たゆたう雫、包む温もり

たゆたう雫、包む温もり


タルタリヤから渡された神の目…。

そして、そんなタルタリヤの行動に、色々ともやもやとした気持ちになる空くんのお話です。

※魔神任務"白露と黒潮の序詩"の内容を含みますので、クリア後閲覧推奨です。

クリア前に読んでしまっても苦情は受け付けないのでご了承下さい。

・時系列としては、再会からリネのマジックショー開幕までの数日間の間です

・相変わらずの捏造・自己解釈多々気味

・タルタリヤ情緒不安定かつ落ち込み気味、そんな様子に空くんタジタジ気味(意味分からん)

・神の目の扱いについて自己解釈気味

参考資料

・魔神任務"白露と黒潮の序詩"
タルタリヤとのやり取り

・魔神任務 稲妻編 少々(料理みたいに言うな)




フォンテーヌ ヴァザーリ回廊にて。

全体的に淡い色合いをした街並みは、夜色に染まりながらも暗くなり過ぎない印象を保っている。それは、建造材に使用されているティアストーンが月の照らし出す明かりに反応して、ほんのりと本来の淡い色合いを引き出している影響なのかもしれない。

そんな夜が更けた時間帯にも関わらずフォンテーヌの街中は音で溢れていた。

仕事終わりの人々が1日の疲れを癒すためにカフェ・ルツェルンでコーヒーを嗜む音。

街を巡回するクロックワーク・マシナリーが闊歩する機械音。

最近読んだ話題の小説の感想を語り合う者達の喋り声…。

それだけの音が混ざりながらも、"喧騒"と言うには、そこまで音が騒がしく感じないのが不思議なものである。もしかすると、それは、芸術を重んじるフォンテーヌ人の根底に根付く振る舞いの上品さが成しえることなのかもしれない。

そんなフォンテーヌ特有のどこか淑やかな賑わいを見せるヴァザーリ回廊の渡り廊下突き当たりにて、どこか悩ましげな様子で佇んでいる少年が居た。長い金髪を三つ編みにした旅人の少年、空である。

月明かりに照らされる金髪は、それが織りなす淡い明かり特有のどこか静謐さを感じられる光を受けて、周囲に光の粒子を振り撒いているように煌めいている。

もし、ここに演劇、歌劇、あるいは両方の真髄を知り尽くす者が居たとしたら、この光景を見て、真っ先にスポットライトに照らし出された劇中のワンシーンを連想することであろう。

チラッ
(こんな大事なものを預けるなんて、一体何を考えているんだ…)
ハァ…

そんなどこか現実離れした場面を連想させている本人たる空は、そんなことになっていることは当然ながら自覚が無く、手すりに肘を置きながら右手の中にある物を見て盛大にため息を吐いた。

それは、銀縁飾りで彩られた水元素の神の目だった。

やや鋭い装飾をしたそれは、主の元を離れた影響なのか、沈黙をするように鈍い輝きを纏っている。

それは、タルタリヤの水元素の神の目であった。

フォンテーヌにて久々の再会を果たしたタルタリヤは、ボーモント工房のエスタブレに迫り尚且つ空との雑談を邪魔した悪漢達を"正当防衛"で追い払おうとした際、突如として神の目が反応しなくなり、作り出した水刃が消えてしまったのだ。

タルタリヤにとっても予想外のことだったらしく、困ったように眉を下げて"妙だな…"と後頭部に右手を添えて呟いていたので、とても印象に残っている。

そして、何を思ったのか、タルタリヤは何故か反応しなくなってしまった自身の神の目…。それをどういう訳なのか空に渡したのだ。

まるで、落としたくないから財布を預かっていて、と言わんばかりに渡された神の目に困惑する空を他所に、"反応しなくなって決闘に影響が出たらつまらないから、持たないことにした"とタルタリヤは告げた。

(だからって、気軽に預けるなよ…)
ハァ…

一連の出来事を思い出しながら、空は再び深いため息を吐いた。だが、それもそのはずである。

何故なら空は、他人の神の目を持つことに対して、内心冷や汗が止まらないでいたからだ。

他人の神の目をその手に持ったのは、稲妻を訪れた際、千手百目神像前でトーマの神の目を奪おうとした雷電将軍の手に渡るのを阻止した時以来だ。

稲妻で"主なき神の目"と"神の目を奪われて願いを奪われた者"を見た印象が強いせいか、タルタリヤの行動には酷く驚いたものだ。だが、それを通して、"神自身が奪わなければ、他人に預けても神の目は光が鈍くなり反応しなくなるだけで所有者本人に影響はなく無事である"ということが分かった。

七天神像に触れることで自身に元素力を纏うことが出来る空は、言わば"目に見えない形なき神の目"をその身に宿しているようなものだ。逆を言えば、こうして"形ある神の目"を持つという状態は、滅多に無い状態である。

一生に一度見れるか見れないか、それだけ希少である神の目…。

そこから更に稀、もしくはこのテイワット大陸唯一かもしれないであろう自身に元素の力を纏える空からしてみれば、神の目を持つことに対して新鮮味と同時に不安を覚えていたのだ。何しろ、こうして形あるものとして持つことは、空にとっては不慣れであるからだ。

そして、今までに出会った仲間達が、神の目を肌身離さずに、目の届く範囲で分かるように身につけている理由をようやく知ることになった。

ある者は腰元に。

ある者は首元に。

ある者は背中に。

そして、ある者は右腰辺りに…。

外付けの魔力器官である神の目は、それを通じて元素力を導いている。ごく僅かな者しか持てないそれを扱う立場に居る者は、日常的に神の目を扱う者が多く、必然的に元素力を駆使する状況になりやすい。その為には、肌身離さず身につけ、尚且つ奪われないよう目に留まる箇所に身につけていることが多い。

もしかしたら、神の目の所有者には、本能的に神の目を無くすまいとする意識が備わるのだろう、というのは空の推測である。何しろ出会った仲間達の中には、神の目が顕現した際に、捨てようとしたり気付かないままフラスコで熱してしまったという話を聞くので、所有者それぞれに反応があるのだろう。

しかし、空からしてみれば無くしてしまわないか不安になるものでしかなかった。

だからこそ、一時的に預かるためとはいえ、神の目が手元にある感覚を味わう空は、複雑な気持ちを抱いていた。

それ故に、空は非常に腑に落ちない気持ちでいた。

「気になるな…。」

「何が気になるの??」

「何って、それは………ってタルタリヤ!?」
バッ

クスッ
「やぁ、空。月明かりが綺麗だね。」
ヒラッ

ぽつりと独り言を溢した空は、急にかけられた声に、考えごとをしながら答えようとした為に反応が遅れた。しかし、ようやく我に返った空は、声がした右隣へと振り向いた。

そこには、メッシュの入った柔らかな茶髪に存在感ある仮面を着けた青年、タルタリヤが立っていた。

空の反応が面白かったのか、微笑みをひとつ浮かべながら右手を軽く振ってこちらへ挨拶をするように言葉を紡いだ。その言葉は、詩的な表現めいていてどこかタルタリヤらしからぬ言い回しであった。

「何でこんなところに居るんだよ…。」

「あはは。空が居る場所なら、俺はどこだって分かるからさ。」

「何だよそれ…。」

唐突な登場に関してはいつもと変わらない様子を感じながらも、こちらからすれば面食らってしまうものだ。そのことを空が問いかければ、タルタリヤは答えになってるか分からないような回答をした。

(そうだ…)

スッ
「ほら、返すよ……。」
ズイッ

やり取りをしながらも、タイミング良く現れてくれたことに内心安堵していた空は、その原因たる悩みのタネと化している神の目を渡そうとする。

しかし…

「え〜?? もうちょっと預かっていて欲しいな〜。」
ヒョイッ

スカッ

神の目を返そうと前に差し出してきた空の手…。それを軽口を叩くような言葉を連ねながら、わざわざ身体を捻ってまで、タルタリヤは避けた。おかげで、神の目を握った空の手は虚空に向かうだけとなった。

(あ、危なっ…!!)
キッ
「何でだよ! お前にとっても大事な物だろ!!」

予想だにしない動きに動揺した空は、うっかり神の目を掴む右手を緩めてしまいそうになって慌てて支えるように反対の左手で軽く握り込んだ。やや鋭利な装飾を避けながら取ったので、あまり痛みは無かった。

それよりも、受け取らなかったこと、さらには他でも無い自身の神の目をぞんざいに扱っているタルタリヤに対して、空は少し睨みながらやや声を荒げて反論した。しかしながら、タルタリヤから見れば子猫の威嚇のように可愛らしいものなので、さほど効果はなかった。

クスッ
「え〜?? そんなに俺に持っていて欲しい?」

「当たり前だろ!」

そんな空の様子が微笑ましかったのか、微笑みをひとつ溢したタルタリヤは、どこかからかうような口調で空に尋ねた。それに、空は全力で反論すると…

「どうしてかな??」

ドキッ
「えっ??」

急に真剣みを帯びた声に反応が遅れた空は、声を漏らしてタルタリヤを見る。頬杖をつきながらこちらを見つめるその深い青の瞳は、発せられた声に同調するように真剣な色を宿していた。

(……タルタリヤ、どうしたんだ??)

先程の唐突な登場をした時の口調から感じていたタルタリヤのいつもと違う様子…。

それに、何故だか鼓動が高鳴った空は、戸惑いながらもその琥珀色の瞳で見つめ返して、その続きを話してくれるように目で訴えた。

「君は今、俺の戦力の一部を持っている。極端な話、隠すなり奪うなりそれをどうしようと君の自由だ。」

「でも、君はそれをわざわざ俺に返そうとしている。」

「俺の戦力を削れるかもしれないのに、それは一体どうしてかな??」

いつもの軽い口調や様子は鳴りを潜めて、淡々と、そして次々と告げられるタルタリヤの声色には、まるで、ゆっくりとしていながらも、一定のリズムで以って水滴が水面上へと落ちてその音を奏でているような錯覚に陥った。

質問をした後に、空がどう反応するのかを試しているかのような…。

そうした意図が感じられるようであった。

「それは…。」

質問は以上だ、と言わんばかり淡々と問いかけてきたタルタリヤの言葉は止まった。それに、ますます戸惑いながらも、こちらを見つめる眼差しがいつも空をからかうような様子は鳴りを潜めている。そして、何故だかその深い青の瞳の奥底に、焦燥感と不安、そのふたつを秘めているように見えた。

(さっきの質問、もしかしたら…)

その様子から、タルタリヤの唐突な質問にどう答えるべきなのかを自分なりの答えを思案した空は、絡まった思考という名の糸を解くようにゆっくりと瞬きをする。

そして…

スッ
「俺が…

お前とフェアじゃないからだ!」

空なりに導き出した答えを両手を腰に当てて仁王立ちしながら、タルタリヤをまっすぐ見据えて答えた。

きょとん
「フェアじゃない…、って、まさかそれだけの理由で??」

「ああ、そうだ!!」

空の答え、それとあまりにも堂々した様子に呆気に取られたタルタリヤは、頬杖をついていた右手を離すと同時に目をまん丸に見開いて問いかけた。それに対して、空は力強く答えた。

神の目が無くとも元素力を扱える空にとって、言うなれば、己が身ひとつが神の目と同じ役割を果たしていることを意味する。つまり、一時的であれ他人の神の目を預かることは、他の人よりも元素力を扱えることを証明しているも同然である。それは空からしてみれば、神の目の持ち主全てに対して、フェアではないと感じていたのだ。

そして、それは邪眼を持つタルタリヤに対しては、ますますその意味合いが強くなる。

今の空の状態は、下手をすれば、神の目と邪眼を同時に持つことよりも、一層フェアでは無いと言えるだろう。それは、執行官であり神の目を持ちながら邪眼の所有者たるタルタリヤに対して尚更顕著である。

(皆にも、タルタリヤにも不公平だからな…)
「…って、タルタリヤ??」

プルプル

言ったことに満足していた空は、顔を伏せて肩を揺らしているタルタリヤの様子に気付いて声を掛ける。

(納得いかなかったのか…?)

そう空が判断しかける。だが…

ガバッ
「あははははは!! 何だか真剣そうだと思ったから、そんなことだったの…!!」

「わ、笑うなよ!! 大事なことだろうが!!!」

勢いよく顔を上げてタルタリヤは盛大に笑っていた。どうやら、空の答えがツボに入ったらしく肩を揺らしていたのは笑いを堪えていたようであった。対して、真剣に答えたのに笑われるのは心外だ、と言わんばかりに空は反論する。

「ははは、はぁ…。空はいつも予想もしないことで俺を笑わせてくれるね。」

「………馬鹿にしてるのか。」
じぃっ…

「まさか! そんなことないよ!」

まだ笑いが収まらないのか、笑いすぎて目元に滲んだらしい涙を右人差し指で拭いながら、タルタリヤは言葉を紡いだ。その言葉と態度に、納得がいかない空は胡乱な目を向けるも、タルタリヤは全く気にした様子がない。

(心配して損したな…)

少しずつではあるが、いつもの調子に戻りつつあるタルタリヤの様子を見て、空は内心で安堵に胸を撫で下ろしていた。実を言えば、タルタリヤが思いがけない行動をした時から、心配はしていたのだ。何しろ、その行動をする前に、フォンテーヌに来てから気が沈むことがある、とタルタリヤが口にしていたからだ。

いつも笑っていて、戦闘になるとますます笑みを深くする戦闘狂。

それは、空がタルタリヤに対して抱いている印象でありそれは揺るがないものだと思っていた。実際、フォンテーヌに来た理由を聞けば、気分が下がっていた、と話した後に、過去の話を聞かせてくれた。それに、最近では、暇な時に決闘代理人に手合わせをしており、その中でも特段強いクロリンデに挑みたいとも言っていた。

さらには、タルタリヤらしからぬ発言を聞いたパイモンが"お前も落ち込むことがあるんだな"と思わず溢した声に(失礼ながらも)納得しかけたものだ。

しかし、実際のタルタリヤの様子や制御を失った神の目、さらに、彼自身の過去の話、師匠であるスカークの詳細までを含めた話を聞くするうちに、彼も人並みに落ち込むことがあるのだと、意外に思うと同時に、内心安堵したものだ。

だからこそ、余計に心配の念を抱いた。

何故ならば、過去の話を語るタルタリヤは、どこか遠くを見つめていたらからだ。

まるで、すぐそばに居るはずの空が透明になったかのように見えなくなってしまって、虚空に向かって語りかけているような…。

そんな錯覚を覚えてしまったのだ。

「前にも言ったけど、過度に神の目に頼れば鋭さを失うんだ。それに…。」
スッ

「それに?」

空が思案しているのを尻目に、ひと通り笑って満足したらしいタルタリヤは、佇まいを直して言葉を紡いだ。そして、言葉を途切れさせると同時に、一歩進んで空へと近付く。

言葉の続きを待つ空は、近付く距離感に後ずさろうとするが、逆光により暗くなるタルタリヤの顔、それに、不思議とぼんやりと光深い青の瞳から目が離せないでいた。その為に、棒立ちとなってしまう。

そして…

スッ
「それに…

君に持っていて欲しいんだ。」
ギュッ…

「!」

ますます近付いてきたタルタリヤは、沈黙する神の目を持つ空の左手を、右手で包み込んだ。

タルタリヤと空、お互いの手が薄い布地に覆われている為に感じる生地の感触、そして布越しに感じられる体温の温もり、そのふたつが重なり合ってやがて握りしめられた。

タルタリヤの細い指先でありながら、歴戦の戦士だと感じられるしっかり筋肉が着いているのが分かる大きな手が、華奢さを感じられる空の手をすっぽりと包み込む。

時折込められる力が、神の目を覆う銀縁飾りのやや鋭利な部分と当たって、布越しに僅かな痛みを走らせる。

しかし、タルタリヤの言葉と手に走る痛み、そのふたつが、彼の右手を通して抱え込んでしまって隠れてしまった気持ちを空へと伝えているようであった。

まるで、一緒にいれば怖くない、と迷子になってしまった後に励まし合う幼い兄妹が手を取り合うような…。

ふと、そんな情景を思い浮かべてしまうほどであった。

パッ
「だから、もう少しだけお願いするよ。」

「分かったよ…。」
スッ

一瞬にも永遠にも感じられるような、刹那の時間が過ぎ去って、満足したのかタルタリヤは手を離すと同時に、空から少し距離を取った。その顔は、いつも見せるような快活そうな笑顔を浮かべていた。

その言葉と笑顔に、まだ一抹の不安を覚えながらも、半ば納得させるように返答した空は、神の目を懐にしまい込んだ。

これも、神の目を預かってから分かったことであるが、武器やその他の小物類を収納する時のように、光の粒子を纏うと同時に空中に共に消えて収納する、という対象に神の目は含まれないことを知った。

それも、空が神の目を持つことに対して不安に感じてしまう要素のひとつでもあり、こうして懐にしまい込むだけでも緊張してしまう。

しかし…

ポツリ…
「俺は、そんなに信用無いのかよ…。」

「え?」

しまい込んだ後、ようやく手が空いた空は不意に言葉を溢した。それを反射的に聞き取ったタルタリヤは、思ってもみなかった空の言葉に驚いたのか短く声を上げた。

「だって、さっきの質問…。」

それは、タルタリヤがまるで空を試すように質問してきたことである。それが、空にとってはどうにも引っかかるのだ。

いくら気が沈むことがあると言っていたとはいえ、その振る舞いがどこか普段のタルタリヤらしくない…、空はそのように感じていたからだ。

「………。」

(聞いちゃ、いけなかったか…?)

「…悪い、何でもない。」
フィッ
クルッ

無言になってこちらを見つめるタルタリヤに、先程浮かべていた笑顔は消えて、真顔になってしまっている。

普段、笑顔を浮かべることが多い分、真顔になったタルタリヤは、そこはかとなく近寄りがたい雰囲気を醸し出している。さらにいえば、先程、折角浮かべていた笑顔を消してしまったので、その様子は尚更顕著となる。

それに、罪悪感と踏み込んではいけない領域に足を踏み入れてしまったような気分になった空は、何事もなかったかのように、そっぽを向くと同時に、身体も後ろへと向けた。

「そろそろ行くぞ…。」

「…………ごめんね。」
スッ

クルッ
「え、何か言ったか……、!!」

そのまま立ち去ろうとする空に対して、消え入りそうな声でひと言呟いたタルタリヤは、足音を消して再び空へと近付く。

一方で、タルタリヤの声が聞き取れなかった空は、何を言ったのか確認する為に、タルタリヤの方へと再び身体ごと振り返った。

そして、タルタリヤとの距離が再び縮まっていることに気付いたのだ。

慌てて反射的に離れようとする空だが、タルタリヤの急な行動に、即座に対応出来ずに反応が遅れてしまった。

何よりも、月明かりが差し込んだことでよりはっきり見えるようになったタルタリヤの表情から目が離せなくなった。

まるで、罪悪感を感じているように、眉根を寄せて酷く苦しそうであった。そして、同時に、その眼差しがどこか切なさを帯びているように見えたのだ。

スルッ

「君がそんなことをしないことは、俺がよく分かってる。」

空が困惑する間に、タルタリヤは言葉を紡ぎながら、右手で再び空の左手を掴む。神の目をしまい込んだので、今、空の手の中は何も持っていない状態だ。先程、しまい込む様子を見ていたタルタリヤもそれは分かっているはずだ。

そのはずなのに…。

触れてくる手つきは、まるで、とても目に見えない大事な物が、手違いで壊れてしまわないように、丁寧に扱うようなひどく繊細な手つきであった。

スッ…
「だけど………

凄く、不安になったんだ…。」
スルリ…

「………!!」

言葉を紡ぎながら、掴んだままの空の左手を上に持ち上げていったタルタリヤは、そのまま擦り寄るように、彼自身の右頬へと当てた。

手袋越しとはいえ、手の甲に触れるタルタリヤの右手の温もり、それに、手のひらに触れるタルタリヤの頰の温もり…。

ふたつの温もりを同時に感じながら、その温かさに対して、不安そうに言葉を紡ぐタルタリヤとの温度差に、空は驚きによって琥珀色の瞳を見開いた。

いつも自信満々なタルタリヤが、こんなにも不安そうな様子で空の左手に触れていたからだ。その不安を紛らわせるように、ますます空の左手へ擦り寄っていく。

まるで、触れていることで不安が和らいで落ち着く、と言わんばかりに…。

「だから、ちゃんと君の口から聞きたかったんだ…。」
フッ…

「アヤックス………。」

さらに言葉を紡ぎながら、空の左手を離さないままで、タルタリヤ…、いや、アヤックスは目を閉じる。長い睫毛が、月明かりに照らされた彼の頬に影を落とす。

その様子を見ながら、空は彼の本名である"アヤックス"の名を心配そうな声色で以て、ゆっくり紡いだ。

(アヤックスも、不安になることがあるんだな…)

気が沈む、というのは聞いていたが、まさかここまでとは…と、空は思案した。それが、先程の質問をした時の態度の答えであるならば、納得がいく。

気持ちが沈んでいたり、不安な時になると、普段の自分とは違う行動や言動をしてしまうものだ。誰だって、そんな経験はある。無論、空にだってあるものだ。

ただ…。

それを誰かに見られたりするのを隠すのか、曝け出すのか。

そして、その相手がいるのか、いないのか。

それだけの違いである。

(…ずっと、抱え込んでいたのか………?)

そう思うと、ますますアヤックスに対して、不安な気持ちを抱く。もしかしたら、決闘代理人に挑んで戦闘するだけでは発散しきれなかったことなのかもしれない、とアヤックスの様子を見て、そう推測したのだ。

こういったことは、大人や子供に関係なく起こることだということを空はよく知っている。旅人たる空が、旅の中で様々な人物達との出会いを経て、知見を広くしてきたからだろう。アヤックスの場合は、ただ、それが近くに居る空に当て嵌まった、というだけだ。

(たまには、自分を気にかけろよな…)

そんなアヤックスに対して、そんな気持ちを抱く空であるが、きっとアヤックスが聞いたらそっくりそのまま空に返していただろう。しかし、それは空の知る由もない。

それに、空は無自覚かもしれないが、気持ちが沈んで周囲を見渡す余裕が無くなった者が、その姿を見せられる相手がいるかどうか。それに気付けるのは、その者に強い思いを持つ者が気付いた時に、初めて成り立つのだ。

そして、それに気付いたのは、間接的であれアヤックスを心配していた空だけなのだ。

しかし、それに気付かないまま、空は言葉を紡いだ。

「お前の気持ちは分かった。」

スッ………
「………流石、空。振り回してごめんね。」

「それはいつものことだろ。」
ズバッ

「はは。それもそうだね。」

空の言葉に、ゆっくりと目を開けたタルタリヤは言葉を紡いだ。軽口めいたそれに、即座に反応した空に対して、軽く笑いながらアヤックスは答える。だが、依然として、空の左手は離さないままだ。

(ちょっとやり辛いけど…)
スッ…

「? どうしたの??」

反対の手…、つまり右手の小指を差し出してきた空に、アヤックスは疑問符を浮かべて問いかけた。

「前に言ってたテウセルとの話の続き…。次に会う時に話してくれたら許す。」

「! 空…………。」

スッ

空の言葉に、意図を汲み取って笑みを溢したタルタリヤは、反対の手…、つまり左手の小指を差し出した。

「………ありがとう。」

「別に、俺は話を聞きたいだけだからな。」

「分かったよ。今度は誰も邪魔が入らないところで話すよ。」

「あぁ。その時に、神の目も返す。」

「分かった。それまでは、預かっててね?」

「あぁ。」

スルッ

言葉を交わし合いながら、2人は、互いに差し出した小指を絡ませようとする。

空の右手とアヤックスの左手。

2人のそれぞれの手は、普段の指切りと違う指である為か、最初はもたついたもののが、ゆっくりと動かした後に、いつもの口上を言葉にした。

指切りげんまん
嘘ついたら氷漬けにさーれる

指切った

そうして、2人は約束を交わすのだった。

フッ…
(………君はやっぱり凄いよ、空…)

指切りをした小指を解くと同時に、触れていた空の左手も離しながら、アヤックスは、安堵の息を吐いた。空の手の温もりが離れていくのに、心はとても穏やかであったからだ。

もしかしたら、空は癒しの魔法を使えるのではないか、と思えてきて、アヤックスはますます胸中が温かくなるのを感じた。

フォンテーヌに滞在するようになってから、以前よりも気が沈む日々が多くなっていた。その鬱憤を晴らすように、暇な時には決闘代理人に手合わせを申し込んだりしていたが、心のどこかにしこりが残ったように、もやもやとしていた。それも久々に空と再会できたことで、幾分か気分は晴れていたのだ。

そう思っていた矢先に、先日、神の目が反応しなくなって、制御不能になる事態が起こった。

それも相まって、ますます気が沈むような気分に陥った。それはまるで、安全だと思っていた橋が、よく見たら実は凄くボロボロで、うっかり足を踏み外してしまわないように神経質になってしまう状況に陥ったようであった。

そんな感情の浮き沈みの激しさを手放したくなって、空に自身の神の目を預けた。空に言ったことも半分正しい。だが、少し距離を置きたくなって手放したのも半分事実なのだ。

渡した時の、空の苦汁を嘗めるような表情は、とても印象に残っている。

まるで、大切な何かを手放したような様子であった。

手放したのはアヤックスのはずなのに、空自身がそれをやったような振る舞いに、少しの罪悪感とどこか嬉しさを感じていた。

何故なら、大切な"相棒"である空と神の目…。

ふたつの大事な"存在"が一緒になっていることが、何よりも嬉しかったのだ。

(ちょっと面倒かけたかもしれないけど、嬉しかったよ)
チラッ

「!!」
プイッ

先程のやり取りで、すっかり気分が晴れたアヤックスは、空へと目線を送る。それに気付いた空は、琥珀色の瞳を驚きで見開いてそっぽを向く。どうやら、照れくさく感じているのか、ちらりと覗く耳が真っ赤に染まっていた。

クスッ
(空らしいな〜)

そんなぶっきらぼうな態度を取りながらも、気遣ってくれた空のことが余程嬉しかったのか、アヤックスは笑みを溢す。

その笑顔は、いつも浮かべる快活そうな笑顔より控えめながらも見る者全てに嬉しさがこみあげてくるような笑顔であった。

数日後、リネとリネットのマジックショーに招待されて、開始前の席に居たヌヴィレットと知り合ったり、その後に起こったマジックショー内の事故に関して、調査をする中でナヴィアと知り合い、審判の最中、フリーナの発言でリネとリネットの素性を知ったりすることになる。

だが、当然ながら、この時の空はそんなことが起こるとは、知る由も無かった。

-END-

後書き

神の目を持つことに不安になる空くん
いつもより落ち込み気味なタルタリヤ

そんな2人を書いてみました!

というか、

タルタリヤ、突然の魔神任務登場は心臓に悪いってぇ…!!!
(大本音)

そんな気持ちも込めて書きました…!!

突然の登場に、めちゃくちゃ大興奮して目をかっ開いて、その後の展開を見守っていたら、

まさかの神の目の制御効かなくなる&神の目を預かる展開に…!!

そんな時に、タルタリヤと空くんは、こんな気持ちだったのでは…?と思っていたら、妄想が止まらなくなって、筆が走りまくっていました…!!!

久々の長文のお話を書いたので、どこかおかしい部分もあると思いますが、ここまで読んで頂きありがとうございます!!

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