【R17】甘く、艶めく蜜 後編【タル空】

こちらの小説(https://note.com/famous_minnow879/n/nd7ac242681f2)の続きです。
空くん乙女度マシマシ、タルタリヤが強引気味です。

我ながら割とエロめに書けたと思ったのでR-17表記にしました。めっちゃ楽しかったです!←

※初出 2021年2月14日 pixiv


北国銀行前。

スネージナヤが璃月の活動拠点として開設したここは、内部の人間は殆どがファデュイに所属する人間である。早番と遅番で変わる守衛も受付係もファデュイの象徴たる怪しげな仮面を付けた人間が闊歩している。

黄昏時は、街全体が赤混じりのオレンジ色の光に照らし出される。しかし、仕切り板の後ろの席周辺は壁と開け放たれた窓が交互に合わさった構造をしている為うっすらと薄暗い。それもそのはず、この席では怪しげな取引も執り行われる為、秘匿性を高める目的なのか、この交互に合わさった構造が内側は勿論、外側からも見えにくくなっているのだ。外側も建物が隣接している為、屋根に登らなければならないし登ったところで絶妙な位置に配置された椅子の向きと仕切り板により誰がいるのかまでは分からない。眺めることができるのは、それこそ昼間は空に昇る太陽、夜は照らされる月のみであろう。

まさに夕方から夜に移り変わろうとする街並みを眺めながら、空は座っていた。まだ任務が終わらないのかまだ待ち人は来ない。思わず辺りをキョロキョロと見渡しそわそわと落ち着かない様子だ。その度に長い金髪の三つ編みが左右に揺れる。

約束の3日後、つまり今日がその日であるのだが、時間までは決めていなかった為に、いつ訪れてもいいように、かつ任務が終わっているであろうタイミングを見計らってこの時間帯に来てみた(パイモンにも用事の件はちゃんと伝え済みだ。言った瞬間、顔を顰めていたが)。だが、この3日間、気を紛らわせる為に聖遺物集めに秘境を巡っていた時はあっという間に時間が過ぎたのに、今の待っている1分1秒が果てしなく長く感じている。そして何より、気にしているのは…

(ちょっと使わないだけでもう乾燥してる…)

気になって思わず唇を触ってみる。見た目はあまり変わらないはずだがどうだろうか。本当は手袋越しに触るのは良く無いが、気になるものは仕方ない。特製保湿剤をタルタリヤが奪うように預かってからその間は当然、ケアが出来ていない。スクロースに貰おうか考えたがつい先日貰ったそれが、タルタリヤが持って行った為、消費が早すぎると思われるのは恥ずかしい。しかし、それが影響してか少し乾燥気味なのである。それに気になることがもうひとつ。

(今日はやけに人が居ないな…)

そう、いつもこの時間にいる筈の人が何故かいないのだ。いつもであれば、女中らしき人が掃除をしていたり、璃月総務司のスタッフたる昭が頭を抱えながら、仕切り板の向こうの席に座っているのだが、何故だか今日は居ない。それによく見れば北国銀行前に居る守衛も居ない。

(どこかに出かけているのか?)

タンッ
(? 何の音だ??)

「やあ、待たせたかな?」

ビクゥッ
「わっ!」

いつも居る人達が何故居ないのか考え込んでいると、屋根の辺りに何かが降りたのか軽い落下音がした。鳥が羽休めに止まったのだろうか、と疑問符を浮かべていると続いて優しげな声が聞こえてきた。しかし、声は開け放たれた窓から聞こえてきた。まさかと思い振り返れば、窓枠に乗り上げながら笑顔を浮かべているタルタリヤがいた。マフラーに似た装飾が風を受けて揺れている。

「どこから入っているんだよ?!」

「ごめんごめん。慌てて来たからさ。」

予想外の場所から登場する様はまるで怪盗さながらだ。しかし、物語の中では華麗に見えても実際に起これば驚きに身が持たない。大きな琥珀色の瞳をさらに大きく見開き心臓をバクバクさせる空をよそに、よっと、と言いながら着地したタルタリヤは椅子に腰掛けた。ちょうど空の隣にある椅子だ。ふぅ、と落ち着かせる為に息を吐いているが、走ってきたのか立てた襟元から覗く首筋からは若干汗が流れているのが見えた。

(ファデュイの連中は普通に登場することが出来ないのか…?)

心なしかファデュイに所属しているメンバーは、登場がいつもインパクト大な気がする。目の前で服についた埃を払っているタルタリヤを筆頭に、西風大聖堂で天空のライアーを盗んだ雷蛍術師や不意打ちで登場したシニョーラなどが思い当たる。幹部や部下に関係なく突飛な登場が好きなのだろうか。

「本当はもっと早く来たかったんだけど、なかなか"片付かなくて"さ。」

(何を片付けていたかは聞かないほうがいいよな…)

息を落ち着かせたタルタリヤの言葉も気になるが、気にしないことにしてまずは目的の用事が最優先だ。

「ところで、保湿剤はちゃんと持ってきたよな?」

「うん。ここにあるよ。」
スッ

(ようやく塗れる…)

「じゃあ、早速使い方を…。」
スッ

サッ

「えっ?」

「ところで、提案があるんだけど…。」

「な、何だよ。」

懐から取り出した保湿剤の小瓶を確認した空は手を伸ばした。が、何故かその腕を上に上げた為に、小瓶が手に渡ることは叶わなかった。ようやく使い方を教えるついでに気になっていた乾燥を治せる、と思っていたので、突然の行動に受け取ろうと伸ばしたが行き場を失った手を空中に漂わせたまま拍子抜けする。それに対してタルタリヤは言葉を紡いだ。

「ここはひとつ。実践させてくれないかな?」

(実践……ってことは試したいのか? ってえ!?)

「まさか、タルタリヤも塗りたかったのか?!」


ガクッ
「…何でそこで俺が出てくるのさ。」

突然、言い出したことに真っ先に思いついたことを率直に言ってみれば、何故か肩を落とした。心なしか先程走ってきた時とは違う汗をかいて苦笑いを浮かべている。もしかして、塗りたかったのだろうか、と思っていたが、反応からして違うようだ。

「なら、実践って他にどうするんだよ?」

「俺が言う実践、っていうのは…。」
ガタッ

スッ
「!! ちょっ……なに……。」

実践、に思い当たる節が無く疑問符を投げかければ、不意に席から立ち上がって近付いてくる。小瓶を持つ手とは逆の手を伸ばしてきたと思えば、空の顎に触れてきて言葉を紡いだ。

「空のここに塗らせて欲しいんだよ。」

「は、はぁぁ?!」

人差し指は顎下に、親指は下唇辺りに触れてくる。長い指の感触と突然の行動に狼狽えていれば、続いて言った言葉に思わず大声をあげて驚いてしまう。わざわざ"ここ"と強調しながら親指がなぞったのは、空の唇。どうやら実践というのはそこに保湿剤を塗ってみたい、ということらしい。

「しいっ! 声が大きい!!」

「お前がそんなこと言うからだろ!!」

大声を出させた張本人は、人差し指を口に当てて静かにするようにジェスチャーする。しかし、原因は明らかにタルタリヤにあるので、先程よりも声量を抑えながらも抗議の声を上げた。

「それに言っただろ? トーニャに使い方を聞かれたら分からないと困る、って。」

「だからってわざわざこんなことしなくても…。」

「何事も実践あるのみ、とも言うだろ? それに、頼めるのは君だけなんだよ。」

「うっ…。」

タルタリヤの言うことは間違ってはいない。百聞は一見にしかずの言葉がある通り聞いたりするより見たりするほうがいいし、行動に移せばさらにそれが捗るのは明白だ。

「お願いだよ??」

「で、でも…。」
(これは流石に恥ずかし過ぎるっ!!)

だが、問題はその行動が予想の斜め上をいくことだ。困ったように眉根を下げて懇願してくるが、流石にこれは流されたらまずい気がする。何よりとてつもなく恥ずかしい。何故なら触れる箇所は普段他人が触れることがない部分である唇だ。それに自分で塗るのと他人に塗られるのでは明らかに後者の方が恥ずかしい。タルタリヤに塗られているのを少し想像しただけでも顔から火が出そうな勢いだ。

「………分かったよ。」
スッ

「えっ?」

「空がそこまで嫌なら誰か他の人にも頼むよ。」

返答に悩んでいる様子を見て、顎と唇から指を離して引き下がった。いつになくあっさりとした態度に面食らう反面恥ずかしい思いをしなくて済む、ということに安堵していれば、悩むような仕草をしながら別の提案を出した。
 
「他の人、って誰なんだよ?」

「そうだな〜、あ、おチビちゃんとかどう??」

「なっ?! パイモンは関係ないだろう?!」

「だっておチビちゃんなら不思議な生き物的な存在だから色々な意味でノーカンだろう?」

「どんな基準でのノーカン判断だよ…。」

まさかの人選(で合っているはず)に呆れの視線を送る。パイモンなら嫌がるだろうと思ったが、特製保湿剤を見て原材料である蜜=食べ物という認識をしていそうな反応だったし食べさせてあげる、と言われたらあまりタルタリヤに好印象を抱いていないパイモンもコロッと口車に乗るのが容易に想像できてしまう。

「あ〜、でもそうなるとここも改めて人払いしないとな〜。」

「えっ?」

「空もここに来ていつもいる人が居ない、って思っただろ? 」

「あぁ。それに、守衛もな。」

「今日は早めに帰らせたんだ。それに、他の人達は、北国銀行持ちでチップを渡したからなんだよね〜。」

「また北国銀行のお金を使ったのか?!」

出された案と守衛といつも居る人が居ない理由が判明して、その事実に驚きに瞳を白黒させた。まさかそんな理由があったとは、と真実が分かってスッキリした反面、またも国のお金を使って、と呆れの返答をしてしまった。この男は執行官という立場とはいえ割と私用で使い過ぎでは無いだろうか、とジト目で見れば心配しないで、と言わんばかりに手を振った。

「大丈夫大丈夫。でも、おチビちゃんに頼むとなると日を改めなきゃだからもう一度払わないとな〜。」

「うぅ……。」

「でも、それもこれも空がちょっとの間、我慢してくれれば済む話なんだよな〜?」

チラッ
「で、でも………!」

これで了承してくれよ、と言わんばかりに流し目をしてくる。確かに、そんな理由でまたも国のお金を使わせてしまうのは忍びないし申し訳ない。しかし、それでも尚譲れないものがこちらにはあるのだ。そう言わんばかりの態度を示す空に、タルタリヤはまたも言葉を紡いだ。

「あれ? 空は約束を守ってくれないの??」

ピクッ
「何だって?」

「だから、空は約束を守ってくれないのかな、ってさ。」

紡がれた言葉で脳裏に浮かんだのは、何故、特製保湿剤を持っていくのか尋ねた時だ。まるで、信用されていないような口振りに胸がもやもやしたのがまたぶり返して来た気がする。まだケアができないもどかしさも相まって少し強気の口調で反論した。

「約束した覚えは無いぞ??」

「でもさ、言霊、って言葉があるように言ったことには力が込められているんだ。それを蔑ろにするなら…。」

ガタッ
「蔑ろにしてなんかないだろ! そこまで言うならすぐに終わらせろよな!!」

「流石! 空は話が分かるね!!」

席を立ち上がって控えめながら大声を出せば途端に満足したように、コロッとニコニコと笑顔に早変わりした。その顔に売り言葉に買い言葉、という言葉が浮かんでハッとするが、もう後の祭り。それに正確には約束していないのだから、完全に口車に乗ったことになる。

それも相まって勢いで承諾してしまったことに今日こそは流されないようにしたいと密かに誓っていた筈だが、それが音を立てて崩れ去っていくのを感じる。そんな謎の敗北感に打ちひしがれながら椅子に腰を下ろせば、再び向き合ったタルタリヤは再度、空の顎に手をかけた。

「じゃあ、始めるよ……?」
スッ

「あ、ああ。」
(もう、どうにでもなれ…!)

覚悟を決めたように見つめ返す空であった。

先程はすぐ離してしまったが、改めて触れてみれば目の前の少年がまだまだ身体の造形が未発達であることが際立つ。まだ幼さの残る丸さを帯びた頬のラインが下がるにつれて、対照的に顎は細くなっていく。そして今、タルタリヤが触れている小さな唇は、多少の乾燥はあるもののつやつやと潤っていて暗がりの中の僅かな光さえ反射して輝き、ほんのりと桃色に色づく様はまるで熟したての果実のようだ。

(スクロースって子、案外目の付け所は悪く無いね。)

「……なぁ。」

「ん? なぁに??」

「………どうしてもこの位置じゃないと駄目なのか?」

先程覚悟を決めたよう見つめ返していたが、まだ恥ずかしいのか少し震えながら恐る恐る尋ねてくる。やりやすいようにいつもの定位置から少しずらした椅子による距離の近さが気になるようだ。座りながらでも身長差がある2人は、必然的に空は上目遣いになってタルタリヤの深い青の瞳を見つめることになる。

大きな琥珀色の瞳は少し潤んでいるように見えて、暗がりでも分かるほどに、羞恥からなのか白い頬に紅がさされているのが分かる。顎に手を添えて半ば強制的に視線を合わせているのも相まって、胸中はだんだんと背徳感に染まっていく。しかし、その感覚も不思議と心地いい。

(へぇ…、悪く無いね…)
「だって向き合ったほうがトーニャにも教えやすいでしょ?」

「それは、そうだけど…。」

それらしい言い方をすれば、半ば納得したように返答する。お人好し気質の空のことだから、こうして言いくるめれば素直に聞いてくれる筈だ。案の定、納得していないがら肯定とも取れる返事が返ってくる。

(ほら、君がそうだから俺みたいな奴に付け込まれるんだよ。)
「どうしたの?」

その目論見通りの反応に、内心ほくそ笑みながら、まだ何か言いたそうにしているので、問いかけてみる。

「その、手袋が……。」

「手袋??」

「こ、擦れて、ちょっとくすぐったい……。」

「!!」

思わぬ返答に固まってしまう。どうやら、唇に伝わる布擦れの感触がくすぐったくてたまらないようだ。それにタルタリヤは無意識だったが、手袋越しにも分かる唇の弾力の心地よさを堪能していたいのか指でさすっていたらしい。その慣れない感触が、空にもどかしさを与えていたのだろう。言いたいことは分かったが、そのせいか視線を逸らしながら身体をもぞもぞと動かして、あまりにも恥ずかしそうに可愛らしいことを言うので、タルタリヤの心臓はその不意打ちの反応に不整脈を起こしたように動悸が高まる。

「? タルタリヤ??」

不意に黙り込んだのが心配になったのか、首を傾げながら覗き込んでくる。それにまたもぐらりと何かが揺らぐような感覚がした。恐らく空も計算でやっているのではなく純粋に心配して出た行動だろう。だが、無自覚ほど恐ろしいものはない。

「何でも無いよ。そうか、これが邪魔なんだね…。」
グイッ

「!」

まだ揺らぐ感覚を誤魔化すようにタルタリヤは右手の手袋を噛んで外そうとする。伏せ目がちになって人差し指の部分を噛んでそのまま横にズラして手袋を外した。手の半分を覆っていた手袋は、少しずつ肌の露出面積を広げてやがて離れた。

徐々に露になってくる長い指先と、いつもよりもワイルドさを感じる仕草。まだあどけなさを残すタルタリヤの曝け出した貴重な大人の男、といった雰囲気を醸し出すその一連の動作に、視線が釘付けになって魅入ってしまう。同時に胸はどんどんうるさくなっていく。

(やっぱり、絵になるな…。でも…、何でこっちの手袋じゃないんだ?)

しかし、ここでひとつの疑問符が頭に浮かぶ。それもそのはず。タルタリヤが今しがた外した手袋は何故か唇が触れていた左手とは反対の手袋を外したのだ。外す際、一旦両手を離した為に、今、口元には指は添えられていない。

「じゃあ、始めようか。」
そっ…

「………っ。」

意図が分からず困惑している空を置いて、視線を手袋から唇へと移して、タルタリヤは再び顎に左手を添えてくる。長い指がまるで壊れ物に触れるように優しく触れてくるのが、逆に手袋の感触と共にこそばゆくもどかしい。

「ま、待ってくれ!」

「まだ気になる??」

「……その。」

反対の手はテーブルに置かれた蓋を開けた小瓶の中の液体を取り出そうと指を入れている。指の先端につけようとしているので、指先で塗るようだ。空もそうして塗っていたので、当たり前の仕草ではあるが、自分でやるのと他人でやるのとでは勝手が違うしタイミングも分からない。それを再認識しながら、顎に添えられているまだ手袋を付けている左手に視線を動かす。すると、納得したように、だが、悪戯っ子のように口元に笑みを浮かべた。

「ああ。もしかして、こっちの手袋も外して欲しい?」

「…っ。」
コクコク

ニヤッ
「なら、空が外して?」

ギョッ
「?!!」

求めていた提案に縋るように頷いて答える。実は添えられている指の絶妙な位置により、喋る度に指が唇に当たってむず痒いので、それを少しでも避けたくて、口数を少なくしていたのだ。それに時折感触を楽しむようにふにふにと悪戯に指が触れてくるのでそれにも耐えていたのだ。しかし、不敵な笑みを浮かべながらこぼした斜め上の返答に瞳を見開いた。先程自分で外したのだから、反対を外すのも苦では無いはずだ。

「ほら、早く……?」
スッ

「え……んむっ……?!」
むにっ

手を伸ばして外そうとすれば、遮るように左手の人差し指が唇の中へ歯に当たるか当たらないかギリギリのところへ入ってきた。どうやら先程のように噛んで外して欲しいみたいだ。予想外の事態に瞳を丸くしながら見つめるも、タルタリヤは瞳を細めたまま動かず、その口元は弧を描いたままだ。やめるように視線を送っても、外すまでは絶対に動かない、と言わんばかりに微動だにしない。

はむっ
「んっ…。」

背に腹は変えられない、と意を決して布の部分に歯を立てた。包まれている指先をうっかり噛んでしまわないように意識しながら、決して当たらないように布部分だけを掴むようにしてゆっくりと慎重にズラしていく。

(強すぎないようにしないと…)
クイッ

少しずつ、少しずつ、タルタリヤの手から手袋が抜き取られていく。指先に当たらないのを確認してから、掴んでいる歯から上唇と下唇に変えていく。その途中、一瞬だけ少し大きく掴んだ際に覗いた白い歯の小ささがやけにタルタリヤの深い青の瞳へと焼きついた。

スルリ
ポトッ

「…はぁっ……。」

「うん。いい子だね。」

ようやく外し終わって、安堵と恥ずかしさによる疲労感に空は吐息を漏らした。外した手袋は拾われることはなく軽い布擦れの音を残して床に落ちる。今は、手袋の主はそれを拾うことに構っていられないのか放置したままだ。目の前のほのかに熱を帯びた吐息を漏らす少年の健気な様子に満足したように褒めた。

「………っ!!」

その余裕たっぷりの表情が悔しいのか、恨めしそうに睨んでくるが効果はない。恥ずかしさか先程よりも頬を赤く染めて、少し涙ぐんでさらに潤んだ大きな琥珀色の瞳はむしろ加虐心を募るばかりだ。それを尻目に、待ち望んでいたことがついに出来ると言わんばかりに暗がりで目つきを真剣なものへと変えて、唇へと集中させた。

ぬり
「………っ、……。」

蜜をたっぷりとつけられた親指が唇に塗られていく。最初は上唇をなぞり、ゆっくりとズレていって唇の端を折り返し地点のようにして下唇をなぞっていく。それを何往復もするように触れてくる。少し冷たい蜜のとろりとした感触に歓喜するように乾燥した箇所が徐々に馴染んでいく。

(…っ、くすぐったいし、ちょっと、ピリピリする………!)

久々に塗られて喜ばしいはずなのに、冷たい蜜が人肌により生温くなっていく感触と、自分の指の造りとは違う少しカサついたタルタリヤの指によってなぞられていく感覚の刺激で出そうになる声を必死に堪える。その為に、唇を強く合わせてしまう。巻き込まれて合わせ目に沿ってしわを作る唇にやりにくいのか少し塗るスピードがゆるやかになったのを感じながらも指は再び塗り込んでいく。

しかし…

「………。」
スッ

(お、終わった、のか…?)

不意に離れた指先が終わりを告げたような気がして、内心安堵しながら瞳を開けた。もどかしい刺激と真剣に見つめながらどこか熱を帯びた視線を送る深い青の瞳に耐えかねて途中で瞳を閉じていたのだ。しかし、視界が閉じた分、通常よりも感覚が敏感になったせいか、とろりとした蜜の感触となぞっていく指が擦れていく感覚に、恥ずかしさが募って顔にますます熱が集まるのを感じていた。それが終わったのか、と期待に笑みをこぼしそうになる空だが、それとは対照的に、タルタリヤは蜜の残った親指を不満げに見つめていた。

「う〜ん、1回じゃ感覚が掴めないな…。」

「…??」

「今度は人差し指でやらせて?」

「?! も、もういいだろう??!」

「だって、空。食いしばるようにして唇合わせてたでしょ?」
スルッ

ビクッ
「そ、そうだけど…。」

またしても出たとんでもない提案に後退りするが、顎を掴んでいた左手が移動して腰を抑えられてしまいそれも失敗に終わる。空の上半身の服は半ばまでの長さでお腹はむき出しの状態だ。加えてタルタリヤも普段つけている手袋は両方外している。つまり素肌同士で触れられた為、少し冷たい指先が腰をなぞる感覚に身体を震わせた。添えられた左手を気にしながらその指摘に狼狽えるように声を出すしかなかった。

「だから、やりづらくて実践した気にならないんだ。ねぇ、頼むよ…?」

「…っ。」
(ズルい…)

尚も食い下がるタルタリヤは、懇願するように眉を下げて、返答を待っている。断りにくい雰囲気を作り出していくタルタリヤは、相手が本気で嫌がることはしない。その証拠にこうして許可を取ってくるのだが、一見選択肢を与えているようで、実はこちらの拒否権すら手のひらの上で操り自分に有利になるように仕向けている。それをあえて他人に判断を委ねているように見せているのだ。

「わ、分かった……。」

「ありがとう。空ならそう言うと思ったよ。」

(やっぱり…)

案の定、タルタリヤは望んだ回答を得られて嬉しそうに笑みを浮かべた。内心ほくそ笑んでいるに違いない、と思いながらそれを承知の上で了承した自身にも呆れてくる。本気で嫌なら暴れるなりして振り払えばいいのだが、後で何されるのかが怖い。何より…

(…少し、ほんの少しだけ、気持ちいい、なんて………!!)

そう、だんだんと他人に塗られている感覚が心地よく感じてしまっているのだ。皮膚の薄い部分だからかダイレクトにもどかしくも優しい刺激が伝わってきてもっと堪能していたい、と思ってしまっている。しかし、それを知れば十中八九目の前に居る男は調子に乗ってそれこそ何をしでかすか分からない。

(実践! 実践の為だから…!!)

ぬり
スーー……
「…!!」

そんな自身の気持ちと葛藤している空をよそに、宣言通り今度は人差し指に蜜をつけて塗り始めた。既に塗られている蜜をさらに上書きするようになぞっていく。しかし先程とはまた塗り方を変えてきた。今度は指と唇が触れるか触れないかの絶妙な隙間を縫って触れてくる。ただでさえ指が変わった感触に悶えているのに、まるで羽先を撫でるかのようなその触り方にますますもどかしさと恥ずかしさが募っていく。

「はい、塗り終わったよ?」

「…はぁ、……は……。」

(お、終わった…)

ようやく塗り終わったのか、タルタリヤは空の唇から指を離した。息を乱す空の唇に密着していた蜜が、名残惜しげに糸を引く。それがまるでなぞられていた時間の長さを物語っているようで、羞恥に顔を真っ赤に染めて視線を顔ごと横へ逸らした。逸らした横顔を盗み見すれば、金髪から覗く耳まで真っ赤に染まった空の姿が瞳に映る。それに気を良くしながらも指に残った蜜を見つめている。

じっ
「指に少し残っちゃったな…。」

「な、なん、だよ……。」

「空が綺麗に取って??」

「は、ぁ? 何を、んむっ!!」
スポッ

(ゆ、指……?!)

不意に溢した言葉に、逸らしていた顔をタルタリヤへと向けた空は、口の中に何かが入る違和感に瞳を瞬かせた。混乱しながら確認すれば、口の中に、指が入り込んでいるではないか。しかも、蜜がついていた親指と人差し指の両方だ。

「ほら、舐め取って??」
にゅる…

ビクッ
「んん!!?」

口の中に指を入れるだけでは飽き足らず舌にまで触れて来た。蜜の甘い味と指の関節の節々の感触、それに滅多に他人が触れない敏感な箇所を触られている事実を認識した瞬間、そのあまりの生々しさに身体を揺らす。

ぬる………ぬる……

「…ふぁ、ぁっ……」

(?! い、今の俺の声、なのか…!?)
カァァァ

催促するように動かされる親指と人差し指の感触にピリピリとした刺激が襲いかかる。それに耐えきれず出た声が、普段とは違う、鼻にかかった少し高い声が出るのが急激に恥ずかしくなってきて、身体の奥から顔にかけてぶわりと熱が広がっていくのを感じる。

(流石にこれは…!!)

「ん……!! ぅんっ……!!」
ふる…ふる…

タルタリヤから要求の言葉が出る。だが、この状況を把握するのでさえ精一杯なのにそれに答える余裕はない。その意思を伝える為、身体を震わせながら力無く首を横に振って否定を表す。

「はぁ、しょうがないな。じゃあ、俺が動くよ。」

「!??」

やめてくれることに期待するが、それは叶わなかった。それどころか、しょうがない、といったふうに言葉を紡ぐ。それに驚いている間に即座に行動に移された。

スリッ

「ん、んんっ!?」
ビクッ

ついた蜜を擦り寄せるようにして舌にまとわりつかせてくる。蜜がついているのは親指と人差し指、つまり両方の指が蠢いているのだ。舌を触ったり、掴んで弄んだりする度に刺激が絶えず空を襲ってくる。その都度に反応に応えるように身体を大きく揺らす。

「はは。空、口ちっちゃいね。」

絶えず与えられる刺激により涙ぐむ空をよそに、タルタリヤは楽しそうに触りながら能天気に感想をこぼした。いつの間にか涙が出ていたのか滲む視界で捉えたその姿に、恐らくみっともない姿をしているであろう自分を曝け出している事実に、ますます身体の奥と顔が熱くなっていく。ふと、素肌部分に何かが伝っている感覚がする。どうやら汗をかいているみたいで、それにすら身体が震えている。

「ひゃ、め…。」
ふるふる

「おっと。」
パシッ

「⁈」

蠢く指により喋りづらさを感じながら、身体の震えによっていうことが聞かない手を何とか伸ばして制しようとする。が、それも虚しく腰に添えられていた左手が移動して、容易く両手首を掴まれて阻止された。

「もうちょっと、我慢して?」

「!!」

掴まれた左手を外して貰おうと身動きをするが、耳元に囁かれた普段より少し低い声に驚きに身をこわばらせる。どこか甘さを含んだそれは蠱惑的な響きを含んでいて、それに耳を撫でられたような感覚に陥る。今なお口の中で蠢く指は勿論、囁かれた耳からも背筋に弱い電流を流されているような感覚に身悶える。

(……っ、もう……ダメ……だ……!)

ぬるっ
「あ、は……ぁ。」

「ふぅ。こんなものかな? ありがとう、空。」

長いようで短かったような、そんな時間がようやく終わりを告げた。親指と人差し指が抜かれて、唾液により糸を引いて顎を伝って いる。唇も僅かに覗いた月明かりに照らされて艶めきを増しているように見える。身体は震えていて乱れる息を整えようと必死に息を吐いていて、暗がりの中でもまるで浮かび上がっているように錯覚する白い頬は林檎のように赤く染まっていて髪の隙間から見れる耳まで真っ赤だ。頑なに閉じていた瞳はゆるゆると開いていきその琥珀色を露わにしていく。生理的に滲み出た涙によって普段より潤んでいるそれは、まるで宝石のような輝きを放っている。

普段とは違う少年らしからぬ妖艶さを身に纏った空にごくりと生唾を飲み込みそうになりながら、掴んでいた両手を離して立ち上がった。その途端、力が抜けたようにテーブルに肘をつき、重力に従って金髪の三つ編みが垂れた。羽根を模したマフラーとマントが合わさった独特な装飾の隙間からほんのりと赤くなったうなじが露になった。普段見れそうでなかなか見れない部分が見れたことにも笑みを溢す。

「な、何、する、ん、らよ…。」

「あはは。呂律回ってないよ?」

左手を開いたり閉じたりして掴んでいた両手の細さに真剣な表情をしているとようやく息が整ったのか睨み返して来た。だが、少し乱れた前髪から覗く潤んだ琥珀色の瞳からは、残念ながら迫力は微塵も感じられない。その様子がいじらしくて笑みをこぼしながら深い青の瞳にその色を映す。普段よりも舌足らずに喋るのが幼さを助長させているようで新鮮さを感じる。ふとまだ唾液の残る右手の親指と人差し指に視線を移して、タルタリヤは何を思ったのか、その指を舐めた。

「なっ!?」
ギョッ

「はは。空の味、美味しいね?」

「な、な、何言って…って、あっ?!」
ガクッ

タルタリヤの行動に驚きに瞳を丸くして、咄嗟に立ち上がろうとすれば足に力が入らず勢い余って椅子ではなく床に座り込んでしまう。困惑しながら再び立ち上がろうと足に力を入れるが、震えるばかりで全然力が入らない。

(ち、力が入らない……)

スッ
「あれ? 空、もしかして…

腰抜かしちゃった?」
スリッ


「〜〜〜っっっ!!」
カァァァッ
キッ

座り込んだ空に対して、跪いたタルタリヤは笑みを浮かべながら再び空の細い腰を撫でた。いつの間にか身につけていた手袋の感触が剥き出しの腰を撫でる度に、先程の素肌同士が触れていた時とはまた違ったこそばゆさを感じる。全く力が入らない下半身に追い討ちをかけるような仕草に、ようやく引いた頬を再び真っ赤にさせた空は、睨みを利かせる。

「…空。」

スッ
「!!」

(え…何……!!)
ぎゅっ

しかし、そんな睨みは効果はないと言わんばかりに不意にタルタリヤが手が伸びて来た。向かう先は、空の左頬。添えられた手の感触に視線を送りながら逃れようとするが、まだ腰に手を添えられたまま少し引き寄せてくるのでそれは叶わない。思わず強く瞳を閉じて衝撃に備えていると…

ふに
「?!」

バッ
(い、今、柔らかい感触が…)

「蜜、垂れてたみたい。」

「!!!」

唇の端に感じた柔らかい感触に瞳を開けば、口の端についた蜜を舐め取って不敵な笑みを浮かべるタルタリヤの姿が映る。どうやら唇の端に蜜がついていたのを口付けて取ったようだ。あとここにもね、と同時についていた唾液も左手の人差し指で拭ってきたのでくすぐったさに身じろぎした。

「取り敢えずまだ休んでいきなよ。俺はまだ北国銀行に用があるからさ。それに…。」
スッ

ビクッ
「?!」


ボソッ
「さっきの気持ちよさそうにしている顔、凄く可愛かったよ。」


ボンッ
「な?!! 何言って!!」

「じゃあ、またな相棒。いい練習になったよ。」

不敵な笑みを浮かべたタルタリヤは、空の耳元で再び囁いた。その内容とまたも響いた低くも優しい声色に、囁かれた耳を押さえてさらに顔を真っ赤にして抗議の声をあげた。しかし、楽しげに笑いながら立ち上がり去っていった。まだ余韻が残る身体に与えられた新たな刺激にしばらく動けないままでいた。

北国銀行内受付にて。

「『公子』様。お勤めお疲れ様です。」

「悪い、エカテリーナ。上で少し休ませてもらうよ。」
スタスタ

「え、えぇ。ごゆっくりどうぞ。」

受付係のエカテリーナへの挨拶もそこそこに、任務の報告を後にして足早に2階へと上がった。戸惑う声を置いてきぼりにして、階段を登り積まれた荷物の前で止まった。そして、ため息をつきながら顔と壁にそれぞれ手を当てながらずるずるとへたり込んでいった。

「ちょっと、やり過ぎた…。」

呟いてから顔から手を外せば、そこにはまだ腰を抜かして動けないだろう空にも負けず劣らず真っ赤な顔が覗いた。

「つい本気を出し過ぎたかな…。」

ため息をつきながら再び項垂れた。タルタリヤは、空の仲間に加わってからは、人徳の広さに脱帽していくと同時に、日々嫉妬の感情を募らせてた。それは空に対してでは無く彼の元へ集まる仲間達に対して、だ。今まで少し時間を置きながら出会っていた時よりも一緒に居る時間は増えているはずだが、空は探索や秘境の挑戦へとあちこち仲間達を引き連れて移動してしまうし、タルタリヤも任務があればそちらを優先しなければならないので、その実感は無いに等しい。それに、自分よりも先に出会っていた仲間達もちらほら居るので、まだまだ知らない空の一面があるわけだ。

それがなんだか面白くないと燻っていた時に、特製保湿剤を使っている空に出くわしたのだ。それを作ったスクロースという子や使用を促したアルベドというまた新たな仲間、それらを含めて嬉しそうに話す空に、だんだんと意地悪したい気持ちがむくむくと湧いて来たのだ。勿論、トーニャのお土産にしたい、と言ったのは事実だ。しかし、練習などしなくても塗ればいいのであれば、実践などは必要ない。つまりは、最近、空がタルタリヤに構ってくれる時間が減ったことへのただの当て付けでもあった。

勿論、空もわざとやっているわけではないと分かってはいる。だが、その時、無性に飼い犬に手を噛まれる、の言葉が脳裏に浮かんだタルタリヤは行動に移したのだ。仲間内になったとはいえ油断するなよ、という牽制が半分、それに単に空が少し困ればいいと思っていた。それだけなのに、あまりにも可愛らしい反応をするので、つい歯止めが効かなくなってしまったのだ。

唇に当たる手袋の感触にこそばゆさを感じていたこと。

遠慮するように手袋を噛んで外したこと。

塗られている間、震えながら耐えていたこと。

普段より高い声を出していることに驚き恥ずかしがっていたこと。

床に座り込んでしまうくらい腰を抜かしてしまったこと。

何より特製保湿剤によって普段より潤いと色づきを増した唇がつやつやとしていたこと。

全てにおいて目に毒であった。

脳裏に浮かび上がる普段とは違う空の姿が目に焼き付いて、さらに顔に熱が集まっていく。特に唇に関しては、スクロースという子に同意せざるを得ない。普段から、空は、少年にしては艶やかな唇をしていると無意識に思っていたからだ。実は当て付け以外にもあの唇に触ってみたい、感触を楽しみたい、という欲求を発散してみたいという目的もあった。ようやく触れてみれば、想像以上の触りごごちの良さと同時に、あまりにもいじらしい反応をするのも歯止めが効かなくなった原因を担っている。

余裕ぶっているように見せるのに必死だったが、内心は心臓がバクバクとうるさく動いていて、それが許容量を超えて現在に至るのである。しかし、戦闘以外で最後に昂りを感じたのはいつだったか、タルタリヤが困惑しているのはまさにこのことだった。これも空が好敵手として認めているからだろうか。それとも別の何かだろうか…。

(こんなに執着するなんて、今までなかったのに…)

ふと手袋に包まれた左手の人差し指を見つめた。そこは空が手袋を噛んだり、垂れていた唾液も拭った部分でもある。その跡が残って手袋の生地を少し湿らせている。

「いっそ跡が残るくらい強く噛んでもよかったのに…。」

言いながらその部分に口付けるタルタリヤであった。

「ま、まだ動けない…。」

一方、その頃。タルタリヤの読み通りまだ動けずにいた空がへたり込んだままだ。震える指で唇を触るが、先ほどまでの感触を思い出してすぐに離す。何故あんなことをしたのだろうか。まだ混乱していれば、机の上の小瓶が視界に入る。使ったことで少し減った中身に、先程までの光景がフラッシュバックして、ようやく赤みが引いた頬を再度真っ赤に染めて椅子に顔を埋めた。

「スクロースに断る理由、考えないと…。」

あんなに塗りたいと求めていた気持ちがすっかり無くなってしまった。少し顔を上げながら次で貰うものを最後にして今後は貰わないようにしよう、と誓う空であった。
何故なら今後は使う度に、あの一連の出来事を思い出してしまいそうだから。

後日。
しばらくぎこちなく接する空とタルタリヤの姿が見られ、仲間内からはまたか、と生暖かい目が向けられた。というのも、この2人がこういう状態の時は、ほぼほぼタルタリヤが原因、というのがよくある。仲間達の共通認識でもそれに、普通に接するようになるまではしばらくかかりそう、と見守られていたのは当人達は知る由もなかった。

-END-


おまけ

後日。

「タルタリヤ。」

「あ、ああ。空。どうしたの?」

声をかけられたタルタリヤは声の主が空であることに少し動揺しながら答える。

「スクロースから特製保湿剤貰ったか?」

「うん。昨日貰って早速トーニャに送ったよ。」

「…そうか。って、もしかして北国銀行に寄ったのか?」

「うん。任務帰りにね。」

「………。」

「空…?」
(何かマズかったかな…??)

突然、神妙な顔つきをした空に、何か変なことを言ったから不安になったタルタリヤは恐る恐る尋ねた。その瞬間…

ビシッ
「今日からしばらく秘境に連れて行かないからな!!」

ガーーーン
「えぇっ?!」

「…それでこの間のことはチャラにしてやる。」
ぷいっ

指を刺しながら突然言われた秘境巡り禁止令にショックを受ける。だが、続いて言われた言葉に内心ホッとすり。しかし、それでも困る。何故なら戦闘狂のタルタリヤにとっては、それは死刑宣告に近かったからだ。

「じゃ、じゃあ精鋭魔物は??」

「ダメだ。」

「啓示の花も?!」

「ダメだ。」

「蔵金の花も??!!」

「いっぱい候補あがるな!? ダメったらダメだ!!! しばらく別の仲間達と行くからな!!」

ガーーーン…
「そ、そんな〜…!!」

「じゃあ、行くからな。」
プイッ

秘境や地脈の花芽の種類を候補に出すが悉く断られたタルタリヤは、まるで散歩を拒否された犬のように落ち込んでいる。心なしか落ち込んで垂れた耳が見える。

(あんなに怒ってるなんて…。まあ、当然だよな…。)

つんけんしながら去ろうとする空を見て、あんなことを言われても仕方ないことをした、と無理矢理に納得しようとした。そこで背後から落ち着いた青年の声がかかった。

「まあ、そう落ち込むな。『公子』殿。」

「鍾離先生。」

「旅人は、貴殿に休めと言っているんだ。」

「え??」

くるっ
「しょ、鍾離先生!?」

落ち込むタルタリヤに助け舟を出すかの如く鍾離は説明を始めた。その声に、空は踵を返して戻ってきた。

「『公子』殿は、任務が終われば、疲れていても秘境巡りに名乗り出るからな。旅人はそれが…。」

「ストップ! 鍾離先生!!! 」

尚も続ける鍾離に静止の言葉をかけた。反応からしてどうやら本当のようだ。しかし、真意が知りたくて恐る恐る尋ねる。

「空、それ本当??」

ふぅ
「…だって、身体を壊したら元も子もないじゃないか…。」

キラキラ
「空ーーー!!」
ぎゅっ

ギョッ
「ばっ?! 抱き着くな!! 俺に抱き着くのもしばらく禁止!!」

「えぇ〜〜??」
にまにま

ため息をつきながら照れ隠しに言った言葉に、タルタリヤは落ち込んだ顔から一転、輝かんばかりの笑顔を浮かべて空に抱き着いた。驚いた空にまた新たな禁止令を出されたタルタリヤはどこか嬉しそうだ。

(やれやれ。世話のかかる2人だ。)

その光景を内心とは裏腹にどこか微笑ましげに見守る鍾離であった。

-END-





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?