【タル空】交わる紅、やがて紫苑になりゆく

鳴神大社の巫女さんの頼まれごとに、空くんがある日の出来事を回想するお話です。

空くんの巫女についてボイスネタでもあります。化粧した俺でもいい、って………
その話、kwsk!!!!!ガタッ←

時系列としては、月逐い祭から1、2週間後くらい、また、謎境一騎の2週間前、としています(ややこしい)が、あまり気にせずにお読みください…←

何となく前に書いたいくつかの話が背景にあるような気がしますが、このお話単体でも読めると思います。

出演キャラ
七七
胡桃

・往生堂の構造、仕事(胡桃のアイディアなど)捏造
※大前提として目張りと死化粧を似て非なるものとして解釈しています
・筆者は↑の知識ど素人です…
温かい目で見守ってください…←
・タルタリヤの出番、後半にちょっとだけ

参考資料
・空くんのボイス 巫女について
・Ver.1.5PV 塵歌壺のところで、七七と胡桃が追いかけっこしているシーン

参考サイト

https://www.isehanhonten.co.jp/beni/tradition/

https://jf-aa.jp/column/column13.html

※初出 2021年12月1日 pixiv


鳴神大社。

そびえ立つ影向山の頂に在するそこは、八重神子が宮司として取り仕切っている神聖な場所である。巫女や参拝客、そして狐達がその場に思いも思いに佇んでいる。中でも一際目を引くのは、雷櫻…、とりわけこの鳴神大社にあるものは"神櫻"と呼ばれている代物で、年中咲き誇っていて、その花びらをひらり、ひらりと漂わせている。

樹齢は推定でも何百年とありそうなその幹は、まるで大きな狐を象った形を模しておりその花びら達は、さながら何本にも分かれた尻尾のようにも見える。巫女の一人である麻紀に聞いたところ、伝説によると鳴神様、つまり雷電将軍の力の具現によるものであり、季節問わず咲き続けるそれは、稲妻の安泰を守っているらしい。

そんな鳴神大社だが、八重神子から聞いた話によれば鎖国令が終わった後、巫女服を試着できる体験を新たな観光事業として各地に設置しようと検討しているらしい。それもフォンテーヌの写真撮影技術も取り入れようとしているものだから、相当気合いを入れていることが窺える。

その第一歩として、容姿端麗でモデルになってくれそうな女の子を探している、という話を大社の巫女から聞いた。巫女服を纏って、写真機に笑顔を向ける、所謂イメージモデルというやつだ。その場では思い浮かばず首を横に振れば、もしくは、化粧をした空でもいいと言ってくれた。曰く、異国の旅人である空がやれば反響があるかもしれない、ということであった。それに、稲妻ではなかなか見かけない金髪を持つ空がやれば、ますます効果的だ、と長い三つ編みを指差しながら言った。

しかし、他に合う人がいるかもしれない、と言って断った。残念そうにする巫女さんに合う人が思い当たったら紹介します、とまだ納得がいかない様子の巫女さんに向かって苦笑いをしながらその場を後にした。

断った理由…、巫女さんの提案に驚いたのもあるがどうにも気乗りしないからだ。無論、もっと似合う人がやったほうがいいと思ったのも事実だ。しかし、それはほんの些細な理由に過ぎなかった。それに…

(あの時のこと、思い出しそうだし…)

空の気が乗らないもうひとつの理由…、むしろその理由が大部分を占めていると言っでも過言ではない。それは、空の心の奥底に仕舞い込んでいたとある出来事が起因となっていた。

連なる鳥居を歩きながら、その発端となった日のことを思い浮かべた。

それは璃月港で行われた月逐い祭が終わった数日後のことであった。玉京台へと向かっている途中、慌てた様子の七七に遭遇したことがあった。

今にして思えば、これがその始まりだったのかもしれない。

ぽすっ
「わっ、何だ……。」
クルッ

「………。」
きゅっ

腰辺りに感じた軽い衝撃に、空は驚きに目を見開いた。振り返って視線を下ろせば、七七が服の裾にしがみついていた。隠れているつもりなのか、空のマフラーに似たマントの中には、氷元素の神の目が着いた辮髪帽と三つ編みにした薄紫色の髪が隙間からチラチラと覗いている。

「七七? どうしたの??」

「熱いの、来る…。」

「え??」

「待ってよぉ〜〜、な〜〜〜、な〜〜〜ちゃ〜〜ん!!」

どこか変わった様子の七七に困惑気味に声をかければ、ぽつりと静かに呟いた。その言葉にますます首を傾げていると、後ろから声が聞こえてきた。声だけでも何やら楽しげに語尾を伸ばしているのが伺えた。

「この声は…。」

「……。」
サッ

聞き覚えのある声に顔を向けると、胡桃(フータオ)がこちらへ向かって来ているのが確認できた。時折輝く蝶と共に刹那に姿を消しながら、トレードマークである梅の花飾りが付いた堂主の証たる帽子と薄焦茶色に紅色のグラデーションがかったツインテールを揺らしている。その声が聞こえると同時に、七七はさらに身を潜ませた。

「な〜な〜ちゃ〜〜…、ってあれ?? 旅人だ! どうしたの、こんなところで!!」

「どうしたも何も…。」

ひょこっ
「……。」
さっ

「この状態なんだけど…。」

立ち止まった胡桃は、空の存在に気付いて紅梅色の目張りで彩られた梅の花に似た形の瞳孔を丸くして尋ねた。だが、それを聞きたいのはむしろ空である。後ろから恐る恐るといった様子で、胡桃を覗き見た七七はすぐにまた隠れてしまった。その様子に、空は説明してくれ、と言わんばかりに胡桃を見た。

「七七ちゃん!! あ〜、よりによって旅人の後ろに隠れるなんて…。」

「ん? 何を持ってるんだ??」

七七の姿を確認して嬉しそうにするが、隠れたことで今度は残念そうにする。そんなくるくると表情を変える胡桃は、両手に何かを持っている。それは筆のようなものと、瓶に詰められた塗料のように見えたので、そのことに気付いた空は尋ねた。

「ああ、これ? ちょっと七七ちゃんの目張りをアレンジしたくてね〜。」

「絶対それが原因じゃないか…。」

その回答そのものが、疑問に思っていた七七の行動とその原因であることが分かった。それと同時に、空は肩を落とした。これでは、逃げ出してしまうのも頷ける。ちらりと隠れている七七を見れば、胡桃がアレンジしたがっている薄紫色の丸い目張りに彩られた大きな牡丹色の瞳を不満げな色を滲ませていた。

「どうしようかな〜、…んん??」

「うん? 何だ??」

困ったように眉を下げる胡桃は、目線を上げて後ろに隠れている七七から、改めて空を見た。そして、おもむろに首を傾げて、今度は疑問符を浮かべながら眉を下げた。それに釣られるように、空も首を傾げて尋ねた。だが…

「んんん???」
サッ
サッ
サッ

ギョッ
「な、何だよ…。」

そんな空の疑問に答えずに、その代わりと言わんばかりに胡桃は何度も角度を変えて周りをぐるぐる周りながら観察している。そんな胡桃の突然の行動に、流石の空もたじろいだ。また、隠れている七七も近くに胡桃が来るたびに微かに身体を揺らしている。その真意は、胡桃の行動をよく理解している七七が、無理矢理引き剥がそうとしているかもしれない、と勘ぐっている為に出た反射的な動きだった。

「!!」
ピタッ

(大丈夫か…??)

やがて梅の花に似た形の瞳孔を見開くと同時に、立ち止まった胡桃は固まってしまった。その行動に、ますます空は訝しげな視線を送るが、本人は全く気付いていない。そして…

ピコンッ
「…そうだ〜!!」
パンッ

ようやく動き出した胡桃は、何かを閃いたらしくニヤリと笑って両手を合わせるようにして叩いた。

「どうしたんだよ?」

「仕方ない、今回は七七ちゃんのことは諦めるよ!!」

「!!」
ギュッ

「! 本当か?!」

胡桃のその言葉と同時に、後ろで七七が空の服の裾を掴んだ。ようやく解放されることに、密かに嬉しがっているようだ。空もらしくない提案に驚いて聞き直したくらいだ。

「うんうん! あまりにも嫌がってるからね〜。」

「良かったね、七七。」

すっ
「………。」
こくん

ますます胡桃らしくない言葉に驚くもののどうやら危機が去ったようだ。それを確信した空は、七七へと声をかければ服の裾を離して、顔を覗かせて静かに頷いた。

「じゃあ、七七にはもう用はないよな??」

「うん! いいよぉ〜。」
ヒラヒラ

「いいって。もう大丈夫だよ。」

こくん
きゅっ
「……ありがとう。」

「どういたしまして。」

こくん
くるっ
てってってっ

「またね。」
ヒラヒラ

再確認に胡桃に問えば、晴れやかな笑顔で手を振っている。そのことを七七に告げれば、小さな指先で再度服の裾を掴みながら、お礼を言って不卜盧の方へと去って行った。それに、小さく見送りの言葉を紡ぎながら手を振った。

だが、空は気付いていなかった。

危機は去ったのではなく矛先が自分に向いただけだということに…。

そして、それは胡桃の言葉により思い知ることになる。

「その代わり…

あなたが付き合ってよ!!」
ポン!

「……は?!」

今、胡桃は何と言ったのだろうか??

肩を叩かれた空は唖然とした。しかし、そこには、ウィンクしながらえへっと言いたげに笑う胡桃の姿があった。

スッ
「ほらぁ、一応仕事にも関わることだから練習したいし〜。」

「別に俺じゃなくても良くないか?」

肩から手を離した胡桃が紡いだ言葉に、空は内心驚いた。まさか、往生堂の仕事に関わることだとは…。てっきりいつもの七七との追いかけっこだと思っていたが、どうやら違うらしい。しかし、それとこれとは話が別である。空が至極もっとも意見を述べると、笑顔を保ったまま今度は耳打ちするように近付いた。

そして…

スッ
「そういえば…、前に、行秋坊っちゃんに似た服装の子を見かけたんだけどね?」

ギクッ
(!? ま、まさか、あの時のことか??!)

胡桃の耳打ちしてきた内容に、空は動揺してその琥珀色の瞳をわずかに揺らした。何故なら、その言葉に心当たりがあったからだ。

それは以前、訳あって行秋の身に纏う服と似たような服装を身に纏って、タルタリヤと共に行動したことがあったのだ。しかし、その服装を纏っていたのが空だったことは、胡桃が知るわけがない。道中、鍾離には見られたが、まさか彼に限って話しているわけでもあるまい。それに、鍾離にとって、胡桃は苦手な人物であるので尚更話したとは考えにくい。

(落ち着け…、まだ俺だとバレたわけじゃない…)
「そ、そうなんだ??」

「すごぉく噂になったんだよ??」

「へ、へぇ〜、俺も見てみたかったなぁ〜。」
(噂、って、そこまでなってたのか?!)

確信は持てないが、カマをかけている可能性も捨てきれない。出来る限り平静を装って胡桃の問いに答える(しかし、噂にまでなっているとは予想外すぎて、これにもまた動揺してしまう)。だが、そんな空の健闘も虚しく終わってしまう。何故なら…

ニヤッ
「それって……、

もしかしてあなたじゃない?」

さらに笑みを深くした胡桃に指摘されてしまったからだ。

ギクゥッ
「ひ、人違いじゃないか?」

「そうかな〜? あなたにすごぉくよく似てたんだけどな〜。」

「ま、まさか、そんな…。」

先程よりも強く動揺しながらも必死になる空は冷や汗を掻いていた。胡桃の更なる追撃にも知らん顔を貫き通す。

「でも私、この前、瑠璃亭であなたが髪を下ろしているのを見たんだけどさ…。」

「あの時の?」

これに関してはつい最近のことであった。月逐い祭の期間中に、紆余曲折を経て瑠璃亭の手伝いをしていたことがあったのだ(交代直前で偽名を使っていたタルタリヤと共に退勤していたので、最後まで手伝った、と言うと疑問が残るが)。だが…

(って、待てよ…、もしかして……)

そこまで思い出して、空はさらに冷や汗を噴き出した。何故ならタルタリヤの悪戯により髪を下ろした状態を鍾離と胡桃に見られたのだ。

髪を下ろした姿…。それは、行秋に服を借りた時もしていたのだった。

(そういえば、胡桃は何か言いたげな表情をしていたな…)

それと同時に、瑠璃亭を退勤する間際、胡桃が怪訝そうな表情を浮かべていたのも思い出した。もしかしたらそのことも、今追求されていることに拍車をかけてしまったのかもしれない。

「あの姿に行秋坊ちゃんの服を合わせたのを想像してみたの…。」

ますます冷や汗をかきまくる空に構わずに、こうピタッ、って感じでね!と胡桃はジェスチャー付きで説明した。

「へ、へぇ〜? 」

「そうしたら…、

見事にあなたと一致したんだよ…!!」

「うっ!」

またもされた指摘に、空は呻き声を漏らした。流石に、これはもう言い逃れはできない。

「私の目に狂いはないよ…!!」
キラーン

「うぅ…。」
ガクッ
(ば、バレてしまった…)

ドヤ顔をしながら瞳を輝かせる胡桃に、完全敗北を悟った空は膝から崩れ落ちた。そのショックはかなり大きい。まさか、他の知り合いにも見られてしまっていたとは…。それもよりによって胡桃に知られてしまうとは、もはや羞恥を通り越して虚無感に包まれていく感覚に陥る。

(俺は……、どうしたら………)

「ああ! でも、私の用事に付き合ってくれるなら忘れそうだなぁ〜!!」

ピクッ
「…本当か??」

「うんうん。逆にそうしてくれなかったら、いつまでも覚えたままだよぉ〜。」

胡桃のその言葉に藁にもすがる思いで聞き返した。それに答えるように紡いだ言葉は、魂胆が見え隠れしている。だが、空にとっては救いの言葉にも聞こえた。こうなってしまえば、空がやるべきことはたったひとつ…。それは…

「…分かったよ。俺は何をすればいいんだ??」

胡桃の用事に付き合うこと、これ以外に道はない。

手のひらの上で転がされているようで納得はいかないが、今、空ができる最善策であった。

「そうこなくっちゃ!!」
パチンッ

そんな空の回答に、指を鳴らした胡桃はこっちだよ!と往生堂のほうへ歩き出したので共に着いていく。

こうして胡桃の用事につきあうことになる空であった。


往生堂にて。

応接間に通された空は、椅子に座って目の前で準備する胡桃を見守っていた。先程見た筆と塗料のようなものが入っている瓶以外にも、他の道具をごそごそと用意している。どうやら必要なものが他にもあるらしい。

「往生堂はこんな仕事もするんだな…。」

「そうだよ〜。まあ、正確にいうと、延長線上、って感じかな。」

普段の様子から一変して、胡桃は口調はそのままながら、声色を真面目なものにして話す。仕事、葬儀や生死に関わること全般に対して、彼女は堂主としての姿を見せる。往生堂の仕事に関して興味を持ち始める空に、胡桃は説明を始めた。

往生堂を利用する者で、故人を生前と変わらぬ姿での埋葬を希望する者も多いという。そこで、胡桃はテイワット各地の葬儀について調査を行った。そこで辿り着いたのが、稲妻でも行われている方法で、死化粧、と呼ばれているものらしい。身なりを整えたご遺体に最後に施すものとして受け継がれているらしい。

「そんなこともしているのか…。」

「うん。勿論、ご遺族の意向も試みてね。それに…。」

説明しながらも、準備の手は緩めない。流石の手腕といったところだ。

「それに?」

「目張り、っていうのは一種の魔除けでもあるの。その中でも、とりわけ赤色は、昔から命の源の色、って、されててね。目張りは神聖な儀式の一種でもあるの。」

解説しながら、胡桃は自身の紅梅色の目張りを指差した。普段は分かりにくいが、こうして改めて見ると、彼女にも控えめに施されているのが分かる。

「なるほど…。」

「だから、往生堂でも葬儀をする際に、悪い霊から身を守る、って意味でも化粧を施すの。まあ、これは、私がアレンジの末に考えついたものなんだけどね。」

稲妻でのやり方を聞いた胡桃は、そのまま真似るのではなく往生堂のやり方として、それなりにアレンジを施した。それが、目張りらしい。そこは秒単位でアイディアを思いつく胡桃らしいとも言えた。

その言葉に、空は、刻晴や凝光、北斗や辛炎の姿を思い浮かべた。仙人が身近にいる璃月の環境故か、魔除けの一種でもある目張りを施している女性は確かに多い。それも胡桃が説明したように赤を基調としたものが多い。

(そういえば、鍾離先生も…)

また、女性のみならず男性も施している者が多いと思った。それに関しては、鍾離や魈を脳裏に浮かべた。璃月に来てから、鍾離をはじめとして、男性でも目張りをしているのをよく見かけるのだ。それまで、化粧をするのは女性、という概念でいたので衝撃を受けた。鍾離との初対面でも、内心では目元に施されたオレンジ色に近い色の目張りが、鮮やかな彩りの中にも神々しさを感じたのを覚えている。

(まあ、岩神だから、ってのもあると思うけど…)

岩神、とくれば七神、それに連なる雷電将軍を自然と連想した。そういえば、彼女も目張りを施していた記憶がある。また、彼女だけでなく、宵宮や八重神子もしていた。それに男性では、ゴローもしていたことを思い出した。思えば、最初に稲妻に関連する人物として出会ったスカラマシュもやっていたことを思い出した。

そういえば、以前、西風騎士団の図書室で読んだ本の中で、稲妻では歌舞伎と呼ばれる演目の一種にも、舞台上の演者の顔がよく見えるように施す、と書かれていたものがあったのを思い出した。その他にも、とある部族が強さや威厳を現すために戦化粧と称して、施すのだと言う(後に知り合うことになる荒瀧一斗がそれに該当するのかもしれない、と推測するのはまだは先の話である)。どうやら、様々な意図で使われているものらしい。

胡桃の解説を聞きながら、自身の持ち合わせた知識も含めて、空はひとつ疑問を浮かべた。

「あれ? じゃあ、何で七七にやろうとしていたんだ??」

まさしくそれである。七七は既に薄紫色の丸い目張りを目元に施していたはずだ。その指摘に、胡桃は、あ〜、あれね、とややばつの悪い顔をした。

「長らく変えられていないようだったら、この際に…、って勧めたら逃げちゃって。」

てへっ、と言わんばかりの様子に、空はガックリと肩を落とした。

「そりゃあ、逃げるな……。」

「あ、でもでも! 他にも理由はあるんだよ?!」

「何だよ…。」

「堂主たる私が直々に施したら、七七ちゃんも"その気"になってくれるかな、って!」

付け加えるように告げた言葉にも、七七が逃げ出す理由が十二分に含まれていた。胡桃の言う"その気"とは、無論、埋葬のことだ。キョンシーである七七を埋葬することに執念を燃やしている胡桃であればそのようなことをするのも納得できる。

「…多分、ならないから大丈夫だろ。」

「なっ!? 全然大丈夫じゃなーーーい!!」

ますます肩を落として七七の反応を予想する空に、抗議に地団駄を踏む胡桃だが、完全に手が止まっている。どうやら準備ができたようだ。切り替えるようにこほんっ、と咳払いをした胡桃は、空の前髪をヘアピンで止め出した。

「気を取り直して…、じゃあ、始めるよ〜。目を閉じててね?」

「あ、ああ。」
スッ

ようやく止め終わった胡桃は、筆を持って告げた。その言葉に従って、空は目を閉じた。

ふわっ

すぅっ

「本当はちゃんと化粧がのるように、化粧水とか着けるんだけど、あなたの健康的につやつやしている肌なら大丈夫そうだね〜。」

「そ、そうなのか…。」
(何だか、くすぐったいな…)

目元辺りに柔らかな筆が走る感覚がくすぐったい。説明しながらも目張りを施す胡桃の邪魔にならないよう目を開けるのを我慢して、動かないようにしていた。

(刻晴とか胡桃とかは、毎日こんなことをしているのか…?)

パチン、パチン
「よし、終わり!! 開けていいよ〜。」

(ようやく終わった…)
………パチッ

これをしかも毎日自分でやるとは…。空は見えないところで女性達が苦労していることを悟った。一方、胡桃は、空の前髪を止めていたヘアピンを外しながら声を上げた。目元のくすぐったい感触が消えてひと安心した空は、控えめに目を開いた。長かったような短かったような、不思議な感覚だ。その視界に、満足げな表情をした胡桃が飛び込んでくる。

「どれどれ〜? どんな感じか、な…。」

仕上がりを確認するために、空を覗き見た胡桃は言葉を失った。何故なら…

紅を引かれて、艶やかな雰囲気を醸し出す空が佇んでいたからだ。

空のほんのちょっとだけ吊り目な目尻から下まぶたにかけて引かれた紅は、派手過ぎず、かといって控えめながらもしっかり主張している。それが、空の大きな琥珀色の瞳に不思議とぴったりと合っている。

その何とも言えない独特な雰囲気を醸し出す美しさは、性差を超えて引き込まれていくような、そんな魅力を持っていた。

「………。」

胡桃は、新たな発見と今までに感じたことのない衝撃に打ち震えていた。それは、思わず黙り込んでしまうほどのものであった。

今まで数多くの者に目張りを施してきたが、割合で言えば比較的落ち着いた髪色が多かった。だから、正直にいうと、空の金髪に目張りが合うのだろうかと半信半疑であった。しかし、それは杞憂だったことが、目の前にいる空が証明していた。まさか、ここまで映えるものかと驚く反面、自分の慧眼さに内心ほくそ笑んでいた。

(どんな感じに、なったんだ…?)
「ふ、胡桃?? どうしたんだ?⁇」

プルプル

「おい??」

一方、何も言わずに黙り込む胡桃に、心配そうに声をかける空だが、返事がない。次第に震え出す胡桃は、静かに呟いた。

「やっぱり私の目に狂いはなかったわ…。」

「へっ??」

その一言を皮切りに胡桃のテンションは上がっていく。

ガバッ
「あなた、最高だよ!!こんなに似合うなんて!!」

「そ、そうか??」

「そうだよ、そうだよ! ああ〜、こうなればもっとやりたくなってきた〜〜〜!!」
ジタバタ

勢いよく顔を上げた胡桃は、梅の花に似た形の瞳孔を持つ紅混じりの色の瞳をキラキラと輝かせている。心なしか、その喜びに応じて、胡桃の周囲が花を飛ばしているように見える。どうやらかなり気分が乗ってきたらしい。本格的にやる気を出した胡桃はノンストップである。というか、最早仕事が関係なくなっているような気がするのは気のせいだろうか。

(まあ、いいか…)
「そういえば、俺は今どんな感じになってるんだ?」

「どんな……って、そりゃあもう…。って、ああああ!!」

ビクッ
「な、何だよ?」

空の問いに、胡桃は突然大声を上げた。あまりにもショックらしく頭を両手で抱えて天を見上げている。その様子に、肩を揺らして驚いた空が尋ねると今度は勢いよくこちらを振り向いた。あまりにも力が入っているのか、離した両手を戦慄かせている。

ガバッ
「私としたことが、鏡を忘れるなんて!! 待ってて!! 今、他の道具も一緒に持ってくるから!!」
ビュンッ

ガタッ
「ちょ、胡桃??! …行っちゃった。」

あまりの勢いに思わず立ち上がって追いかけようとした空だが、それも虚しく既に胡桃はツインテールを揺らして、またも時折輝く蝶と共に刹那に姿を消え去るようにして走った後だった。

「仕方ない、待つか…。」

暫く戻って来なさそうな気配を察した空が、再び椅子に戻ろうとした。その時…

ガチャ

(? もう戻ってきたのか??)

扉が開く音に首を傾げた。胡桃は今しがた出たばかりだ。しかし、もう戻ってきたのだろうか。

(まぁ、いっか)

キィ…
「胡桃? 早かった、な……。」

続いて響いた扉がゆっくり開く音、その音を出している人物を胡桃だと疑わない空は声をかけた。だが、その言葉が最後まで綴られることはなかった。何故なら…

「………。」

メッシュの入った柔らかな茶髪に存在感ある仮面。
マフラーに似た装飾に、右腰に水元素の神の目を身につけた青年、タルタリヤがそこに居たからだ。

(た、タルタリヤ??!)

思いもしない人物の登場に困惑しながらも、何故か目を見開いて固まっている姿に疑問符を浮かべた。

(?? 何で固まって…、!!)
すっ…

だが、すぐに原因が分かって、慌てた空は目元に当たるか当たらないかの位置に指を滑らせた。ほんの少しまで胡桃が施していた箇所は、目張りで彩られたままだった。

(俺、目張りしたままだった!!)
「あ〜、タルタリヤ? 違うんだ、これは…。」

それを思い出した空は、言い訳をしようと混乱する頭を何とか回転させながら上手い言い訳を出そうと絞り出す。だが、それも途中で終わってしまう。

スタスタ
ピタッ

今しがた固まっていたのが嘘のように俊敏な動きで、タルタリヤはこちらへ向かってくる。その間、無言のままである。やがて、空の前で止まるが、やはり無言のままでさらには、空の目元を集中的に見つめている。

(な、何か言ってくれ…!!)

何か言われるならまだしも、沈黙が1番堪える。いっそいつもの調子で話しながら、笑ってくれればいいのに…。そう考えていた空は、タルタリヤの次の行動に対する反応が遅れてしまった。

「………。」
スッ

ビクッ
「な、何……。」

タルタリヤの右手の人差し指と中指が、空の紅が引かれた左目元へと伸ばされた。困惑する空をよそに、タルタリヤはようやく沈黙を破り、そして、ひと言呟いた。

「似合っていない。」

「えっ??」

グイッ

そう言ってやや乱雑な手つきで、空の目元を拭ってしまう。その動きを追う様に視線を動かした空は、ますます困惑してしまう。痛くはないが、目張りは確実に不恰好になってしまっただろう。その証拠に、タルタリヤの手袋の人差し指と中指部分に赤い塗料が付着しているのが視界の端に映った。

「な、何するんだ!! 折角やってくれた、の、に…。」

困惑の次には、ふつふつ怒りが込み上げてくる。折角、胡桃が施してくれたのに。それを抗議しようと、正面のタルタリヤへと目線を送った。だが、またしても、途中でその言葉は止まってしまうことになる。それは何故かというと…

顔を真っ赤にしながら、こちらを見つめているタルタリヤの姿があったからだ。

赤く染まった顔の中で、反対の色を持つ深い青の瞳は何とも言えぬ色を滲ませて見つめてくる。その瞳には、不恰好になった目張りに彩られた困惑に揺れる琥珀色の瞳が映し出されている。

(な、何だよ…、その顔……)

「こんなのしなくても、君はそのままでいいんよ…。」
スッ
ダッ

タルタリヤらしからぬ表情に、先程まで抱いていた怒りはどこかに行ってしまった。代わりに、目に焼き付いて離れないタルタリヤの真っ赤に染まった顔の熱…、それが移ってしまったかのようにじわじわと頰が熱くなるのを感じて、硬直してしまう。そんな空に構わずに、タルタリヤはそう言い捨てると、走り去ってしまった。そのまま空が動けないままでいると…

ヒョコッ
「おっまたせ〜!! さぁ、続きを…ってあー!!」

いいタイミングか悪いタイミングか、胡桃も戻って来てしまった。立ち竦む空の目元を見た胡桃は、増えた荷物を抱えながら大声を張り上げた。

「目張り!! 取れかかってるじゃん!! 拭おうとしたでしょ?!」

怒り心頭にして目を釣り上げる胡桃だが、空の顔色を見て慌てて声をかけた。

「あれ? 顔真っ赤だよ?! 大丈夫??」

「…から。」

「え? 何て言ったの??」

「もう止めるから…。」

呟きが聞き取れずに、胡桃が聞き返せば、空はそう言葉にした。

その顔は、施された目張りに負けないくらい真っ赤に染まっていた。

バァン!!

ピタッ
「………。」
…スタスタスタ

往生堂の扉を勢いよく開けたタルタリヤは立ち竦んでいた。夜になれば扉のそばに渡し守が居るのだが、まだ日が高いこの時間帯に、まだその姿はない。しばらく突っ立っていたままのタルタリヤは、やがて、胡桃の立てかけた看板の裏に回り込んだ。

ピタッ
(空のあの目元…)

そうして、再び立ち止まって目張りを施された空を思い出していた。

元々、鍾離との仕事の打ち合わせをする為に足を運んだのだが、用事を済ませてから行くので先に行っていて欲しい、と言われたのだ。申し訳なさそうにする鍾離にいいよいいよ、とふたつ返事で往生堂を訪れたタルタリヤは、そのまま応接間へと向かったのだ。仕事の打ち合わせをする際には、ここを使うことが多いからだ。

そうして、いつもの調子で扉を開ければ…

紅を引かれて、艶やかな雰囲気を醸し出す空が目を丸くして佇む姿が視界に飛び込んできた。

大きな琥珀色の瞳を彩る真っ赤な目張り。
だが、派手すぎないその色は不思議と空に合っていた。
普段の大人びた雰囲気を纏う空の目元が、彩られた姿…。それは、ますます空の魅力を跳ね上げていた。

璃月では、目張りを施している者が多い。鍾離だってそうである。しかし、普段やらない者がやる目張りの破壊力は凄まじい。それも、何もせずとも充分魅力的な空がやるとますますその威力は計り知れない。それは、不思議と高鳴る鼓動と熱くなる顔を隠す余裕も無くなるほどに、だ。先程の行動は、これ以上見ていたらどうなってしまうか自分でも分からなくなるような気がしたからだ。それほどまでに、目張りをした空の破壊力は抜群だった。

それに、そんなことをしなくたって、空は、充分に魅力的なのだから。

そんな想いが先走って、心無い一言と共に思わずそれを拭ってしまった。改めて、拭ったことにより右手袋の人差し指と中指に付着した目張りの塗料を見る。やがて…

へなへな
ストン

「あれは反則でしょ…!」

へたり込んだタルタリヤは、両腕で真っ赤になった顔を隠しながら呟いた。

(俺には似合わなかったんだよな…)

その日のことを思い出した空は、再び顔に熱が集まるのを誤魔化すように、パタパタと手で仰いで冷まそうとした。そして、改めて巫女さんにそのことを伝える為に、鳴神大社へ向かった。その時、ふと脳裏にぴったりの人物がいることがよぎってそれを伝えようと決意した。

後日、神里綾華が巫女服を着て微笑む姿が話題を呼び巫女服の貸し出しのサービスは大好評だったという。

また、そのことについて西風教会のシスター服でも同じことができるのではないか。そんな空の提案に、ロサリアが面倒くさそうにするのはまた別の話である。

-END-


あとがき

普段メイクとかしない人が目張りをすると、ドキッとするよね、という気持ちと目張りは似合ってるけど、そのままでも充分なことを伝えたい、という気持ちからこのお話のアイディアが浮かびました!φ(・・

空くんの巫女について、のボイスを聞いた時は思わず5回くらい文を読み直して、また聴き直しもしました…←
"化粧した俺でもいい"って………。何、その話、詳細を是非!!!!!ガタッ となって思いついたお話でもあります_φ(・_・

実は、だいぶ前に思いついていたネタなのですが、なかなかいい展開が思い浮かばず詰まっていました(^◇^;)
そんな中で、ボイス、巫女についてを聞いてこれだ!!と思いました!!!(☻-☻)
というか、巫女さん、慧眼過ぎません??
ただでさえ可愛さが限界突破している空くんが、化粧なんてしたら………
魅力が大爆発して死にそうです、私が!!!←

原神キャラは、素晴らしいデザインのものが多いですが、その中でも、特に目張りの引き方が素晴らしい美しさを醸し出していて、目張りキャラが実装される度に、ついつい魅入ってしまいます…!!

そんな中でも、魈や鍾離先生の目張りには大変感銘を受けました…!!
あまりにも衝撃的過ぎて、鍾離先生の第一印象は、お目元に引かれた目張りが大変美しい…!!!でした…
美少年やイケメンが目張りをすると、ときめきが止まらなくなる感覚に陥りました…←

また、もしかしたら空くんは、目張りに興味を持つかもしれないな〜、と思って書きました! それに対して、そのままの空くんが好きだけど、目張りの魅力に混乱するタルタリヤも書きたくて、こんな仕上がりになりましたww

そんな趣味全開のお話でしたが、ここまで読んでいただきありがとうございます!!

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