら弱々しく抗議する。だが、タルタリヤは、そんな空の様子を見つめたまま、ただただ無言のままであった。

こうなれば…、と、空が再度の実力行使に出かかったところでタルタリヤはさらに言葉を紡いだ。

「あれは"少女の演技"じゃない。空…、"君自身の感情"が出てしまっていた。」

「………!!」

その言葉に、空は背けていた目を再び見開いて、タルタリヤを見つめた。先ほどの心配そうな色から一変して、その深い青の瞳は真剣な色を宿していた。

「………。」

スッ
「よかったら教えてくれないかな? 何がそんなに悲しいのか。君が、何に苦しんでいるのか…。」

完全な図星であったことに言い返せないままでいれば、ようやく指を離してくれたタルタリヤは、優しく問いかけてくる。その声は、とても優しげで何もかも話したくなるような気持ちになっていく。

普段であれば、突っぱねてしまうが、今の空には、そんな気持ちに切り替える余裕は無かった。

やがて、決心したようにゆっくりと言葉を紡いでいく。

「………あの劇は、

俺の願いだ。」

「願い?」

コクン
「……いつか、必ず蛍に、会えるように…。そんな願いを込めたんだ。」

ようやく振り絞るように出したような空の声に、タルタリヤはますます優しく問いかける。その眼差しもひどく優しいものだった。

「だけど…、っ…。」

ポン
「!!」

「落ち着いて…。君が話したくないならいいんだ。」
ナデナデ

フルフル
「…大丈夫だ。」

「………そう?」

「ああ…。」

パッ
「分かったよ。」

焦るように言葉にしようとする空だが、上手く言葉にできずにつっかえてしまう。タルタリヤは、それを急かすことなく空の頭に手を置いてから撫でて落ち着かせようとしてくれる。

無理に話そうとしなくていい、そんな気持ちを含んだ励ましに何としてでも応えたい空は、ゆっくり、ゆっくりと言葉を紡いだ。タルタリヤも、撫でていた頭から手を離してそれを聞いた。

空の旅路、それを蛍に置き換えたあの劇は、空自身の願望、もとい願いそのものであった。

紆余曲折を経ながらも、最後に"兄妹"は再会してハッピーエンド…。それが理想的なエンディングであった。

しかし、いざとなってみれば、空の気持ちは辛さに満たされた。

いくら物語の中であっても、"兄妹"をモチーフにした人物達が再会すること。それは、未だにその目的を果たせていない…、正確には、再会したのだが、すぐにまた蛍と離れた空にとって、急激に虚しさが込み上げてきたのだ。

それを自覚した瞬間、気付けば、"少女"にも"兄"にも感情移入できなくなっていた。

これが、本来演じるはずだった役者であれば難なくこなせていただろう。しかし、劇のモデル、もとい当事者である空にとって、そうはいかなくなってしまった。

だが、劇を台無しにしたくはない。
しかし、その思いとは裏腹に、胸の痛みはどんどん増して、張り裂けてしまいそうであった。

それを何とかこらえようとしていた時に、タルタリヤがアドリブを入れたのだ。

「そういうことだったのか…。」

「………。」
コクン

話し終えれば、タルタリヤは納得したように言葉を漏らした。それに、空も無言で頷く。

正直に言えば、あの時、タルタリヤがアドリブを入れて助かったと思っている。あのままあそこに留まっていれば、さらなる失態を晒していたかもしれないからだ。

しかし…

(ちゃんと、出来なかった……)

劇を最後まで行えなかった申し訳なさ、それが募るのを感じているのも事実だ。

落ち込んで項垂れていると…

ポン
「!!」

「きっと、君なら、大丈夫だよ。」
ナデナデ

「アヤックス…。」

再び頭を撫でる手。

優しい声色で紡がれた励ましの言葉…。

安心した空は、心の緩みからつい彼の本名を呼んでしまう。それだけタルタリヤの行動と言葉は、空の悲しみに満ちた心を温かく包んで癒してくれた。

蛍と再会を果たすことに対してだろうか。

それとも空自身を気遣ってだろうか。

どちらにしても、"大丈夫"、そのひと言だけで、ここまで胸が温かくなる程安心したのはいつぶりだろうか。

(アヤックス、お前は本当に凄いな…)

撫でられる手の温かさも相まって、ますます安心感に陶酔していると…

パッ
「それにしても…。」

「? 何だよ??」

ニヤッ
「君も、なかなか演者に向いているんじゃない??」

「なっ! あれは仕方なく、だ!!」

励ましていたと思えば、タルタリヤは頭を撫でていた手を離してからからかい口調になる。先程から一転したその態度に、安心感に陶酔していた空は、即座に気持ちを切り替えて抗議の声を上げた。どうやら、先程の空の言葉に似た言い回しで言い返しているようだ。

「そうかな〜?」

「もうやらないからな!!」
プイッ

いつの間にか去った胸の痛み、次にほんわりとした安心感、そして今度はムカムカとした感情…。忙しなく感情が渦巻くことに何だか腹が立ってきた空は、機嫌を損ねたようにそっぽを向く。しかし…

「え〜? でも、俺は君がやるなら、って志願したんだよ??」

「………ふぇっ??」
バッ

今、アヤックスはなんと言ったのだろうか?

不意に紡がれた言葉に、つい間抜けな声を出してしまった空は、アヤックスに向き直る。まるで、空以外でなければ代役の役者に立候補はしなかった、と聞こえる言い回しにますます混乱する。

(って、何勘違いしてるんだ、俺は!!)
ブンブン

その爆弾発言にも近い言葉に、首を横に振って葛藤していると…

「だって、そうでもしなきゃやらないよ〜。それに…。」
ガシッ
グイッ

「わっ?」

「剣舞、結構楽しかったよ? 相棒??」
ニヤッ

「!!」

空の腕を引き寄せて、アヤックスは耳元で囁いた。顔は見えないが、楽しそうな声色から笑っているのが分かった。

スッ
「そういう空だって楽しんでたんじゃない? 舞からも伝わってきたよ。」

「な……、そ、それは…。」
カァァァ

耳元から顔を離しながら、アヤックスは言葉を紡いだ。またもや図星を言い当てられて、空は羞恥に顔を染めていく。ただでさえ、先程囁かれた耳元が熱を持っているのに、これでは顔全体が真っ赤になっているのではないか、と思ってしまう。

「やっぱり俺達って、相性抜群なんだよ!!」

「〜〜〜…、は、恥ずかしいことばっかり言うな!!」
バッ
グラッ

「わわっ!」

ポスッ
「おっと! 気を付けて??」

更なる恥ずかしい発言をさらりとするアヤックスに、身体を離そうとする空だがバランスを崩してしまう。そんな空を再度引き寄せたアヤックスは、その体勢のまま言葉を紡いだ。

「〜〜〜っ!!!」
ポカポカ

「あはは、痛くないよ?」
パッ

それにますます顔を赤らめた空は、抗議するようにアヤックスを叩くが力が入っていないのか、間抜けな音だけが響く。アヤックスも痛くないのか、笑いながら手を離した。

(…雲菫のところへ行く時に、こいつには念入りに謝らせよう……)

「じゃあ、改めて…。」
フッ
ストッ

「?」

バサッ
クルッ

雲菫の謝罪について考えていれば、アヤックスは、空中にコートを具現化させるが、右脚を踏み出して、一段下の花畑に着地する。その行動に、空が疑問符を浮かべていると、空中に漂っていたコート、それを器用に空中で着込みながら右脚を軸にして、ターンをする。

そして…

スッ…
『喜びを祝して踊らないか?』

ブワァッ
フワッ

タルタリヤは右手を差し出しながら言葉を紡いだ。

それと同時に、不意に風が吹いて、タルタリヤのコートの裾と花びらが舞い上がった。

「!」

その言葉に、空は目を見開いた。

それは本来の劇のラストでの台詞あった。再会できた"兄妹"がそれを祝して花畑にて踊るのだ。

だが…

「今やるのかよ…。」

劇が終わった今やるのでは、意味ないのではないか…。そういう意味を込めて、空が呟いた。

「いいじゃないか。それに…、

この劇の2人だけでも再会させてあげようよ?」

「!!」

その言葉に、空は、ますます目を見開いた。
だが、アヤックスの言うことにも一理ある。

再会するまで辛かったのは物語の"少女"と"兄"も同じだ。その機会を奪ってしまうのは、例え辛かったとはいえ、中断しようとしていた空だ。

それは、実際に空と蛍を引き裂いたあの神と同じ、あるいはそれ以上に残酷なのではないだろうか?

それは、それだけは、空が決してしてはいけないことではないだろうか?

例え物語の中とはいえ家族を引き裂く権利など誰にもないのだから。

(まさか、こいつに気付かされるなんてな…)

そのことを、他でもないアヤックスに気付かされた空は意を決して向き直る。すると、一瞬だけ、時折夢で見る花畑と真っ白な衣装の蛍の姿…、それがアヤックスと重なった。

(……蛍?)

「? どうしたの??」

フルフル
「いや、何でもない。」

一瞬見えたそれに、しばし呆ける空を心配したアヤックスは声をかける。それに何でもないように首を横に振る。そして…、

「…確かに、この"兄妹"に申し訳ないからな…。」
スッ

「! うん、そうしよう。」
スッ…

差し出された右手を取った空に、アヤックスは満面の笑みを浮かべた。そして…

フワッ

スッ

手を取ったまま空の身体を浮かせるように引き寄せたアヤックスは、反対の手を空の腰に添えた。突然の浮遊感に、空が慌てるも、ふわりと花畑へ着地した後に、アヤックスに合わせてステップを踏み始める。

そうして、2人はワルツを踊り出した。

真のエンディングを演じてしまうのは、再度、胸の痛みに押しつぶされるのではないか…。

そう懸念していた空であったが、今は不思議と先程感じていた胸の痛みは無かった。

それは、アヤックスの言葉によって絡まった感情の糸が解けたおかげか。

はたまた、真のエンディングをこの花畑で行えているおかげか。

もしくは、その両方か…。

それは、胸の奥底に仕舞い込んだ空だけが知ることであった。

月明かりの元、空とアヤックスはワルツを舞い踊る。

真っ白な衣装を身に纏った空を、アヤックスは時折慈しむように手を取って踊っている。

その様子は、まるで大切に育てた白い花を慈しむようにして戯れる貴族のようであった。

そんな2人の様子に、近くの瑠璃百合がますますその花の香りを強くして、周りに芳しい香りを漂わせた。

本来であれば、歌を聞かせれば、瑠璃百合はその花の香りをますます引き立たせる。だが、2人の舞い踊る様、そして、その間に流れる空気に、人には察せない歌を感じ取ったのだろう。

その瑠璃百合と照らされる月だけが、踊る2人を祝福するように見守っていた。

-END-


あとがき

空くんに他のキャラの衣装を着せたい話、第二弾です!!←
今回は、エイプリルフール2021で、お互いの衣装を交換した双子ちゃんのイラストから思いつきました!!

というのも、公式様のイラスト…、勿論、好きなんですが…

蛍ちゃんの衣装を空くんがそのまま着るのは、流石に空くん恥ずかしいんじゃないかな…??

何とかアレンジした衣装を着た空くんの話を書きたい!

そう思ったのがきっかけでした…。

でも、題材が思い当たらないな…。
そうして、なかなか話作りに踏み込めないままでいた時に、雲菫の実装及びそのセリフを聞いて思いつきました…!!

劇にすればいけるんじゃないかな…!?

そう思ってから、構想を練りに練って、無事完成させることができました!!

心の底からありがとう、雲菫…!!

また、魔神任務でのムービー…、
本当に泣きました…

ストーリームービーでの申鶴さんは勿論のこと、神女劈観のムービーでの雲菫の思いやり…

リアルにダブルで泣いて、準備していたタオルがびしょ濡れになりました…!!
その気持ちも込めて、今回のお話を思いつきました!

また、今回、空くんの旅路を見立てた劇、ということで、必然的に…

ほぼ全ての魔神任務やイベントストーリーを参考にすることになりました…!!
今まで書いた中で、参考資料が1番多い作品だと思います…!!

正直、大変でした!!!(大本音)

趣味全開とはいえ劇の演出や演技の身体の移動や戦闘シーンもどきの描写に加えて、参考資料の多さに混乱することもありました…

誰ですか! こんな構成にしたの!!
そうです、紛れもなく私です!!!←

長くなりましたが、ここまで読んで頂きありがとうございます!!

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