【タル空】翳り、猛る、そして誓い合う

ある日の黄金屋をクリア後、特別なアイテムをもらう空くんとタルタリヤの話です。

時系列的に、黎明を告げる千の薔薇後の休息期間の時です。

黄金屋の天賦突破アイテムが、全キャラ分の必要数に達成していた記念のお話でもあります。

※タルタリヤが気弱、空くんが激情&激昂気味と2人の情緒不安定気味です…。
(ちょっと暗めかもしれないです…)

・黄金屋のクリア報酬を自己解釈かつ捏造気味
・タルタリヤは、今まで黄金屋をソロクリア&報酬を貰っていなかった設定です
・詩的表現多め

参考資料
・魔神任務
璃月編 黄金屋での戦いのセリフ
稲妻編 "淑女"との御前試合
スメール編 黎明を告げる千の薔薇クリア後

・イベント 帰らぬ熄星

・【原神】『テイワット』メインストーリー幕間PV-「冬夜の戯劇」

・タルタリヤの"執行官について"で追加された博士、淑女についてのボイス

※初出 2022年11月20日 pixiv


黄金屋の前にて。

(今日の報酬は変わったものを貰ったな…)

週に1度だけ挑戦できるかつて戦った魔王武装を纏うタルタリヤと戦える秘境と化した黄金屋。

そこで挑戦を達成した空は、報酬の中でいつも貰うものとは違う報酬がひとつだけあることに疑問を抱いていた。

それは、通常のモラとは一味違った記念品のようなモラであった。ひと回り大きなそのモラは、裏に旅人座(と空がテイワット大陸にて名乗っている偽物の命ノ星座である)の一部である剣のマークが浮かび上がっている。

サッ
サッ
(何で、俺の命ノ星座を知っているんだ?)

裏と表、ひっくり返して観察しながら、何故、命ノ星座の形を模しているのか、それに対して疑問符を浮かべた。命ノ星座はモナのような占星術を研究する者や、レーナルトのように命ノ星座が隕石となって飛び続けるような特殊な例を除いて、余程のことがない限り他人が知ることはない(空は、仲間達の命ノ星座は仲良くなった仲間達から貰う名刺の飾り紋を通して知っているのだ)。

そのはず…、なのだが、この記念モラ(と名付けることにした)が、その常識を覆していることを物語っている。

(一体、誰がこの記念モラを作ったんだ…??)

シュンッ

「ふぅん…。報酬はなかなか豪華なんだね。」

「タルタリヤも貰ったのか?」

「うん。色々貰ったよ。何か変わったモラも貰ったね。」
スッ

そんな新たに生まれた疑問について考え込む空の後ろで、数分遅れて出てきたのは、タルタリヤである。彼も同じものを貰ったのか、尋ねれば記念モラを見せてくれた。

その記念モラの裏には、空の旅人座に現された剣のマークの位置がある場所に、同じく彼の命ノ星座である空鯨座のマークが現れていた。どうやら、挑戦した者の命ノ星座に対応した記念モラをくれるようだった。

(って、待てよ…)
「今までも報酬を貰っていたんじゃないのか??」

挑戦した個人の命ノ星座を把握している…。そのことがますます空の疑問を増やしていく。だが、先ほどのタルタリヤの発言に何か引っかかるものを感じて恐る恐る尋ねた。

というのも、挑戦する前にタルタリヤに会ったので、今日の挑戦は互いに共闘する、という形を取ることにしたのだ。だが、黄金屋の現状を作り出した張本人が来たものだから、空は慌てて突き返そうとした。だが、心配いらないよ、ほら、千岩軍だっていないだろ?というタルタリヤの言葉に周囲を見渡した空は、確かに…と納得した。

そのことに対して疑問符を浮かべる空に答えるように、タルタリヤは言葉を紡いだ。曰く、今日は何日かに一度ある黄金屋の守衛担当たる千岩軍の人々が一斉に休みを取る日、だそうだ。

実は、タルタリヤは"経過観察"という名目上で、黄金屋に度々赴いては挑戦していたらしい。しかも、驚くことに1人で戦っていたようだ。そうして隙を見て訪れる度に、守衛担当の千岩軍の人々のスケジュールを自然と把握したらしい。

だから、安心してよ、と宥めるタルタリヤに、若干納得がいかなかったが、戦うまで去る気配がないタルタリヤと共に立ち往生するわけにもいかないので、渋々共闘することになって、無事クリアして、現在に至る。

そして、先程の発言や地脈の花を受け取った時の様子を見る限り、まるで報酬を初めて受け取ったような反応だったので尋ねた次第である。

(流石のタルタリヤでも、まさかそんなことはないだろ…)

様々な秘境を乗り越えてきた空からすれば、推測しているタルタリヤの行動は、目を見張るものだ。だが、いくら戦闘狂たるタルタリヤでも流石にそんなことをするわけが…、と淡い期待を抱いていた。

だが、そんな空の考えも、タルタリヤの次なる発言で盛大に粉砕されることとなった。

「ん? これが初めてだよ??」

「え、えええぇぇぇ!!??」

きょとんとした顔で、とんでもないことを言うタルタリヤに衝撃を受けた空は、驚きに琥珀色の瞳を見開いて大声を上げた。

この時ほど、千岩軍が一斉に取る休みの日で本当に良かったと思う。そうでもしないと、騒ぎを聞きつけた千岩軍が大勢押し寄せてきただろう。そうなれば、タルタリヤが危うくなる上に、空の驚きの発散先も行き場を失ってどうなってしまうか分からなりそうだからだ。

「じゃあ、今まで1人で戦ってクリアしながら、報酬は一度も受け取らなかったのか??!!」

そんな驚きの感情を露わにしたままの勢いで、空は早口気味にタルタリヤに尋ねた。

「うん。何か、地脈から花が出たな〜、とは思っていたけど、特に何もしなかったんだ。だから、何か貰うのは今日が初めてだよ。」

(これが真の戦闘狂か…)
ガクッ

案の定ともいうべきか、ますます驚きの返答をしてきた。それに肩を落として呆れ半分、ある意味で感心半分になる空だが、最初ほどの衝撃ほどのものはそこまでなかった。

何故なら、改めてタルタリヤの筋金入りの戦闘狂っぷりを再認識したからだ。

確かに、戦うことだけが目的ならば、地脈の花から受け取る報酬は必要ないのかもしれない。それに、ほぼ毎日当たり前のように使っているので勘違いしてしまうが、そもそも天然樹脂をタルタリヤも使えるのかが分からないし、使えない可能性も高い。

そこまで考えると次第に冷静になっていくのを感じて、空は納得する。

(それにしても…)
「よく自分と戦えるな…。」

それも、空が疑問に思うところだ。

この黄金屋の秘境にて、タルタリヤが挑戦することのみで成立する"自分同士"との戦い。

それは、空には想像がつかないことだった。

「だって、戦えるのなら、そうなっちゃうよ。それに…。」

「それに?」

「相棒と共闘するなら尚更、かな!」

「なっ、何、言ってるんだよ…。」

いくら自分相手であっても、あくまでも、"戦える相手"だという認識らしい。そんなタルタリヤらしい考えを聞いた後、続けられた言葉を聞いていると、何だか気恥ずかしくなってしまった空は呆れた風を装いながらそっぽを向く。それは、案外悪くない、と心のどこかで感じていたからかもしれないからだ。

スメールにて、新たに獲得してから随分馴染んできた空自身の草元素の攻撃とタルタリヤの水元素の攻撃…。

元素反応からしても相性は良く、また、それ以上にタルタリヤと息ぴったりの戦いをしていた、と密かに思っていた。それは、複数の元素を操ることができることを悟られはしないだろうか、という懸念も振り払うほどに嬉しいものだった(もしかすると…、いや、その事実はとっくにタルタリヤには認識されているかもしれないが)。

これも、タルタリヤが空の旅に同行するようになって、空自身も彼のことを知ることができた故だろうか。

(共闘も、悪くないな…、って、何考えてるんだ俺は!!)
ブンブン

浮かんだ考えが、我ながらあまりにも陶酔気味だったので、それを振り払って否定するように、空は首を横に振った。

「それにしても、自分と闘うなんて、まるで"博士"みたいだ。」

ピタッ
「"博士"? 何でだ??」

そんな中で、タルタリヤの口から急に他の執行官の名前が出たことに、首を横に振るのをやめた空は疑問符を浮かべて尋ねた。

「"博士"は、年齢別に自分の義体を作っていて、様々な任務を担当させているんだよ。」

「え、えええぇぇぇっ??!!」

そうして、さも当然のように、タルタリヤは他の執行官のとんでもない情報をサラッと言ってきたので、空はまたしても驚きの声を上げるのだった。

「あれ? 言ってなかったっけ??」

「完全に初耳なんだが??!!」

「あはは。そっかそっか。」

割と重要な情報を言っているのに、タルタリヤは全く気にせずどこ吹く風だ。気が緩んでいるのか、空になら知られても大丈夫だと思っているのか、あるいはその両方なのか、真相は定かではない(できれば前者であって欲しいが…)。

「じゃあ、はい。」
スッ

「? 記念モラなんか差し出してどうしたんだよ??」

「折角だから、交換しない??」

ますます飄々としすぎている行動や発言に戸惑う空に、タルタリヤは自身の獲得した記念モラを空に差し出して、交換の意思表示を示した。

「えっ、何でだ??」

「う〜ん…。俺と相棒の共闘記念に??」

「何で疑問系なんだよ…。まぁ、いいけど。」
スッ
サッ

記念モラを持つ右手を顎に当てて考え込んだタルタリヤは、何故か疑問符を浮かべながら言葉を紡いだ。既に驚き過ぎて疲労を感じていた空は、もう口出しする気力すら起きずに記念モラを受け取った。同時に、空自身の記念モラも差し出す。裏には、彼の空鯨座を表した鯨のマークが、確かにその存在感を示していた。

「! ありがとう。断られるかと思ってたよ。」
スッ
フッ

「断られる前提かよ!!」

「あはは。でも良かったよ…。」
フッ

(? 何だか、タルタリヤの様子が………)

空からの記念モラを受け取ると同時に瞬時に収納したタルタリヤは、空が提案を受け入れることがそんなにも予想外だったのか、少し目を見開いてから言葉を紡ぐ。

それに抗議する空の様子を見て、少し笑った後、不意にタルタリヤは声のトーンを落とした。同時に、その深い青の瞳が翳りを見せたことに、空が疑問符を浮かべていると…

「これで、君も俺もお互いを忘れないはずだから…。」

ドクン
「な、何だよ、いき、なり………。」
(様子が、変だ………)
ギュッ…

些か不穏さを交えて紡がれた言葉。

それを紡いだ声のトーンは普段よりもかなり落とされているように聞こえた。それはまるで、先の見えない霧のような不安定さを交えている。

そして、深い青の瞳がますます暗く沈んでいるように見えたので、深海の奥底のような深く暗い翳りが瞳の奥底から垣間見えた気がした。

そんなタルタリヤの様子に、何だか胸騒ぎがした空は、それを抑え込むように、渡された記念モラを握りしめた。

「覚えてる? 初めて黄金屋で闘った時、通りで"淑女"が君を警戒する訳だ、って言ったこと。」

「あぁ。忘れるわけがない。」

声のトーンを落としたままタルタリヤは言葉を投げかける。それに、まだ胸に残る不安が拭えないまま空は答えた。

久々に聞いた言葉に、懐かしささえ感じる。

それは、先祖の亡骸を巡って、タルタリヤと黄金屋で対決している最中の発言だった。

初めて戦うファデュイの執行官との対決。

それに、必死に食らいつきながら猛攻を仕掛ける空に対して、タルタリヤが発した言葉だ。

だが…

「だけど…。」
(その"淑女"は…)

「そう、稲妻で亡くなった。君との御前試合で負けてね。」

「………。」

タルタリヤが告げた"淑女"という名前。それは、空にとって、鮮烈な記憶を呼び起こさせる名前だ。それを察したらしいタルタリヤは、言い淀んだ空の言葉の引き継ぐように、タルタリヤは淡々と告げた。

稲妻城における御前試合。

生死を賭けた戦いは、空が勝利して、敗北した"淑女"は雷電将軍の手によってこの世を去った。

御前試合のルールとはいえ、目の当たりにした確固たる"死"…。

その出来事は空の精神をひどく疲弊させた。それは、今でも昨日のことのように思い出せる。そんな"淑女"の名前が、今になってタルタリヤの口から出るとは思いもしなかった。口ぶりや接し方から仲が悪いように見えたが、もしかすると、彼にも思うところがあって執行官としての立場から、そのことについて言及するつもりなのだろうか。

「あぁ、誤解しないで欲しいんだ。別に責めてるわけじゃない。ただ…。」

「ただ…?」

沈んだ表情を浮かべている空に、心中に抱いているだろう感情を察したタルタリヤは、決して責めているわけではないと告げた。しかし、その声色は、依然として暗いままだ。

そして、続けられるであろう言葉を空は待つ。一方で、タルタリヤは慎重に言葉を選んでいるのか、数秒間を置くように黙り込む。

そして…

「俺にもいつかそんな日が来るんじゃないかと思ってね。

何しろ…

ファトゥスにとって、死期は自分で決められるようなものじゃないから…。」

そう言葉を紡いだタルタリヤは、大空を見上げて、遠くを見つめながら言葉を発した。

その声色は、いつもの快活さは消えて、ただただ、無気力で、無機質で、どこか諦観したような、そんな気持ちが込められているような気がした。

まるで、タルタリヤ自身がいつ居なくなってもいいような。

記念モラに描かれた自身の命ノ星座たる空鯨座…。それがタルタリヤ自身が死した後、夜空に上がるのを祈るような。

…そんな、彼らしからぬとても弱々しい発言だった。

(何で、そんなことを、言うんだよ…!!)
ギュッ
ギリィッ…

その言葉を聞き終わった空は、感じていた胸騒ぎと恐れ、不安…。それらが一気に奈落に突き落とされていくような衝撃を受けた。そして、だんだんと胸の内に怒りが込み上げてくるような気がしてくる。

行き場のないそれを閉じ込めるように両手に握り拳を作って耐える。あまりに力が込められている為か、黒を基調とした手袋の布地が、鈍く摩擦の音を立てる。それは、右手に握られたタルタリヤの命ノ星座たる空鯨座の鯨のマークが刻まれた記念モラも、共に空の手の中に包み込まれて固い感触を右手に残していく。

パッ
「でも、安心してくれ。俺は…。」

「ふざけるなよ…。」
シュンッ
パッ

「えっ?」

大空を見上げていたタルタリヤは、空へと視線を戻して、いつもの快活そうな声に戻してから言葉を紡ごうとする。それは、少々から元気から出るように感じる声だった。だが、続けられるはずだった言葉は、それを遮るように、空鯨座の鯨のマークが刻まれた記念モラを収納しながら、両手の力を抜いた空が俯きながら呟いたことで止められた。普段より低いトーンで言葉を紡ぐ声には、抑えきれない怒りが含まれていた。

「お前には、守りたい大事なものがあるんだ…。」
スタスタスタ

「そ、空??」

まだ俯きながら言葉を続ける空は、早足でタルタリヤに向かってくる。そんないつもの空らしからぬ様子に圧倒されたように、タルタリヤは若干怖気付いたようにたじろぐ。

ピタッ
「だったら…!」
バッ
グイッ!

「わっ!?」
タンッ

やがて、タルタリヤの目の前で止まった空は、マフラーに似た装飾を力任せに引っ張る。急にかけられた力とその強さに、タルタリヤはバランスを崩して驚きの声を上げながらも、脚に力を入れて踏ん張る。

そして…

「だったら、目的を果たしても全力で生きろ!!

あがいて、あがいて、あがいてみせろ!!!

そうしないと…、

俺が許さないからな!!!」

「!!」

必然的に距離が近くなったタルタリヤ…。
その深い青の瞳は、驚きに見開かれていた。

その整った顔に向かって、力いっぱい声量を込めて、空は叫んだ。

普段は、必要最低限あまり喋らない空は、言い切った後、力を込め過ぎたのか肩で息をしている。

掴まれているタルタリヤのマフラーに似た装飾は、込められた力によるものか、空の荒ぶる気持ちの表れなのか、微かに震えている。

そして…、

その大きな琥珀色の瞳は、力強い意志による光を宿して、燃えるように輝いて見えた。

その輝きは…、

星が誕生する際の輝きのようにも。

周囲を明るく照らす一等星のようにも。

夜明け前ね一際明るい星のようにも見えた。

そして…

その輝きを宿す琥珀色の瞳は、この世にあるどんな宝石よりも眩く輝いて見えた。

それが、目の前にいる少年の心そのもののようだと理解した瞬間、深海の奥底のような色を宿していた深い青の瞳は、徐々に輝きを取り戻していく。

まるで、海が、星々を包み込む青空となるように、生き生きと輝いていた。

涙ぐんでいるためか、かすかに潤んでいる琥珀色の瞳を見ているうちにタルタリヤは、自身がとても情けないことを言っていたことを再認識させた。

常に死と隣り合わせの戦場。

陰謀渦巻く組織内の連中や野心に溢れた執行官達。

そして、女皇様から賜った邪眼。

女皇様のために。
スネージナヤのために。

そして、家族のために…。

守りたいもの、守るべきもののためならば、とっくに覚悟を決めていたはずだった。

今さら怖気付く気も後戻りする気もさらさらない。

だが、"淑女"の追悼を目の当たりにした瞬間に、脳裏をよぎったいずれ訪れるかもしれない未来の"自分"。

その時、改めて悟ったファトゥスとしての運命…。

そうして抱いた気持ちを他でもない目の前にいる旅人の少年である空に、もしかしたら聞いてもらいたかった気持ちがあったのかもしれない。正直に言えば、仲間に対する思いやりに満ち溢れたとても優しい性格の空に、この気持ちを聞かせるのは些か酷かもしれないと踏みとどまっていたところがあった。

だが、この"自分"と戦える場となった秘境と化した黄金屋で共闘して、それを残せる品を交換したからこそ話したかったのかもしれない。

そして…、

先程の空の言葉に、タルタリヤは憑き物が落ちたように気持ちが軽くなるのを感じた。

(空………、やっぱり、君は眩しいな……)

その名が表すように、全てを包み込むような"空"の寛容さとおおらかさ、そして、温かさで以って、タルタリヤの胸のうちに落としていた"影"、それを取り除いてくれたような気がした。

スルッ
パッ、パッ
「…俺が言いたいのは、それだけだ。」
グイッ

手を離した空は、掴んだことで少しよれてしまった装飾を直してから、涙ぐんだ目元に残る涙を無かったことにするようにやや乱暴に拭った。

スルッ…
「うん、分かったよ。

何があろうとも、俺は全力で生きていく。」
スッ…

そして、拭ったことで若干赤くなってしまっている空の目元を優しく労わるように、タルタリヤはそっと右親指を滑らせた。その温かみに、"生きている"ことを実感させてくれたので、その安心感に朗らかな笑顔を浮かべながらタルタリヤは言葉を紡いだ。

それは、先程続けられるはずだった言葉の先であった。ようやく言えたことに安堵したタルタリヤは名残惜しげに右親指を離した。しかし、どうやら空は納得がいっていないようで不満げな表情を浮かべていた。

「…本当か??」
ジロリ…

「本当だよ! …信じられない??」

「………あんなことを言ったんだから、信じたくても信じられない。」

「そっか…。あ! それなら、こうしよう。」
ゴソゴソ
パッ

訝しむ様子でジト目をしながら言葉を紡いだ空の様子に、何かを思いついたらしいタルタリヤが取り出して右人差し指で摘んでいるのは、先程収納していた記念モラであった。

「? 記念モラを取り出してどうしたんだ??」

スッ
「かつて、岩王帝君は、一枚のモラから契約を交わした。そしてそれは、テイワットで最初のモラとなった。」

ジト目を止めた空は疑問符を浮かべて尋ねれば、タルタリヤは記念モラを空の目の前にかざして、語り始めた。それは、書物にも記されている岩王帝君の成した璃月の歴史のひとつである。

「その通りだけど…、それがどうしたんだよ??」

「まぁまぁ、焦らないで。」

璃月人であれば誰もが知るその物語を語り出したことにますます戸惑いが強くなる空はさらに尋ねる。だが、まるで、物語の続きが知りたくて急かす子供をあやすようにタルタリヤは優しく言葉をかけた。話の続きが気になる空は、言葉通り焦らずに待った。

「今、ここには、記念モラがふたつある。これを他でもないこの黄金屋で、互いに重ね合わせることで、最初のモラの契約の場を再現する。」

そうして、タルタリヤは語り続ける。その様は、まるで、三杯酔で語り続ける講談師のようでありさながら空はそれに耳を傾ける客になったかのようだった。

「そうして交わした契約は…。」

「契約は…?」

一度、言葉を切って話すスピードを緩めたタルタリヤに、不思議と空は固唾を飲んで見守る。そして…

「何にも代え難い唯一無二の契約になる。」

「唯一無二…。」
(そんな伝説があったなんて…)

語り終えたタルタリヤは、真剣味を帯びた表情で空を真っ直ぐ見つめる。その深い青の瞳を琥珀色の瞳に写した空は、璃月にはまだ自分が聞いたことがない物語があるのだということと他でもないタルタリヤが語ってくれたことに感心していた。

だが…

パッ
「…って、俺が考えたやつなんだけどね!」

ズルゥッ
「なんっ……、お前が考えたのかよ!!!」
ダンッ

両手を開いたタルタリヤは、まるで手品をしている最中のタネも仕掛けもありません、とでも言わんばかりに取り出した記念モラを収納すると同時に表情を切り替えるように、悪戯っぽい笑みを浮かべて言葉を発した。それに、空はその場にずっこけそうになるが、何とか脚を踏ん張って耐えながら抗議した。

「あははは。なかなかよく出来ているだろう??」

(こいつ…)

空の様子を気にするわけでもなくあっけらかんとした表情で腰に左手を当てながら言葉を紡ぐタルタリヤの姿に、脳裏に呆れたような顔をした鍾離が思い浮かんだ。そして、その脳内の鍾離の表情につられるように、空は呆れた顔をした。

「でも、契約なんて言葉は、俺には堅苦しすぎる。

だから…

誓いを交わさないか?」
スッ

「誓い??」

腰から左手を離しながら、目を伏せて続けられたタルタリヤの言葉は、形式ばったものや堅苦しいものが苦手な彼らしい言葉だった。そして、再び記念モラを取り出して、右人差し指で摘みながら、真っ直ぐ空の瞳を見つめて目の前にかざした。

「うん。俺は全力で生きていくことを空に誓う。だから、空も俺に誓ってよ。」

(誓い……)
「…分かった。誓う。」
スッ

タルタリヤの言葉に、先程とは違う温かみに溢れた覚悟を感じ取った空は、その誓いを受け入れる決断をする。それを示す為に、懐から記念モラを取り出して、タルタリヤとは反対の左人差し指で摘んでから、タルタリヤの目の前に差し出した。

「ありがとう。君ならやってくれると思ってたよ。」
スッ

それを見て了承の意志を感じ取ったタルタリヤは、安堵による笑みを浮かべて記念モラを自身の胸元に近付けた。

ギュッ

「俺は、何があっても全力で生きていくことを空に誓うよ。」

スッ

胸元にある記念モラ、それに想いを込めるように握りしめたタルタリヤは誓いに込める言葉を紡いだ。

(タルタリヤの声、いつも通りだ…)
ホッ

再び空の目の前に差し出された記念モラを見ながら、タルタリヤの普段より少し硬い声色ではあるものの先程ファトゥスとしてのことを語った時のような翳りは感じられなかったことに、空は安堵のため息をこぼす。

スッ

「俺は………。」

ギュゥゥッ

スッ

そして、タルタリヤの真似をするように、胸元に記念モラを近付けた空は同じく想いを込めるように握りしめた。しかし、タルタリヤに負けないように、という気持ちが込められているのか、些か強めに握りしめている。

そして、タルタリヤの目の前に差し出して言葉を紡ぐ。それは…

「アヤックスが生きられるように…。
必要があれば全力で守ることを誓う。」

「!!」

その言葉に込められた気持ちの強さに、タルタリヤ…、いや、アヤックスは目を見開いた。

「? 何かおかしいか??」

「……ううん。大丈夫だよ。」

彼の本名である"アヤックス"の名を口にしたことで、空が記念モラに込めた誓いは、ファデュイの"タルタリヤ"ではなくて、ただ1人の"アヤックス"に立ててくれたとても強いものであることに、胸の内が幸福感で満たされていくのを感じた。

また、それだけでなく、まるで、熱烈な告白のようだと錯覚するような漢気溢れる言葉を口にしながらも、小動物のように首を傾げる様子はあまりにも可愛らしいものだ。

そのことから、アヤックスが感じた"熱烈な告白のよう"ということは、空本人にその自覚は全く無くて、仲間思いで心優しい空の本心から出たものだということを感じ取った。

(空、漢前過ぎるよ…)
クシャ…

そのギャップの差、それに、空の無自覚っぷりに、アヤックスは胸のうちの昂りを抑えるように左手で、前髪を軽く握りしめる。

(ちょっと反撃させてもらうよ…)
パッ

「じゃあ、合わせるか…。」

「空…。」
グイッ

「わっ?!」

そのことに、悔しくなって対抗心を燃やしたアヤックスは、前髪から左手を離した後に、記念モラ同士を合わせようとする空の左腕を引っ張った(器用なことに、右人差し指に記念モラを持ちながら、残りの指で、だ)。同時に、反対の左手で空の腰も引き寄せるものだから、唐突にかけられた2箇所の力に、空は驚きの声を上げる。

そして、腰に添えた手を、空の後頭部に移動させながら、耳元に顔を寄せたアヤックスは…

「言ったからには、ちゃんとやり遂げてよ? 空…。」

カツン…

空以外の誰にも聞こえないような、あるいは聞かせるものか、という意志かあるような声量で囁いた。

その声は、優しく、穏やかで、甘やかな響きを秘めていた。

その際、空の左腕を掴んだ時より力を緩めて、アヤックスの右人差し指、空の左人差し指、それぞれに持っている互いの記念モラが近くまで来たことで乾いた音を立てた。

(!? ア、アヤックス、近い………!!)
カァッ

スッ

囁かれた声。
記念モラが立てる音。

それに、より近くなった距離を感じ取って動揺した空は、頰に熱が灯るのを感じてた。だが、そんな空を置いて、アヤックスは少し離れる。そして、確認できたその表情は…

いつもよりも余裕が無く、眉が少し不満そうに釣り上がっていた。

ドキッ
(な、何で、そんな表情をするんだ…)

その表情に不思議と胸を高鳴らせた空は、ますます困惑する。ただでさえ、先程囁かれた声に、まるで温もりが灯っていてそれが移ってように耳にはまだ熱が残っていることに、動揺が止まらなくてキャパシティオーバー寸前だった。

そして、それらの痕跡が、アヤックスが大人の男の魅力を発揮していた証拠であるように感じていたのに対して、その表情はまるでおもちゃを取り上げられて怒る子供のようなギャップがある。

それに、記念モラを持つ空の左手が、先程より弱められた力で引き寄せられてアヤックスの右手に掴まれているのが視界に映ったことで、ますますいつもより距離が近いことを再確認して…

(〜〜〜!!!)
カァァァッ

様々なことが積み重なって、空は急速に顔を赤らめていく。真っ赤に染まった頰は、食べ応えがある熟れた林檎のような瑞々しさを宿していた。

クスッ
「あははは! 空、顔真っ赤だよ?」
パッ

困ったように眉を下げて赤くなる空の様子に、未だに眉を上げながらも、まるで悪戯が成功した子どものようにアヤックスは笑った。それに満足したのか、空の後頭部を掴んでいた左手を離すと同時に、右手を離して空の左手を開放した。

「う、うるさい!! もう記念モラはしまうからな!!」
バッ

「はいはい。」
スッ

離れた空は、やや荒めに記念モラを収納しながら、言葉を紡いだ。それに、笑いながらアヤックスも収納した。

(な、何なんだよ!! 勘弁してくれ…)
シュゥゥゥ…
…クイッ

まだ耳に残る熱を感じて、ますます羞恥を感じて赤くなる空は、湯気が出ているようだった。それを拭い去るように、だけど、それも名残惜しい気がして控えめに頰を拭うのだった。

(やられてばかりじゃ性に合わないからね…)

一方、記念モラを収納したアヤックスは、まだ照れているらしい空の様子を見てますます笑みを深くするのだった。

人は迷いが生じた時、光に希望を見出す。

暗い夜道、その中に灯る街灯に安心するように。

航海中の船が、眩い星を頼りにして航路を辿るように。

砂漠で迷ったキャラバンが、澄み切った夜空に浮かぶ星空で方角を見るように。

そして、海をたゆたう鯨は、空気を求めて呼吸するように。

その刹那、鯨は、一瞬でも空に浮かぶ星々を見るのだろう。

その時、鯨はその輝きの美しさを知るのかもしれない。

その後、黄金屋を後にした2人は、記念モラを取り出して見つめる。

空は、大事に抱え込んで、後で保存方法を調べてみようと考えながら。

アヤックスは、大空に記念モラを掲げて、その輝きを見て笑みをこぼしながら。

2人の誓い。

それが果たされるのは、まだ誰にも分からない遠い未来の話である。

-END-


あとがき

黄金屋で獲得できる天賦突破アイテムが、いつの間にか全キャラ分の必要数に達していた記念に書きました!

作中に出てきた記念モラ(という名称でいいはず…)が獲得できる条件としては、

・50回以上行った上で共闘すると貰える(オリンピックの金メダル的な感覚?)

・裏側には、挑戦者の命ノ星座の意匠が刻まれている

空くん→旅人座の剣のマーク

タルタリヤ→空鯨座の鯨のマーク

という感じで書きました!

あと、タルタリヤの執行官についてのボイス、特に淑女に対してが、いつになく気弱な一面が全面的に出ていたので、彼も色々と思うところがあるのだろうな…、という気持ちになるのと同時に、まるで、ファトゥスとして死ぬのもしょうがない、と諦観めいた気持ちも感じました。

そう思うとふつふつと怒りを感じてきたので、いつも以上(当社比)に漢前(を出せていたらいいなぁ…←)な空くんに、

そんなことを言うな!!

絶対生きろ!!

何なら、空くんor蛍ちゃんがそのフラグをへし折ってやる!!!

という気持ちを代弁して貰いたかったので、作中で空くんの台詞として出させて頂きました!

強く生きろアヤックス…!!(何様)

そんないつも以上に感情むき出し(当社比)で書き殴ってしまった文ですが、ここまで読んで頂きありがとうございました!!

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